Masuk一ノ瀬 涼は今日も登校を繰り返していた。
松木市の中心部に位置する赤松高校。
校則が緩く、現代的な教育方針は生徒に人気の学風。入学した生徒の殆どが楽しい学生生活を送る。 しかし涼はそうではなかった。突発的な衝動で染色した銀の髪に白いYシャツ。透けるような白い肌。細身で身長も低く、男性らしいとは言いきれない。挙句、友達作りもスタートから出遅れた。
それでも涼は理解している。 外見の問題ではなく、自分の中にある他人とは違う能力。 涼を苦しめる特異な視覚だった。「でさ、こないださ」
「え〜、やべぇ〜 ! 」
「きゃははは ! 」
中身のない上辺だけの軽快なトーク。相槌を打つ腰巾着。
下心見え見えの男子と、女子の甲高い笑い声。 教室から廊下にまで漂うそれは、様々な色味を帯び、涼の視界を覆う。金色、桃色、水色。色々混ざりあって涼の周囲を掻き乱し、やがて窓から抜けていく。涼は今日も限界だった。
キーンコーンカーンコー……ン
机に広げた教科書をロッカーに詰め込み、リュックを背負うと教室を出る。
「……涼……くん」
「先生。何ですか ? 」
「う、ううん。帰るの ? 」
「はい」
若く大人しい女性教員。学生生活の上手くいかない涼には、教員として限度がある家庭の事情もあった。結局、今日も会話は切れる。
涼は校舎を出ると裏校門から市街地へ向かった。
Pirrrrr.pirrrrrr
スマホに母親のアイコン。
『18:00に駅前。黒のジャケットの男が今日の客だよ。前回みたいに暴れて途中で帰ったら報酬無いんだから ! 』「……」
ビル風が街路樹を吹き抜け、小さな砂が涼の頬に当たる。
松木駅前には大きなショッピング施設がある。併設された立体駐車場には、小さな空中庭園。遊具があるわけでもなく動物もいないが、美しい日本庭園に精一杯の小川。 今日も涼はそこへ向かう。 水のせせらぎを聴きに行く放課後のルーティン。 ただそれが癒しだった。大掛かりな割にファミリー層には需要が無いのか、植物の公開イベントなどがある時だけは人が来るような場所だった。
涼はその公園のベンチに腰をおろすと、日が暮れ始めるまで身体を休める。ぼんやりとした頭を抱えて、ひっきりなしに続く母親からの着信に耐えられず、この日は思い切ってスマホの電源を切った。
そして庭園の手摺りにしがみつく。
毎日母親がネットで客を見繕う。涼はその男達の相手をしなければならない。苦しい家計で母が安易に手を染めたのは、涼を使ったいかがわしいものだった。それも疑似恋愛とは程遠い。大抵が酷く暴力的で、サンドバッグが欲しいだけの異常者だ。
(なんでだよ……。なんで俺がこんな思いしなきゃならないの…… ?
