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第9話

Author: 匿名
その夜、翔也はたくさん酒を飲み、顔を赤らめている。

けれど何をするでもなく、ただ私をベッドに押し倒し、抱きしめたまま、口の中でつぶやく。

「本当に幸せだ。やっと真帆を手に入れたんだ」

その瞬間、私は気づく。

私と彼には、私が覚えていない過去があるのだと。

失われた三年間の記憶の中に。

思わず彼を押して問いかける。

「私たち、いったいどこで会っていたの」

翔也の全体が固まり、体を起こして私を見下ろす。

「何か思い出した?」

私は首を振る。

「いいえ、翔也が話してくれるなら、思い出せるかもしれない」

彼の口元がぱったりと下がり、横に倒れて私の腕を抱きしめ、忘れている過去を語り始める。

八年前、私たちは大学の同級生で、両親から自立を求められ、ルームシェアをしていた。

一緒に料理をし、掃除をし、少しずつ支え合うようになった。

少しずつ、彼はすべての家事を自分で引き受けるようになり、毎食前に私をテレビの前に座らせて待たせるようになった。

私はふと驚いた。

どうりで彼が私の好みを細かく知っているはずだ。俊也でさえ気づかなかったことを。

そのうち翔也は私に恋をし、ネットの書き方を真似て、何通もラブレターを書いてくれた。

一番よくできたものを渡すつもりだった。

だがその前に、私は交通事故に遭った。

水野家が調べたところ、それは偶然ではなく、本来は翔也を狙ったものだった。

けれど被害にあったのは私で、その後、両親によって引き離され、彼は留学へ、私は転校させられた。

彼の話を聞いているうちに、私は少しだけ思い出した。

あの事故は分かっていた。私は翔也を庇ったのだ。

なぜなら、私もずっと彼を好きだったから。

翔也は呆然とし、目に涙を浮かべて私を抱きしめ、泣き始める。

「それが、君が僕を守った代償だったのか。七年も君を失い、今年になるまで君が苦しんでいたことも知らなかった。遅くなって、本当にごめんね」

けれど今、遅いかどうかは関係ない。

私は彼の首に腕を回し、唇を重ねた。

「じゃあ、これからちゃんと償ってよ」

その後、アシスタントから聞いた話では、俊也の生活はどんどん苦しくなっているらしい。

彼の弁護士資格は剥奪され、誇っていたキャリアは崩れ去った。

違法案件の影響で刑務所に入り、出所後は建設現場で肉体労働をし、宅配や小さな
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