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第三話 爪を研ぐ鳥

ผู้เขียน: 影山御影
last update วันที่เผยแพร่: 2026-06-24 20:12:49

大国の権威を誇示するような、圧倒的な朱色の城門。龍蘭帝国の後宮に足を踏み入れた朱璃(しゅり)を待っていたのは、息を巡らせる暇もないほどの混沌だった。

 到着した時期は、ちょうど春の盛りの大祭『桃源節(とうげんせつ)』の直前。後宮全体がその準備で蜂の巣を突ついたような大騒ぎになっており、他国から来たばかりの、まだ寵愛も得ていない端くれの姫である朱璃など、誰もまともに相手をしてはくれない。あてがわれた宮の侍女たちとも、一言二言の挨拶を交わすのが精一杯という慌続きだった。

​ そして、何一つこの国の作法を教えられないまま、春の祭り当日を迎える。

​ 絢爛豪華な大広間。金銀の装飾が施された衣装をまとい、妖艶で華やかな大陸の舞を披露する他国の姫たち。その姿に、玉座に座る皇帝や皇后、あるいは第三皇子リウ・タイランが退屈そうに視線を送っていた。

 やがて朱璃の番が回ってくる。生家である神凪(かんなぎ)の地、倭国(わこく)の厳かな神事しか知らない朱璃は、心を込めて、静かで格式高い「神楽舞(かぐらまい)」を踊った。指先まで神経を尖らせた、神に捧げるための美しい舞。

​ しかし、この後宮が求めるのは「男の目を惑わせる色香」だ。静寂を重んじる朱璃の舞は、彼らにとって退屈極まりないものでしかなかった。

​「まあ、陰気な舞。まるで死人を弔っているようですわ」

「せっかくの桃の節句が台無しね。倭国の野蛮な娘には、この国の華やかさは理解できないのかしら」

​ 他国の姫たちの間で、容赦のない嘲笑が響く。玉座の皇帝や皇后は興味なさげに一瞥をくれただけで、すぐに視線を外した。こうして朱璃は、後宮に足を踏み入れた初日に「地味で退屈な、落第姫」という烙印を押されたのだった。

​ ――だが、嘲笑の嵐が吹き荒れる広間の中で、ただ一人、違う目をしている男がいた。

 第三皇子、リウ・タイラン。

 彼は頬杖を突いたまま、遠ざかる朱璃の背中をじっと見つめ、周囲の喧騒に消え入るような小声でボソッと呟いた。

​「……なんと、華麗な舞なのだ。軸が一切ぶれていない。これが神に捧げるという、倭国の舞なのか」

​ その瞳には、退屈の代わりに、獲物を見つけたかのような深い興味の光が鈍く宿っていた。しかし、その呟きに気づく者は、まだ誰もいなかった。

​    ◇

​ 祭りが終わり、後宮が本来の静けさを取り戻した頃、新入りの姫たちの配属が発表された。

 後宮において、まだ寵愛を受けていない身分の低い姫に、独立した一つの「宮(きゅう)」が丸ごと与えられることはない。最高位である四貴妃のいずれかの宮に、居候のような形で所属することになる。

​ 朱璃に言い渡されたのは、『延明宮(えんめいきゅう)』への所属だった。

 その決定を聞いた瞬間、廊下ですれ違う他のお妃付きの侍女たちが、朱璃の背中に向かってクスクスと、しかし憐れむような声を潜めて囁き合っていた。

​「お可哀想に。倭国の姫様、よりによって麗華(レイファ)徳妃様の宮に配属されたんですって」

「麗華様といえば、親が皇帝陛下の側近だからって、寵愛もないのに我が物顔でいらっしゃる、わがまま放題のお嬢様貴妃でしょう? あそこに入ったら最後、まともな扱いなんて受けられないわね……」

​ そんな同情の声を背中で聞きながらも、朱璃の表情はぴくりとも動かなかった。むしろ、その切れ長な瞳の奥に、冷徹な計算を走らせる。

(好都合だ。我儘な主のいる宮ほど、綻びが多い。情報収集には丁度いい)

​ 延明宮へ挨拶に赴くと、主である麗華徳妃は、案の定、扇で顔を隠しもせず朱璃を値奢るように睨みつけた。親の権力を傘に着た、いかにも高慢そうな美女だ。

​「倭国の野蛮な娘に、我が延明宮の美しい部屋を貸すなど、宮に泥を塗るようなもの。お前はあっちの薄暗い離れにでも引っ込んでおいで。それから、我が宮でただで飯を食わせるわけにはいかないわ。今日からは侍女たちと共に、宮の雑用をこなしなさい」

​ それは、一国の姫に対するあからさまな侮辱であり、事実上の奴隷宣告だった。

 さらに朱璃付きとしてあてがわれたのは、わずか二人の侍女。彼女たちもまた、日頃から麗華徳妃に目を付けられ、いじめられていた小鈴(シャオリン)と春蘭(シュンラン)という少女たちだった。

​「……朱璃姫様、申し訳ございません。このような、物置同然の場所に……」

​ 案内された宮の最果てにある離れは、何年も使われていないようで、床には分厚い埃が積もり、蜘蛛の巣が張っていた。小鈴は今にも泣き出しそうな顔で頭を下げ、少し知恵の回りそうな春蘭も、諦めきった目で床を見つめている。