終わらせたい……。終わらせてやる !! こんな人生 !! )
手摺を持つ手に力を入れると軽い身体は簡単に浮き、前のめりになるとすぐに頭が逆さまになった。
自分の身体から完全に手摺りが離れて宙に浮いた瞬間、いつも思い出すのだ。自分が既にこの世に存在していないことを。
(あぁ……そっか。そうだった。俺、もう死んでるんだった……)
□□□
次の日──
「でさ、こないださ」
「え〜、やべぇ〜 ! 」
「きゃははは ! 」
中身のない上辺だけの軽快なトーク。相槌を打つ腰巾着。
下心見え見えの男子と、女子の甲高い笑い声。 教室から廊下にまで漂う金色、桃色、水色。色々混ざり、やがて窓から抜けていく。涼は今日も限界だった。
キーンコーンカーンコー……ン
机に広げた教科書をロッカーに詰め込み、リュックを背負うと教室を出る。
「……涼……くん」
「先生。何ですか ? 」
「う、ううん。帰るの ? 」
「はい」
当然、本日も盛り上がりは無し。
母親から着信の続くスマホを片手に、逃げるように空中庭園に駆け込む。 しかし、強烈な違和感に思わず声が出た。「あれ…… ? 」
何かがいつもと違った。
いつも屋上から身を乗り出し、あの鉄柵を越えるまでは自分の死に気付かない。
だが今日だけは気付いてしまった。
(俺は……もう死んでるんだった……。あ〜あ。またここに来てるよ……)
駐車場側の扉から入ってきた一人の男性。
涼の記憶の、唯一の異物だ。 二十代中頃だろうか、整った顔立ちの男だ。長身で、夕日に反射して蜂蜜色の髪が光る。磨かれた革靴に上質なスーツ。「なんで人が……。あんな奴居なかったはずなのに」
涼は邪魔が入ったとばかりに、黒松の陰にあるエレベーターに向かう。
だが、その手を男ががっしりと掴んできた。
「探した。一ノ瀬 涼だな ? 」
「はぁ……? 俺はあんたを知らないけど ? 」
男には何か得体の知れない威圧感があった。その威圧感の正体は深い哀しみの感情色。
会った事などない。
人の感情が色として視える涼にとって、ここまで絶望感の強い『哀』の色の人間がいたら覚えているはずだ。「この死のループから抜け出せる。俺と来てもらおうか。
説明も必要ないだろう。本来、もうここにいるべきでない存在なのだから 」冷淡な声色。しかし涼は何故か男の空気に飲まれてしまった。
身に付いてしまった習慣。流れに任せて何も考えず頷く。いつもそうだ。後で後悔をするのに。「じゃあ、行こうか」
男は突然、力任せに涼を持ち上げた。
「な ! なにすんだよ !!? 」
「……」
男は答えない。だが何をしようとしているのか、分かってきた。
涼の背に手摺りの鉄柵がヒヤリと当たる。「や、止めろよ !! 」
「大丈夫だ。こうするしかないんだ 」
「う、うわっ !! 」
男は涼の手首ごと押さえ込み、そのまま足を抱える。
いくら経験済とはいえ、心の準備が出来ていない。抵抗するように身を捻っても、圧倒的な力の差に根負けしてしまう。(なんで !? 俺、こいつに今回落とされるの !? )
一際強い風が紅葉の星を激しく揺らした瞬間──男は頭の上まで涼の身体を振りかぶると、手摺りから思い切り投げ落とした。
(あ〜あ。死んでもこんなことされるのかよ……俺……)
刹那──感じたことの無い違和感に目を見開いた。
「っ !!? 」
一度逆さになって見えたはずの空が、一回転して色を変える。記憶の中の日の、燃えるような夕日が消え、一瞬で薄暗い世界へ堕ちる。
「な、何…… !? 」
立ち眩みのような浮遊感が抜けると、やがて背に壁のような物が当たり、体に自重を感じた。
「……っ ? 」
慌てて身を起こす。
「ようこそ我が『城』へ」
たった今、自分を柵から投げ捨てた男がそばに立っていた。
しなやかに手を胸に当て、深く頭を下げる。涼は死の無限のループを過ごしていたはずだ。しかし、遂に解き放たれた。
この男によって。「俺は翡翠。お前たちの管理人だ」
「……お前、たち…… ? 」
周囲を見渡す。
質素なベッドに、コの字型の石の壁。申し訳程度の排泄装備。 そして壁の一方は鉄格子だった。「ここって……何 ? 」
まるで牢だ。
確実に人を閉じ込める為の部屋。そして──
カツン……
石壁を撫でてみる。冷たく分厚い。
目の前に突き出した自分の手に、思わず涼は二度見をした。「手……足も ! か、身体が人形……っ !? 」
「そうだ。君は死んだのだから、身体が残ってるわけがない」
「……そんな」
翡翠はさも当然と言わんばかりに涼を見下ろす。その眼光は冷たく、そして相変わらず消えない『哀』の色。
「ここは、どこなの ? 死後の世界 ? 」
「霊界ではある。だが、他の人間とは隔離された、罪人専用のあの世。通称『城』だ」
「罪人 !? なんの !? 俺は何もしてないっ ! 」
「した。『自害』。これは重罪に値する」
「は…… ? 」
涼はポカンと翡翠を見上げる。
死後にこんな世界があるなど聞いたことも無いし、覚悟も無かった。全ては日常から解放されたかっただけだ。 そして、その日常からは抜け出せず、ずっと自害した日を繰り返していた。しかし、こんな状態を望んだ訳じゃない。
「要らない ! 身体なんて ! 無でいいんだ ! 俺を殺せよ !! 」
「それは更に許されない。悲惨な無限ループから抜け出したんだ。新しい世界で生きるしかない、囚人だ」
「囚人っ !?
