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【第一章】1.一ノ瀬 涼の重罪

Penulis: 神木セイユ
last update Tanggal publikasi: 2026-02-05 11:00:19

 一ノ瀬 涼は今日も登校を繰り返していた。

 松木市の中心部に位置する赤松高校。

 校則が緩く、現代的な教育方針は生徒に人気の学風。入学した生徒の殆どが楽しい学生生活を送る。

 しかし涼はそうではなかった。

 突発的な衝動で染色した銀の髪に白いYシャツ。透けるような白い肌。細身で身長も低く、男性らしいとは言いきれない。挙句、友達作りもスタートから出遅れた。

 それでも涼は理解している。

 外見の問題ではなく、自分の中にある他人とは違う能力。

    涼を苦しめる特異な視覚だった。

「でさ、こないださ」

「え〜、やべぇ〜 ! 」

「きゃははは ! 」

 中身のない上辺だけの軽快なトーク。相槌を打つ腰巾着。

 下心見え見えの男子と、女子の甲高い笑い声。

    教室から廊下にまで漂うそれは、様々な色味を帯び、涼の視界を覆う。金色、桃色、水色。色々混ざりあって涼の周囲を掻き乱し、やがて窓から抜けていく。

 涼は今日も限界だった。

 キーンコーンカーンコー……ン

 机に広げた教科書をロッカーに詰め込み、リュックを背負うと教室を出る。

「……涼……くん」

「先生。何ですか ? 」

「う、ううん。帰るの ? 」

「はい」

 若く大人しい女性教員。学生生活の上手くいかない涼には、教員として限度がある家庭の事情もあった。結局、今日も会話は切れる。

 涼は校舎を出ると裏校門から市街地へ向かった。

 Pirrrrr.pirrrrrr

 スマホに母親のアイコン。

『18:00に駅前。黒のジャケットの男が今日の客だよ。前回みたいに暴れて途中で帰ったら報酬無いんだから ! 』

「……」

    ビル風が街路樹を吹き抜け、小さな砂が涼の頬に当たる。

 松木駅前には大きなショッピング施設がある。併設された立体駐車場には、小さな空中庭園。遊具があるわけでもなく動物もいないが、美しい日本庭園に精一杯の小川。

    今日も涼はそこへ向かう。

    水のせせらぎを聴きに行く放課後のルーティン。

 ただそれが癒しだった。

 大掛かりな割にファミリー層には需要が無いのか、植物の公開イベントなどがある時だけは人が来るような場所だった。

 涼はその公園のベンチに腰をおろすと、日が暮れ始めるまで身体を休める。ぼんやりとした頭を抱えて、ひっきりなしに続く母親からの着信に耐えられず、この日は思い切ってスマホの電源を切った。

 そして庭園の手摺りにしがみつく。

 毎日母親がネットで客を見繕う。涼はその男達の相手をしなければならない。苦しい家計で母が安易に手を染めたのは、涼を使ったいかがわしいものだった。それも疑似恋愛とは程遠い。大抵が酷く暴力的で、サンドバッグが欲しいだけの異常者だ。

(なんでだよ……。なんで俺がこんな思いしなきゃならないの…… ? 

 終わらせたい……。 

 終わらせてやる !! こんな人生 !! )

 手摺を持つ手に力を入れると軽い身体は簡単に浮き、前のめりになるとすぐに頭が逆さまになった。

 自分の身体から完全に手摺りが離れて宙に浮いた瞬間、いつも思い出すのだ。

 自分が既にこの世に存在していないことを。

(あぁ……そっか。そうだった。俺、もう死んでるんだった……)

 □□□

 次の日──

「でさ、こないださ」

「え〜、やべぇ〜 ! 」

「きゃははは ! 」

 中身のない上辺だけの軽快なトーク。相槌を打つ腰巾着。

 下心見え見えの男子と、女子の甲高い笑い声。

    教室から廊下にまで漂う金色、桃色、水色。色々混ざり、やがて窓から抜けていく。

 涼は今日も限界だった。

 キーンコーンカーンコー……ン

 机に広げた教科書をロッカーに詰め込み、リュックを背負うと教室を出る。

「……涼……くん」

「先生。何ですか ? 」

「う、ううん。帰るの ? 」

「はい」

 当然、本日も盛り上がりは無し。

 母親から着信の続くスマホを片手に、逃げるように空中庭園に駆け込む。

    しかし、強烈な違和感に思わず声が出た。

「あれ…… ? 」

 何かがいつもと違った。

 いつも屋上から身を乗り出し、あの鉄柵を越えるまでは自分の死に気付かない。

 だが今日だけは気付いてしまった。

(俺は……もう死んでるんだった……。あ〜あ。またここに来てるよ……)