 しかし、当の主人はといえば、すっかり腕をまくっていた。

​「何を泣いているの。汚れているなら、掃除をすればいいだけでしょう」

​「え……?」

​ 二人が呆気に取られる中、朱璃はバケツに水を汲み、雑巾を手に取ると、凄まじい手際の良さで掃除を始めた。武家育ちで鍛え上げられた体幹と筋力だ。重い家具を軽々と動かし、あっという間に部屋の隅々まで磨き上げていく。

 その圧倒的な行動力と、姫とは思えない気さくさに、小鈴と春蘭は目を丸くし、慌てて手伝い始めた。日が暮れる頃には、薄暗かった離れは見違えるほどピカピカになり、心地よい風が通り抜ける空間へと生まれ変わっていた。

​    ◇

​ それからの数ヶ月間、朱璃の生活は「ほぼ侍女同然」のものとなった。

 毎朝早くに起き、麗華徳妃から命じられる過酷な雑用を黙々とこなす。重い薪を運び、庭の広い敷地を掃き清め、宮の廊下を雑巾がけする。

 周囲の妃や侍女たちは、そんな朱璃の姿を見て「哀れな落ちこぼれ」と蔑み、笑った。

​ ――だが、彼らは誰も気づいていなかった。

​(ふん、この程度の重さ、倭国での木剣に比べれば軽いものだ。良い筋力トレーニングになる)

​ 朱璃は、雑用をすべて己の「鍛錬」へと変換していたのだ。重い荷物を運ぶことで足腰を鍛え、雑巾がけで体幹を研ぎ澄ます。さらに、宮の雑用で歩き回ることを口実に、延明宮の構造、警備兵の交代時間、死角になる場所をすべて頭の中に叩き込んでいた。

​ そんな朱璃の裏表のない誠実さと、時折見せる凛とした格好良さに、一番近くにいた小鈴と春蘭は、数ヶ月の間にすっかり魅了されていた。

 ある夜、慣れない労働で手が荒れてしまった小鈴に、朱璃が倭国から持ってきた貴重な薬を優しく塗ってやったとき、小鈴はついに涙を溢れさせた。

​「朱璃様……どうしてそんなに優しいのですか。私たちは、徳妃様に嫌われた、何の力もない侍女なのに……」

​ 春蘭もまた、静かに居住まいを正して朱璃を見つめる。

​「私たちは、もう麗華様のためではなく、朱璃様のために生きたい。どうか、私たちを本当の部下にしてください」

​ 朱璃は二人を見つめ、ふっと、これまでの「大人しい姫」とは違う、武人としての不敵な笑みを浮かべた。

​「いいわ。その言葉、忘れないで。これから私は、この退屈な鳥籠を少し揺らしようと思っているの。手伝ってくれる?」

​「はい……!」

​ 二人の侍女との間に、損得勘定抜きの、本物の信頼関係が結ばれた瞬間だった。気心の知れた二人が味方になったことで、春蘭の持つ後宮の噂話や情報網、小鈴のフットワークの軽さが、朱璃の大きな武器となった。

​ 屋敷の離れで、三人でささやかな夕食を囲み、笑い合えるようになった初夏のある日のこと。

 延明宮の主、麗華徳妃の使者が、一通の派手な手紙を朱璃のもとへ叩きつけるように届けてきた。

​「徳妃様からの伝達です。来月行われる、夏の『千涼祭(せんりょうさい)』において、我が延明宮の代表として、お前が前座の舞を踊りなさい、とのことです。春のような恥ずかしい真似は許されませんよ」

​ 使者の侍女は鼻で笑って去っていった。

 あからさまな、二度目の公開処刑の企みだ。春の祭りで評価の低かった朱璃を再び大舞台に立たせ、今度こそ完全に恥をかかせて、二度と這い上がれないようにするための嫌がらせ。

​ 手紙を見つめる小鈴と春蘭の顔が、怒りと不安で真っ青になる。

 しかし、朱璃は手紙を静かに机に置くと、窓の外の青空を見上げ、楽しそうにクスクスと肩を揺らした。

​「……ふん。数ヶ月間、大人しく雑用ばかりで、少々身体が鈍りかけていたところだ。麗華徳妃も、粋な計らいをしてくれるじゃないか」

​ その瞳に宿ったのは、大人しい「姫」の光ではない。

 獲物を狙う、飢えた猛禽のような、鋭く恐ろしい武人の輝き。

​「今度は、僕の本当の舞を見せてやろう。……ただでは起きないわよ」

​ 彼女の口から漏れた、低く鋭い「僕」という呟き。

 隣にいた小鈴と春蘭は、荷物の整理に追われ、主人のその小さな独白を聞き落としていた。

​(すまない、二人とも。……君たちを騙す意図はないんだ。けれど、いずれ話すことになるだろうな。本当の、僕という人間の姿を)

​ 心の中で二人に小さく詫びながら、朱璃は自らの内に眠る戦士の魂を呼び覚ます。

 初夏の風が、朱璃の長い黒髪を激しく揺らす。

 爪を研ぎ続けた鳥が、ついにその牙を剥く時が近づいていた。

影山御影

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