とにかくそんな気ない ! じゃあ元のループでいい ! 戻してよ ! 」「……。一時間後、また説明しに来る。それまで頭を冷やすんだ。一ノ瀬 涼」
そう言い残し翡翠は牢を出た。
「ちょっと待てよ !! 」
追いかけようと扉へ向かった瞬間、涼は信じ難い光景を目にした。
自分の牢がコインロッカーに思えるほど、幾つもの階層が重なるように多くの牢が存在していた。「戻りました。 続けます」 涼が再び椅子に座ると、サタンは作ったような笑みでテーブルに身を乗り出して来た。「な ? ひでぇだろ ? 神なんていねぇのさ。囚人がここにいるのがその証拠じゃねぇか ? 」「『癒し』を受けないんですか ? 」「ルストも俺も、最初からそんな気ねぇんだ。ただ、本当に『城』が俺たちに『癒し』が必要と判断してんならよ。あんたゲロ吐いたりしねぇと思うんだよなぁ〜」 これに思わず京の視線が泳ぐ。 今の段階で涼の耳に入れたくない話だ。「『癒し』を受けないなら、帰れよ」「京、お前も反省や後悔なんてしてねぇクチだろ ? 俺たちと似てやがるよなぁ ? 人は悪魔に近いものさ。罪を犯さない人間なんていないんだから。だからこそ俺たちは『城』に来たんだろ ? それを『癒す』ってんなら、その方がおかしいだろ ? 」 サタンが一人、涼に話し続けるところを、今度はフェンランがやってくる 。「サタン。そう思うなら今日は出直しな」「フェンランか……。なんだ ? もう俺が怖くねぇのか ? 」「やめろ。だがお前の言うことに興味がある。後で話を聞かせて欲しいのだが」「……。驚きだな。いいだろういいだろう。 じゃあ、涼。今日はここまでだ。『癒し』について、『悪』だと認めたら俺たちの仲間になるといい」 涼はそっぽを向いて拒絶する。 サタンはルストを連れて、囚人塔へ戻って行った。 フェンランと京は一度だけ小さく頷き、互いに離れた。「サラ。次の人をお願い」「え ? 本当に体調は大丈夫 ? 」「大丈夫。少し相性が悪かっただけだよ」 涼は深いバイオレットの眼を群衆に向けた。 ボー……ン。ボーーーン……。 また鳴り出した大時計の鐘の音に囚人達が頭上を見上げる。「黒い針が&helli
「俺はサタンと呼ばれてる。勿論、本物じゃないよ。ククク。 俺は長い事……悪魔の言い分が大好きでなぁ。崇拝してきたんだ ! 神なんかいるかどうかも分かんねぇが、悪魔は確実にいるのさ」「サタン、『癒し』を受けねぇなら引っ込んでろよ」「京〜。お前なら分かってくれると思うんだけどな〜 ? 涼は罪深い少年だよなぁ〜 ? 」「知らねぇよ。好きでやってんだ。 サラ、こいつ引っ込めろ」「で、でも予約は取ってるし……。涼くん、どうする ? 」「別に……話は聞くよ ? 」「ほーん。いいねぇいいねぇ。じゃあ少し語り合おうか」 サタンは椅子に腰を下ろすと、自分の取り巻きの中から一人の男を手招きして呼んだ。「『癒し』て貰いてぇのはこいつだよ。 その前に、本当にこいつの罪が視えんのか ? 」「視えますよ」「当てずっぽうじゃねぇのか ? 」「いいえ。ちゃんと視えます」 涼とサタンの間に緊張が走る。「証明しますか ? 手を」 涼はサタンに呼ばれて来た取り巻きの男の手を取ろうとする。 その間もサタンは喋りっぱなしだった。「じゃあ見せてみな。原罪が本当に分かるのか……。皆も興味あるよなぁ〜 ? 俺の話はそれからだ」 涼が取り巻きの男と対峙する。「こいつぁ、ルストってんだ。視てみな」「……ええ」 ルストと呼ばれた男は豚のような体格だが、優しい目の無害そうな男だった。年齢は三十前半くらいだろうか。自分と同じ日本人か、あるいは近くの国民に見えるが、問題はそこではない。 過去にこの男が犯した原罪だ。 繋がった手と手から感情を吸い上げ、左眼でその色から記憶を視る。 煌びやかな電子音と若者達の笑い声。『取りやすくしてあげよ
