Masuk
「絶対内緒にしろよ ?
この『城』から出る方法があるけど、聞くか ? 」 「それ、脱獄ってこと ? そりゃあ ! 聞くよ ! 」 「元々、ここの管理人は生きた人間でさ……」 「人 ? 俺たちみたいな……『人形』じゃないの ? 」 「そう。それでさ、管理人は自分の目玉を『城』全体の鍵にしてたんだ。 ある日、囚人の一人に目玉を無理矢理奪われた」 「え…… ? 生きた人の目だよね ? 奪っても……そんなの、使えないよね ? 」 「普通はそうだな。その囚人は特殊な方法で、管理人の目玉を俺たちみたいな人形の眼に加工したんだってさ」 「剥製みたいな物 ? その瞳があれば、この『城』から抜け出せるの ? 」 「多分ね。その眼には特殊な術がかかってるらしい。 でも問題もあるな。その目玉を手に入れた囚人が、別な囚人に片目を強奪されたって噂。もう誰が左右片方を持ってるのか、分からないときたもんだ」 「なら、今もそいつらは……ここにいるのか…… ? 」 「ああ。俺たちの誰かだろうな。両眼が揃わないと出れないし、片方を盗んだのも誰か分からない。
幻のドールアイってわけ。この城自体から抜け出す最後の砦が、たった一人の目玉の剥製。笑えるだろ。二つ揃えばこの監獄から抜け出せるってのに、誰も名乗り出ない。 俺はどうしても『幻のドールアイ』が欲しい。 どうだ ?俺を最後まで信用できるか ? 」
『お答え出来かねます』 鮮やかなグリーンの発光体。真四角なその浮遊物は翡翠の頭上で発言する。 機械、AI、合成音声、表現は様々だろうが、サタンは確実に『核』は人間のような自立意思を持っていると察していた。 その事実を知るひと握りの囚人の中に 翡翠も含まれた。「困る。俺だけではなく、貴女が。もしあの部屋へ入られては誰が一番困るのか、よく考えることです」『管理人の意志を尊重して判断しました』「……俺のいない執務室に囚人を通すことが ? 俺の意思だと言うのか ? 」『一ノ瀬 涼にはその資格があります』「資格 ? ……何に対しての資格なんだ ? 」 怒りの感情から疑問へと誘われる。『一ノ瀬 涼には資格があります』 翡翠は腕組をしたまま、『核』を見据える。「それはなんの資格だ ? 」『お答え出来かねます』「例えば、俺がいなくなれば代わりが必要か ? 」『不足の事態が実際に起これば必要となります』「それは後継人の話か ? 」『いいえ。私はそれを望みません』「……望むか望まないか、なのか ? その綻びが俺には負担でしかない。『一ノ瀬 涼には資格がある』……それは『いつから』だ ? 本棚の先へ行ったのか ? 」『あの小部屋と一ノ瀬 涼について関係性はありません』 翡翠は制帽を外すと、深く溜息をついた。「俺に貴女は助けられない。出来るのは今ここで監獄を統制するのみ。 ……俺はどうすれば……。俺はいつまでここにいるのか……それは貴女も同じはず」『理解出来かねます』「……本当に理解できないのか ? それとも、演技なのか ? または呪いか…&hell
「『傲慢《プライド》』 !? サタン一味の傲慢《プライド》か ? 」「え…… ? 昨日までは別の人じゃ…… ? 」 周囲で観ていた囚人もザワつく。 サタンの部下には称号持ちがいる。前にここへ出されたルストが正にそうだ。ルストは『色欲』を意味する。最もサタンが決めたイメージにしか過ぎない。ルストは色欲に溺れていたというより、小児性愛の犯罪者である。 そして『傲慢』こそが『プライド』と呼ばれ、昨晩まではバンダナをしたエキゾチックな雰囲気の男が名乗っていたはずだ。理性的で博識。サタンの右腕と宣いながら上手く手のひらでサタンを転がしてた者だった。 しかし、今ここにエキゾチックなプライドはいない。「いないってことは無ぇよな ? 俺たちゃ死なねぇんだから」 京の言葉に現プライドはケラケラと笑う。「君がそれを言うのかい ? ふふ。サタンにね、もしものことがあったら、『核』から聞いた事を纏めたメモを俺たちに託す、と言われてたんだよねぇ」 涼の頭の上、身を乗り出した京の耳元にプライドが唇を寄せる。「俺も同じことが知りたかった。誰かがサタンを殺してくれない限り、俺もその書類を見れない。 だから京……君とフェンランには御礼をしなきゃね」「……殺す方法なんて知らねぇよ」「同じさ。動きを封じて口を縫い付ける方法だろ ? それが人形の死さ。 昨晩、君らがやった事さ。 俺もサタンの手記を読んだらピンと来ちゃってさぁ。彼の知能じゃ『核』と話しても、理解することは出来なかったみたいだけどね、ふふ ! 笑えるよ ! 」「あの ! 」 頭の上でやり取りする二人に涼が割って入った。「もうやめてください。プライドさんは最初から、俺が『癒し』ができないと思ってたの ? 」「あぁ、ごめんね涼。癒して貰えるなら癒して貰いたいよ、勿論。 でもさぁ、もう止まらないんだよね」「何が ? 止まらない
