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第2話

Author: もも缶
木下哲平(きのした てっぺい)は一瞬きょとんとして、私の顔を一度見てから、パソコンの画面に再び目を落とした。そして、彼は表情を少し曇らせて言った。

「朝比奈さん、もうこちらの病院で出産する予定になってますし、これまでの健診結果もすべてシステムに登録済みです。もし今から転院がご希望の場合……手続きを全部済まさないと、移るのは難しいですね。

カルテの移行には手順が必要で、最短でも4週間はかかりますよ」

哲平は少し間を置くと、柔らかい声で付け加えた。「もし何かご不満な点があれば、おっしゃってください。調整しますから」

4週間も?

私は苦笑して首を振って言った。「夫がもうすぐ帰国するんです。だから自宅に近い病院に変えたくて。他の理由ではないんです」

哲平は表情を和らげた。「なるほど、お気持ちはお察し致します。わかりました。まずは焦らず、書類の手続きを進めましょう。ただし、その間も定期健診は必要ですから、明日また来てください」

私は頷いて了承した。しかし診察室を出た直後、またもや拓野と出くわしたのだった。

彼は廊下の壁に背を預けていた。産婦人科から出てきた私を見るなり、眉間にしわを寄せ、何か言いかけようとした。

「うわ、もしかして静葉さん、妊娠中なのですか?」

莉香が拓野の背後から顔を出し、首をかしげながら私を見つめた。

「誰の子を身ごもられたのですか?」

莉香の甲高い声は、廊下を歩く人々の耳にも届いた。

私はうんざりしたが、隠す気もなかったので言い返そうとした瞬間、廊下の突き当たりから悲鳴が響いた。

「江藤!娘の命を返せ!」

一人の男がナイフを振り上げ、血まみれの姿で駆け込んできた。

拓野が即座に顔色を変え、本能的に一歩前へ出た。莉香をかばうように立ちはだかる。

だけど私はただ健診しにきているだけだから、争いに巻き込まれたくなかったし、お腹の子に危険が及ぶのは避けたかった。

そう思って、私は逃げようと診察室の方へ下がったが、狭い廊下は人で溢れかえっていて、私がドアに手をかける前に、背中を莉香に押されてしまったのだった。

その勢いでバランスを崩し、私は拓野の方へ倒れ込んでしまった。

そして、ナイフが振り下ろされたとき、相手の顔さえハッキリと見えていなかったのに、肩に冷たく鋭い痛みが走った。

見下ろすと、ナイフが深く私の肩に突き刺さっていた。血が刃を伝って溢れ出し、袖を濡らして、ポタポタと床に落ちていく。

一方、拓野も自分をかばって傷ついた私を見て、表情を一変させた。

その時、犯人は刺す相手を間違えたと気づき、悪態をついて私を突き放した。

弾き飛ばされ、私の腹部が消火栓の角に激突してしまい、激痛が走り、私は思わず蹲り、目の前がクラっとした。

それから犯人は駆けつけた警備員に取り押さえられ、ナイフが地面に落ちるのと同時に背後から莉香の怯えた声が聞こえてきた。

「わざとじゃないの……怖かっただけで、そんなつもりじゃ……」

目を向けると、拓野の顔が霞む視界に入った。でも、彼は私を見ていなかった。

急いで辺りをかき分けて駆け抜けると、彼は泣きながら震える莉香を抱きかかえた。

「大丈夫だ、君のせいじゃない」

莉香が泣きながら首を振る。「でも、静葉さんが怪我を……」

拓野は私を一瞥しただけで、どこを怪我しているかも見ようとせず、視線をすぐに戻した。

「彼女はただ怪我の振りをしているだけだよ」拓野は莉香を安心させるように言った。「それより君はどうだ?」

一方私は痛みのあまり、声を出さなかった。もう限界だったからだ。

視界がぐるりと回り、拓野の姿は白くぼやけていった。

それから目が覚めたとき、私は病室にいた。肩が痛む。でも一番痛いのは、お腹の方だった。

その傍らに拓野は腰を掛けていた。私の意識が戻ったのを見ると、彼は冷たく視線を逸らした。

私が子供が無事か聞こうとするよりも早く、拓野が皮肉めいた声で吐き捨てるように言った。

「復縁するために、こんな大それた真似までやるなんてな。静葉、前なら少しの怪我でも死にそうに泣いていたのに。

離婚してからずいぶん汚い手を使うようになったんだな?

だが、諦めろ」

拓野が立ち上がり、椅子が床の上をガタっと鳴った。

「俺を救ったからといって、恩返しによりを戻すつもりはないから。ドラマじゃないんだ。その卑屈な苦肉の策は俺には通じない」

そう言って、拓野は私に視線を向けた。まるで、私がいじけて泣き出し彼の慰めの言葉を乞うのを待っているかのようだった。

「あなたを助けようとしたわけじゃないわ」

弱々しくも、どこか苛立った響きのある私の口調に、拓野は驚いて絶句していた。

彼に私の妊娠を明かした記憶はない。医師がまだ何も言わないということは、この子は無事だ。それだけが私にとってせめてものの救いだった。

だが、拓野はその言葉が不快に感じたようで、私がどうせまた気を引こうとしているのだと決めつけ、続けた。

「どうしてもやり直したいなら、考えてやれなくもないのだが、その前に協力してもらいたいことがある。

まずは、莉香のために釈明をして欲しい。誰かが莉香がお前を押した動画をアップして騒ぎになっているんだ。莉香は医者だぞ。そんな誹謗中傷を受けて彼女がどれだけ傷つくと思う?だからお前からあれはお前が自ら身を呈して庇ったのだと説明してくれ。

それにお前はまだあのフォロワー100万人のアカウントを持っているんだろう?

彼女の医師としての立場を守るためだ。理解できるよな」

それを聞いて、手のひらに爪を食い込ませ、痛みが広がって、私はようやく口を開いた。

「私が江藤先生のために釈明をするとしたら、一体誰が……安人の無念を晴らしてくれるっていうの?」

それを聞いて、拓野の表情は一変し、冷たくなった。その表情には何か言いようのない感情がこもっているようだった。

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