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第2話

Author: パクチー好きの静香
あの写真の中で彼女が着ていたのは、まさにそのドレスだった。

それに気づいた瞬間、胸の奥がざらりと波立った。

私は何も言わず、すぐ別の一着に手を伸ばした。

体をすり抜けるようにして試着室へ入ろうとした、そのときだった。

背後で店員が口元を押さえながら、くすくす笑う声が聞こえた。

「美波さん、ドレスがかぶっても別に問題ないですよ。似合わないほうが気まずいだけですし。ほら、あの人すぐ別のに替えましたよ」

美波はふっと笑った。けれどそれは余裕でも優しさでもない。

はっきりとした――侮りだった。

それでも、私は何とも思わなかった。

着替えを終えると、私は静かに椅子へ腰を下ろした。

修一が私の隣に立ち、そっと肩を抱き寄せる。

シャッターが切られる――その直前だった。

美波が突然胸を押さえ、その場に崩れ落ちた。

「修一、苦しい……」

肩に置かれていた手が、するりと離れる。

修一は血相を変えて駆け寄り、そのまま彼女を抱き上げて外へ出ていった。

最後まで、一度もこちらを振り返らなかった。

店員が気の毒そうな目で私を見る。

けれど私は背筋を伸ばしたまま、微笑んで言った。

「続けてください」

店員は一瞬きょとんとしたあと、小さく口をへの字に曲げ、それでも黙って撮影を続けた。

撮影が終わるころには、不思議と心が静かになっていた。

私は満ち足りた気持ちで、その場をあとにした。

これは私とこの子だけの記憶だ。あの人がいてもいなくても、もうどうでもいい。

店を出てから、外の風が思っていたよりずっと強いことに気づいた。

仕方なく、私は近くのホテルに入った。

ベッドに横になって間もなく、スマホが震えはじめた。

修一からだった。出る気にはなれず、そのまま放っておいた。三回続いたあと、ようやく着信は止まった。

うとうとしかけたころ、今度はメッセージが一件届いた。

開いてみると――

修一の腕の中に収まっている美波の写真だった。

しかも彼女が着ていたのは、私のパジャマだった。

五秒もしないうちに、そのメッセージは取り消された。

続いて、短いメッセージが届く。

【ごめん、間違えて送っちゃった】

わざとだと、すぐにわかった。

けれど不思議と、腹は立たなかった。

私はスマホの画面を閉じ、そのまままた眠りに落ちた。

翌朝、タクシーで家に戻った。

玄関のドアを開けた瞬間、中の空気に違和感を覚えた。

リビングでは、なぜか人が集まっていて、簡単なホームパーティーのようなものが開かれていた。

修一は眉を寄せたままスマホを見つめていたが、ドアの音に気づくと顔を上げた。

そして私と目が合う。

その表情はわずかにやわらいだのに、声にはまだ責めるような響きが残っていた。

「やっと帰ってきたのか」

私は淡々と答えた。

「昨日は風が強かったから、近くのホテルに泊まったの」

言い終えた瞬間、怒鳴られるものだと思っていた。

けれど修一は短く「そうか」と言っただけだった。

そして落ち着いた声で続ける。

「知ってる。お前のスマホの位置、見てたから。でも外泊するなら、次からはひと言くらい連絡しろ」

コートを脱ぎかけた手が止まり、私は信じられない思いで彼を見た。

「いつ、私のスマホにGPSなんて仕込んだの?」

「お前のためだ。何かあったら困るだろ」

それ以上は何も説明せず、修一は部屋にいる面々を私に紹介しはじめた。

そこにいたのは、みんな修一の友人たちだった。

けれど結婚式の日を除けば、この数年、顔を合わせたことは一度もない。

むしろ私よりも美波のほうがずっと馴染んでいる様子で、彼女は自然と場を仕切るように、いたずらっぽく一人ずつ紹介していった。

「こちらは藤宮英司(ふじみや えいじ)。スープがすごくおいしいの。

こっちは御堂圭吾(みどう けいご)。アーティストをしてるの。

それから倉田翔也(くらた しょうや)。ちょっとだけイケメンなんだけど、すごく意地悪なの」

その言葉に、みんな一斉に笑い出した。

英司はわざとむっとした顔をして、冗談めかして言い返す。

「美波ちゃん、それ贔屓入りすぎじゃない?」

美波は頬をふくらませると、そのまま彼らの輪の中へ飛び込んで、じゃれ合うように騒ぎはじめた。

最後まで、私のほうをまともに見ることすらなかった。

もちろん、挨拶もない。

私は別に構わなかった。もともと彼らは昔からずっと一緒に過ごしてきた人たちだ。私はそこに無理に入りたいと思ったことなんて、一度もない。

修一はそんな美波を、甘やかすような目で見つめながら、低く笑っていた。

私はその場を離れ、寝室へ向かおうと足を動かした。

けれど振り向きざま――

ゴミ箱の中に見えたものに、体が一瞬で固まった。

重くなった足を引きずるようにして近づく。そこに捨てられていたのは、母が生前、私のために作ってくれた漬物だった。

頭の奥で、何かがぶつりと切れる音がした。体の奥が、すうっと冷えていくようだった。

母は、あまりにも突然いなくなった。

あれは――母が最後に私へ残してくれた食べものだった。

丸一週間かけて作ってくれたものを、私はどうしても捨てられずにいたのに。

それなのに今、その漬物は生ごみにまみれて、ゴミ箱の底に沈んでいた。

胸の奥に押し込めていたものが、一気にあふれ出す。

私は震える声で言った。

「……誰が捨てたの?」

リビングでは相変わらず笑い声が続いている。誰ひとり、私の声に気づかない。

「……誰が捨てたの?」

それでも、誰も振り向かなかった。
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