「お待たせしました」 サラが一礼してパーテーションを開ける。その風圧でキャンドルの灯火が揺らめいた。 中心に置かれた椅子はさながら玉座のようで、銀色の髪と片目が紫色の涼の姿はまるで──「予定の変更について、大変ご迷惑をおかけしました。ですが、今日ご予約の方は確実に視ますのでご安心ください」 微笑み、群衆に語りかける。 その涼の姿を京はなんともいえない気持ちで眺めていた。以前の様に、戸惑い、不安げで、自分に縋り付いてきた涼はそろそろ消えていくだろう。 これが、『城』で生きるために模索した、涼の生き方なのだ。受け入れなければならない。「それでは、ルキ · ホワイト様から……。どうぞ、こちらの椅子に」 サラが案内する長身痩躯の日系人。 年は三十代半ば。金髪に白い肌、切れ長の瞳はシルバーグレイ。俳優のような美しい男だった。「ふふ。俺を先に視たいとはね。お目が高い、のかな ? でも……あいにく俺はどこにでもいる、ただの出来損ない人間だよ 」『あいつスリだっけ ? 』 『いや、確か強盗致傷じゃねぇか ? 』 『え ? 俺はポリに手を出して捕まったって聞いたぜ ? 』 『捕まってムショに入ったんじゃ、この『城』には来ねぇはずだよな ? 』 『じゃあ、なんでここに来たんだ ? 』 男の言う罪が数多くある中の一部なのか、それとも出任せの嘘なのか。 涼の左眼がそれを見抜く時だ。「では、手を。俺に触れてください」「こう ? 」 男は躊躇いなく涼の手を握った。 男のその眼光。鋭く、涼を値踏みするようにもう片手で頬杖を付く。 そして涼の集中を乱すように、握った手を緩めると、スルスルと指を絡めて弄び始める。「おい、てめぇ…… ! 」 京がやめさせようとするが、涼にはもう言葉は届かなかった。 男の握る手。 その感覚から来る視覚情報。 まずは右目に写る囚人達の群衆が消え、次に取り巻きとなったサラ
涼は池から離れると、今度は門の方へ行ってみようと歩き出す。『幻のドールアイ』さえあればこの門は開く。そう噂されながら、ずっと誰も探そうとしない。いや、探している者はいる。京と翡翠だ。「これだ。網膜スキャンするやつ……」 虹彩認証機器としては監獄という場所で不利にも思える。機械など叩き壊してしまえば済むことだ。現に塀の有刺鉄線はファイトのリングに使用されているため所々無くなっている。(俺たちは人形だから、確かに生きた人がここを作ったなら正しい判断かも。でも、この世界に出入り出来る人間って限られるよね……。霊能者……それも凄い本物な人とか、お坊さんとか ? 女性なんだったっけ ? ) 涼が門の格子の先を見通す。 いつ見ても何も見えない。本当の黒色とはこういう物を言うのではないかと絵の具の黒色を思い浮かべる。するとなんとも絵の具の方が可愛らしいとさえ思えてしまうと感じた。「あ〜あ。結局、京も本気じゃ無さそうだしなぁ……」 その時、涼へ向かって足音が聞こえてきた。 サクサクという地面の雑草を踏む音と軍服の衣擦れ音だ。「あ、ブレードさん ! おはようございます ! 」「ああ。何やらエントランスが騒がしいようだが」「癒しのリラクゼーションサロンを始めたんです。でも準備に手間取ってて。順番待ちでもお客さんが揉めちゃって」「……」 ブレードは涼の顔を覗き込むと、難しい顔で藤紫色の左眼を見詰めた。「その『癒し』とやらを、使わん方がいいと忠告したはずだ。もう少し賢いかと思っていたが──そのままでは持たなくなるぞ」「持たない……? それって能力が減るってことですか ? 使えなくなる ? 」「いいや。もっと大事な物を失うのさ」「ごめんなさい。京にもやめた方がいいって言われるけど、俺には何故なのか全然分からないです。 この力は『核』に許
涼がリラクゼーションルームへ行くと、数人の男たちがサラを相手に揉めていた。「なんでだよ !! おかしいだろ ! 」「何のための予約だよ ! 」予約の順番を変える事に不満を抱えた者たちだ。当然だ。多い囚人たちの中から並んでまで勝ち取った順番なのに、後から来た者を先に視るというのだから。涼は自分のせいだと名乗り出ようとして一歩踏み出すが、他の囚人に止められた。「涼さん、今はあかん。ああいうのはゴネれば何とかなるんちゃうかと思ってんねん」「まぁ……そうかもしれないけど……。俺が変えちゃったし……」「予約担当はサラの仕事やろ。任しとき」「はい。じゃあ……」周りを見渡すと、頭を抱えてしゃがんでいる京がいた。「京、準備出来た ? 」「出来ねーよ。バーカバーカ」「なんだよ急に」「見ろよ ! このキャンドルの量 ! 」壁や通路至る所に手作りの燭台が立っている。