薄暗い空間に怪しく揺らめくキャンドルの灯火。植物の緑と、古めかしいカフェテーブル。 上座に座る少年の銀の髪にキャンドルのオレンジ色が重なり、集まった群衆達を見つめる鮮やかな紫色の瞳。 囚人達から見てその姿はどこか神々しく、特別な存在に見えた。「次の方ですね、どうぞ」 サラが恭しく最前列の男性をエスコートする。京は涼の真後ろでその『癒し』を見届けていた。 涼の前に座った男は酷く気落ちして項垂れている。「緊張しないで。大丈夫、今日で終わります。手を出して」 涼が男に手を差し伸べる。「俺は……確かに見て見ぬふりして生きてきた。でもそんなに大きな罪なのか ? 」 男には深い疑念の色。反省や後悔の感情色がない。一体、何故なのかと、今度は左眼で男の過去を遡る。 ──課長、その辺にされた方が。 この男の声がする。 ──止めて ! 課長、止めてくださぃっ ! 泣き叫ぶ若者の声と、何かを身体にバンバンと打ち付ける音。 ──うちの営業課、やばいな。今年でもう四人死んでるよな ?「俺が止めるべきだったのか…… ? でも、クビになったら仕事はどうする ? 俺じゃない。悪いのは課長じゃないか……」 闇。 この男は闇を彷徨ったまま、『城』で生き続けて来た。 この男にとって、未だ『城』の生活は始まっていない。何故この『城』に来たのか。犯罪者ばかりがいるとすれば、自分の行いはそこまでの悪事だったのか自問自答の毎日だった。 涼がそっと手を握る。 男の戸惑いと疑念の色を、重ねた折り紙から引き抜くように吸い上げていく。「本当に悪いのは貴方じゃない」「……そう……だよな ? 俺は……。 そうだよ。悪いのは課長だよな ? 」「でも、確かに貴方は止められたかも
食堂で並んでいると、同じく最初の食事時間帯のフェンランが声をかけてきた。「あんたら……朝からやってたんだって ? 」「フェンラン ! お礼言いたかったんだ。女性の皆さんが色々手伝ってくれて、凄い集中できるようになってたんだ」 涼は目を輝かせながらフェンランを見上げて、朝の様子を語る。 その側では陳からビーフシチューを受け取った京が、なんとも青い顔をしているのを見て状況を察する。「女達はわたしが指示した訳じゃないよ。お礼は本人たちにいいな」「そうなんだ……。てっきりフェンランの指示かと思ってた。 俺も朝早くてびっくりしたけど、腕慣らしに、皆んなにも『癒し』をさせて貰ったんだ」 フェンランの眉が跳ねる。京も同じく、トレイを持ったまま足を止めて涼に振り返った。「あそこにいた女、全員癒したのか ?! 」「うん。だって手伝ってくれるって言うし、俺に出来るのはこのくらいだからね」「……そう……。いや、止めはしないよ」 フェンランは口では承諾をするが、明らかに動揺している。涼はあくまでも善意でやっている。しかし京とも視線が絡んだ。その目が訴えている事に同じ焦燥感を抱えていると気付いた。