 駐車場側の扉から入ってきた一人の男性。

 涼の記憶の、唯一の異物だ。

 二十代中頃だろうか、整った顔立ちの男だ。長身で、夕日に反射して蜂蜜色の髪が光る。磨かれた革靴に上質なスーツ。

「なんで人が……。あんな奴居なかったはずなのに」

 涼は邪魔が入ったとばかりに、黒松の陰にあるエレベーターに向かう。

 だが、その手を男ががっしりと掴んできた。

「探した。一ノ瀬 涼だな ? 」

「はぁ……? 俺はあんたを知らないけど ? 」

 男には何か得体の知れない威圧感があった。その威圧感の正体は深い哀しみの感情色。

 会った事などない。

 人の感情が色として視える涼にとって、ここまで絶望感の強い『哀』の色の人間がいたら覚えているはずだ。

「この死のループから抜け出せる。俺と来てもらおうか。

 説明も必要ないだろう。本来、もうここにいるべきでない存在なのだから 」

 冷淡な声色。しかし涼は何故か男の空気に飲まれてしまった。

    身に付いてしまった習慣。流れに任せて何も考えず頷く。いつもそうだ。後で後悔をするのに。

「じゃあ、行こうか」

 男は突然、力任せに涼を持ち上げた。

「な ! なにすんだよ !!? 」

「……」

 男は答えない。だが何をしようとしているのか、分かってきた。

 涼の背に手摺りの鉄柵がヒヤリと当たる。

「や、止めろよ !! 」

「大丈夫だ。こうするしかないんだ 」

「う、うわっ !! 」

 男は涼の手首ごと押さえ込み、そのまま足を抱える。

 いくら経験済とはいえ、心の準備が出来ていない。抵抗するように身を捻っても、圧倒的な力の差に根負けしてしまう。

(なんで !? 俺、こいつに今回落とされるの !? )

     一際強い風が紅葉の星を激しく揺らした瞬間──男は頭の上まで涼の身体を振りかぶると、手摺りから思い切り投げ落とした。

(あ〜あ。死んでもこんなことされるのかよ……俺……)

 刹那──感じたことの無い違和感に目を見開いた。

「っ !!? 」

 一度逆さになって見えたはずの空が、一回転して色を変える。記憶の中の日の、燃えるような夕日が消え、一瞬で薄暗い世界へ堕ちる。

「な、何…… !? 」

 立ち眩みのような浮遊感が抜けると、やがて背に壁のような物が当たり、体に自重を感じた。

「……っ ? 」

 慌てて身を起こす。

「ようこそ我が『城』へ」

 たった今、自分を柵から投げ捨てた男がそばに立っていた。

 しなやかに手を胸に当て、深く頭を下げる。

 涼は死の無限のループを過ごしていたはずだ。しかし、遂に解き放たれた。

 この男によって。

「俺は翡翠。お前たちの管理人だ」

「……お前、たち…… ? 」

 周囲を見渡す。

 質素なベッドに、コの字型の石の壁。申し訳程度の排泄装備。

 そして壁の一方は鉄格子だった。

「ここって……何 ? 」

 まるで牢だ。

 確実に人を閉じ込める為の部屋。

 そして──

 カツン……

 石壁を撫でてみる。冷たく分厚い。

     目の前に突き出した自分の手に、思わず涼は二度見をした。

「手……足も ! か、身体が人形……っ !? 」

「そうだ。君は死んだのだから、身体が残ってるわけがない」

「……そんな」

 翡翠はさも当然と言わんばかりに涼を見下ろす。その眼光は冷たく、そして相変わらず消えない『哀』の色。

「ここは、どこなの ? 死後の世界 ? 」

「霊界ではある。だが、他の人間とは隔離された、罪人専用のあの世。通称『城』だ」

「罪人 !? なんの !? 俺は何もしてないっ ! 」

「した。『自害』。これは重罪に値する」

「は…… ? 」

 涼はポカンと翡翠を見上げる。

 死後にこんな世界があるなど聞いたことも無いし、覚悟も無かった。全ては日常から解放されたかっただけだ。

 そして、その日常からは抜け出せず、ずっと自害した日を繰り返していた。

 しかし、こんな状態を望んだ訳じゃない。

「要らない ! 身体なんて ! 無でいいんだ ! 俺を殺せよ !! 」

「それは更に許されない。悲惨な無限ループから抜け出したんだ。新しい世界で生きるしかない、囚人だ」

「囚人っ !? 

    とにかくそんな気ない ! じゃあ元のループでいい ! 戻してよ ! 」

「……。一時間後、また説明しに来る。それまで頭を冷やすんだ。一ノ瀬 涼」

 そう言い残し翡翠は牢を出た。

「ちょっと待てよ !! 」

 追いかけようと扉へ向かった瞬間、涼は信じ難い光景を目にした。

 自分の牢がコインロッカーに思えるほど、幾つもの階層が重なるように多くの牢が存在していた。

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