食堂の陳が割れのある食器を女囚に譲った。彼女たちはそれを加工し燭台のように工作したのだ。「京が一個火をつけて、皆で分けて、それぞれつけていけばすぐ終わるじゃん」「俺もそう思う。俺も !! そう思う !! 誰だって思うよな !? 」「う、うん」「キャンドル、ぜ〜んぶ燭台にくっつけちまった ! 」「外せないの ? まさかこの量、全部ライターでつけて回るの ? 」「俺もう逃げたい……。親指痛てぇよ……」長く使い、ライターのホイールが熱で熱くなる。親指を添える度に手を振る京に涼が言った。「京のライターって、あのンギギギってなるやつじゃないんだね」全く伝わらない説明に京は苦い笑みを返した。涼の会話はいつもそうだ。グルグル〜や、こういう感じ、など、涼の主観で語られることが多いのだ。「ンギギギって
いくら考えようが答えなど出るはずがない。『核』と話せるサタンですら大きな情報は掴んでいなかった。当然、サタンは悪魔を崇拝し、この世界が地獄とするなら『城』での覇権は握りたかった。その為に『核』を使い他者を出し抜こうとした。 サタン一味に脱獄の意思が無かったのは京もフェンランも聞いている。『幻のドールアイ』の存在を鼻で笑っていた。「とにかく、何か翡翠から聞き出せるとしたら、お前しか──」「涼くんー ♪」 二人の肩が飛び上がる。「サ、サラ…… ! びっくりした ! 」「用意出来た ? 」「え、と。まだ……少し休憩してから行ってもいい ? 」「いいわよ。京くん、君は駄目。早くキャンドルに火をつけてよね」「あぁ"〜 ? 高々数本だろ ? 」「増やしたのよ。余ってる石鹸とか、他にもいろいろ作りようがあったから、作業してるうちに増えちゃった♪」「なら少しずつ使えばいいだろ一度に使うなよ。酸欠になんぞ……」 そういいながらも京は渋々房を出る。「じゃあ先に行くぜ」「うん」 京がサラに引き摺られて行くのを見送ると、涼も持ち物の支度を始めた。 □□□「フェンラン、私達も『癒し』を受けるべきなの ? 」 フェンランのそばに残ったのは数人……元の半分の人数だった。 皆、冥花栽培には来るのだが、『リラクゼーションルーム』と称した癒しが始まると、兼業としてフェンランの元を離れるようになった。皆、涼の『癒し』を受けた者だ。「あたし興味無い。冥花だけでいい」 女子高の制服を来た女子だけは頑なに癒しを拒んだが、他の女囚は悩んでいた。 フェンランのそばにはいたいが、集団として同じ事をすべきなのか、涼という少年は信用できるのか。現にフェンランは止めも勧めもせず、今は静観の動きだ。それを敏感に感じ取った者はフェンランの元へ残った。「私も&
執務室へ来るまでの囚人たちの視線に堪えた。涼はドアが閉まると大きく息をはいた。「大丈夫か ? 」「……はい。まだ、自分の……なんて言うか、無害さを分かって貰えないんだと思います。それに一日に癒せる人数もままならなくて」「成程。しかし貴重なものほど供給は薄いものだ。期待を持たせる程度で、人々は感謝し、抑制が効くと思うが ? 」「そんなものですかね ? あと、俺の眼。癒しの力を使うごとに濃くなってるんです」「力を使うごとに ? ……見せてご覧」 白い手袋がスっと涼の前髪を
「そう。器用に見えて、実は小難しいルールで自分を守ってるだけじゃねぇの ? なぁ、囚人の中で着物の奴ってフェンラン以外にいるか ? 」「そういえば。今のところ見かけないね。でも男なら豪華な着物なんて拘らないんじゃない ? 」「ああ。じゃあ、何にこだわると思う ? 日本刀とか、他の……技術的な物だよな。でもそれも居ねぇんだよ」 涼は京がフェンランの何に疑問を持っているのかわからなかった。 フェンランは古参のはずだ。それに涼も魂だけ数年彷徨っていた。彼女も何
大時計が鳴るその下で、京は隣に来たフェンランに気付いてフォークを持つ手を止めた。「一体なんだってんだろうね ? 」「さぁね」「涼は ? 一緒じゃないのかい ? 」「あいつは早速『癒し』中。フェンラン、あんたが男の心配かい ? 珍し」「別に。 ……いいや。心配だよ。認めよう」「……」「翡翠の旦那は何も言ってなかったのかい ? 」「何も。案外、本当にお気に入りなのかもって思ったぜ ? 」
朝。 涼が目を覚ますと、京は隣のベッドにいなかった。 体を起こしてベッドの端に座り、涼は記憶を遡る。 人形の自分の細い膝の上で組んだ手の指先に、傷が付いていた。 昨晩、京の口の中のドールアイに触れようと……その瞬間に牙を向けられた。 一度翡翠に相談してしまいたい。 全て話してしまいたいと願う。 しかしそれは自分の終わりを意味するような気がして出来なかった。何より、囚人二日目にして管理人に泣きつくことは許されないだろう。 一度立ち上がるが、何をしていいか