「食後もやるのかい ? 」「うん。もう予約の人いっぱいなんだ。前倒しで何人かこなしたんだけど、まだまだいっぱいなの」「……大変だね」 トーストを受け取った涼は、目の前で豆カレーを食べる男を見つけ、ニコニコと京に絡む。(見た ? また豆カレー ! )(やめろ ! 聞こえんだろ、バカ ! ) フェンランは離れて行く前に京を呼び止めた。「『癒し』の合間、休憩を取れるかい ? 少し話しでもどうだい ? 」 京は人の身体なら隈のありそうな虚ろな目で頷いた。「……ああ。それがいいか。俺も話してぇと思っ
──…… ! ────っ ! 朝。 廊下がとにかく騒がしい。 正確には廊下の遥か下。一階だ。 気付いた京がもしやと身を起こすと、既に房の中は静かだった。房所か、この階自体の人が少ない。 涼は既に起きていたようだ。 昨晩、そのまま会話も無しに寝てしまった。房から出て廊下から下を見下ろす。 偶然通りかかった者に聞けば、既に点呼は済んだあと。 参ったように溜息をついた。 涼が来る前は、京は誰かと同房になると絶対に夜は眠らなかった。昼に起きたまま浅い睡眠。そして早々に追い出すように相方を追い出す。これの繰り返しだ。 京にとっても同世代の涼、それも全く悪意なく自分に笑いかけて来る姿は昔飼っていた愛犬 クロを彷彿とさせることもあった。 今朝の『癒し』は二人でエントランスに行くはずだったが、涼は声をかけられなかったのかもしれないと思うと、少し心が痛むような気がした。 同時に、勝手な行動にも腹立たしく思えても来る。 兎にも角にも、行ってみるしかない。 京は房の中をチェックすると、エントランスへ向かった。 □『おい、押すなよ』『だって見えねぇじゃん』『ねぇ、ちょっと可愛いかも』『分かる。なんか堂々としてきたらカッコイイかも』「……どうなってやがんだ……」 一階に降りてすぐ、人混みに立ち往生した。京がそれを掻き分け、エントランスへ辿り着く。 そこで見た涼は、この『城』に来てから一度も見た事のない光景を繰り広げていた。 エントランスホールの囚人塔への出入口と庭への出入口はほぼ直線。左手は壁際で、右手は何も無い広い空間だった。最初は応接用のソファやピアノ、そんなリラクゼーションの為の部屋だった。今では何もかもが剥ぎ取られて物が無くなっていたエントランスだが、そのホールを腰まである高めの植物を鉢植えにし、境い目が出来ていた。 群衆がそこから押し寄せないため
食堂で食事を済まし、シャワーから戻ったところで再び房のベッドで顔を付き合わせる。 本来なら互いにうんざりしてしまう様な同房生活。 しかし涼にとって、同世代に見える京に対し、他の囚人とは違った。「いつも同じ時間に作業服のおじさんがいるじゃん ? また豆のカレー食べてた ! 」「好きなんだろ」 京の脳内は激しく回転しているが、心ここに在らず。涼に上の空の返事を返した。食事中も京のスプーンは度々止まっていた。「京はどうして夜にシリアルを食べるの ? 」「夜……寝れねぇ……夜型なだけだよ」「そっか」 涼はニコニコと周囲を見回し話題を探す。涼にとっては、これが初めての青春──友人だった。 時代は違うとはいえ、同じ歳で同じ房。気分はどこまでも修学旅行のようなもの。 しかし京は違った。 今まで同房になった者はすぐに京を裏切ったし、すぐに売った。夜中に施錠される格子等、信用出来ないことを知っている。心をすり減らして暮らして来た京にとって涼は猛毒のように自分を壊す存在になった。 タチが悪いのは、悪意の無さと無知な事。 それを放っておけない自分も。「明日から『癒し』スタートかぁ。ちょっと緊張するなぁ。一日何人のスケジュールかサラに聞いてないんだよね」「……」「キャンドルってちょっと楽しみかも。京、火をお願いね。臭いがラベンダーなんだって。京は何の匂いが好き ? 」「……あぁ。匂い ? サンダルウッドとか……」「あ、なんか分かる気がする ! 俺はコンクリート」「ふーん……。はぁ ? コンクリート ? 」「うん。雨降った時のコンクリートの匂い ! 」「それ、今の質問に対しておかしくねぇ ? 」 京はシーツを整えるとバサリと仰向けに寝転んだ。「もう寝るの ?」「お前も早めに寝た方がいいぜ。明日から毎日体力持つのか ? 」「んー。もう少し話そうよ」「……いや、もう
「全部入ったか ? 」 食堂に行く前、涼は慣れないウェストポーチに苦戦していた。「ナイフもポーチも……腰だけごちゃごちゃしててやだ……」 左腰には護身用のナイフ。右腰には大金を詰め込んだポーチ。「盗む奴もいるから……」「そうだ ! 京のベッドに隠せば良くない ? 絶対誰もこの部屋は入らないし、京のベッドなんて誰も……」「やめろ ! 漁るな ! 」「いいじゃん、別に今更何も驚かな……あれ ? 」 涼の視線が廊下に移る。 一人の大男がひょっこりと覗き、
「よっ ! 待ってたぜぇ〜」 あと一歩で自分達の房という所で、隣人の道具屋が涼の肩を叩いた。「あ、そうだった ! 」 なんの警戒心も無く涼は道具屋へついて行く。ゴツゴツの枕を抱えた京はもう言葉が出なかった。「場所はエントランスなんだって ? 広いし、綺麗だもんなぁ。名案だ〜」 道具屋の親父は涼を招くと椅子に座らせる。「おい、着席料とか取らねぇだろうな ? 」「京〜。他の連中にも言ったが、俺ァお前と揉めんのは勘弁だ。勿論この子にもそんなことしねぇよ、安心しな」「ど
『女子供は荷台に乗せろ ! 』 『サミール ! 男は皆殺しだ ! 』(戦争……の、記憶の断片……)『子供だけは。お願いします ! 』 『ガキはすぐ敵兵になる。今なら苦しまずに死ねるのさ』(酷い……一方的な虐殺……。今の姿からは想像もつかないけど……) 後悔の色は二色が絡み合うようにして根を張るように、ブレードの体から染み出て滲んでいる。 二色のうち一色は、生前の軍人としての罪悪感なのではないだろうか ? しかし、もう一色はどうも今の会話から視ようとしても、軍人である話とは違った筋のもののようだと感じた。「でも、戦争なら軍人が敵地に行くのは仕方がないですよね ? 」「確
京は朝食を終えると涼を待たずにシャワーへ向かっていた。涼は翡翠の部屋へ行っている最中は落ち着かず、更に神経が過敏になりすぎたせいで最近は昼夜逆転しそうだった。 だが、ようやく房へ戻って来ても 未だ涼の姿は無かった。 京は濡れたままの髪を小さな支給品のタオルでパタパタと拭きながら房の中を見渡す。その視線がすぐに涼の枕に止まった。囚人用の枕はペッタンコで頭が疲れるほど薄くて固いというのに、不自然にパンパンに膨れ上がっていた。 涼が房へ戻ってきた痕跡。今朝まではいつものペッタンコだったはずだ。その上、この膨らみ方はどう似ても金だ