侑斗には結婚を前提とした女性がいる。
華はそう諦めつつも、一年後には仕事を続けつつ通信大学の過程をこなしていた。いつか彼と再び会えたら、大卒の自分でありたい。
そんな、小さな夢を抱いている。 その時はきっと、自分を卑下せずに胸を張っていれると思うのだ。ある日の夜、通信大学のSNSグループで知り合った仲間六人は、その内の一人である大森君宅に集まり、手巻き寿司パーティーをしていた。
「課題が期日内に終わったことに乾杯。」
「みんなで一緒にやれて良かった。
一人だったら、間に合った自信ないわ。」「大森君の活躍が大きかったよね。」
何度か一緒の課題に取り組んでいる内に親しくなり、飲み会を開く気心の知れた仲間だった。
「はぁー、もうお腹いっぱい。」
「こんなに食べたの久しぶり。」
それぞれに好きなネタで散々手巻き寿司を食べて、お腹も満腹になった頃、突然、アパートの玄関のベルがなり、夜遅くの訪問の知らせに首を傾げながら、大森君はドアを開けた。
「こんな時間に誰だよ。」
「大森だな。」
「そうだけど。
どちらさん?」「薬物所持の疑いで逮捕状が出ている。
22:32家宅捜査を開始する。」ドアの先にいたのは、眼光鋭い刑事達だった。
「ちょっと待ってくれ。
今、人が来てるんだ。」「その者達にも用がある。」
「関係ないって!」
だが、大森君の静止は叶わず、突然、八畳の小さな部屋に五人もの刑事達が、一斉に押し入って来た。
八畳の部屋は瞬く間に人であふれ、私たちはただ呆然とするしかなかった。
「全員そのまま動くなよ。」
「離せ!」
大森君は取り押さえようとした刑事を振り解こうと暴れるが、すぐに拘束されてしまう。
「大森、暴れるな。」
「くそっ。」
「他の者達も大人しく従わないと、手錠をかけるからな。」
そう言って、刑事達は私達の動きを、完璧に封じる。
これが現実に起きているのが信じられない私達は、互いに目を見開き、固唾を飲んで、成り行きを見守るしかなかった。
「よし、そのままだ。」
動けない私達を尻目に、刑事達は素早い動作で、それぞれに部屋中のありとあらゆる場所を捜査していく。
「ねぇ、私達この先どうなるの?」
隣に座る小池さんが小声でつぶやく。
「わからない。」
私も小声で返す。
こんな経験はもちろんないし、薬物だなんてテレビでしか見たことがない。 本当にこれは現実に起こったことなの?「ありました!」
数分の後、一人の刑事が声を上げると、一気に周りの刑事達の顔つきが変わる。
そしてその瞬間、大森君はうなだれた。「22:58全員逮捕。」
その刑事の呼びかけに、その日集まった六人の友人達は一斉に捕った。
「えっ、私達関係ない!」
「話は署で聞く。」
小池さんが目に涙を浮かべて叫んでも、冷たく返され、私達は全員容疑者として連行された。
そして、警察署の留置場に入れられることとなった。「さぁ、ここに一人ずつ入るんだ。」
捕まった六人の内、三人が女性であったが、口裏を合わせる可能性があると判断されたためか、鍵のついた一人一人の個室をあてがわれ、不安な夜を過ごした。
尿検査をして問題は無かったのに、そのまま帰れず不安が募る。
翌日から、次々と取り調べが行われ、関係を疑われなかった四人は次々と釈放されて行った。
けれども、部屋の持ち主である大森君と、私だけは釈放されることなく、留置され続けた。
「さぁ後はお前達だけだぞ。
ゆっくり話してもらうからな。」「えっ、みんなは?」
「もう帰ったよ。」
「えっ、何で私だけ?」
「特に大森と親しかったらしいな。」
「えっ、みんなと同じだと思うけど。」
「みんなと別れた後、二人だけで出掛けていたと聞いている。」
「それは、はい。」
「付き合っていたのか?」
「まさか、ただの友達です。」
「じゃあ、ただの友達としてどこに行っていたのか、詳しく説明して。」
「わかりました。」
その時は気づかなかったけれど、釈放された小池さん達には、それぞれ早々と弁護士が動き、警察に働きかけていたそうだ。
それを後から聞いた私が思い浮かんだのは侑斗だったけれど、助けを求めれず躊躇っていた。
だって、侑斗には結婚を前提とした彼女がいる。
そんな彼に、自分が薬物事件の容疑者になった姿を知られるなんて、恥ずかしいし情けない。最初から迷惑だとわかっているのに、巻き込むなんてできないし、相手の女性も嫌がるだろうから、とても頼れなかった。
その一方で、さらに衝撃だったのは、大森君の薬物の仕入れ先は、私が勤める会社の上司の永田さんだったそうだ。
それにより、彼女はすぐに逮捕された。「会社で永田と付き合いがあったそうだな。」
「はい、上司ですから。」
「個人的な付き合いは?」
「いえ、特に。」
「そうか、もう一回聞こう。
二人で連絡を取ったことはあるか?」「はい。」
「どうやって?」
「SNSと電話で。」
「じゃあ、大森と三人で会ったことは?」
「いいえ、ありません。」
「おかしいな、永田と大森はどうやって知り合ったんだろうな?」
「さぁ、わかりません。」
「もう一度聞こう。」
実際には二人が知り合いだったことすら知らないのに、その二人を繋いだのが、私である可能性が高いと疑われたのだ。
本当に私は薬物などしていないし、二人が知り合いだったことすら知らない。
けれども、接点という意味では、私は限りなく怪しく、仲間の一人ではないかと思われているようで、どんなに否定しても、同じことを何度も聞かれ、追及され続けていた。
苦しい日々が続き、どんどん追い込まれていく自分に気づいていくが何もできない。
長い取り調べから独房に戻ると、何故疑いが晴れないのかわからず、今までのこと、大森君とのやり取り、会社での永田さんとの関わり、取り調べで話したこと、それらを自問自答して、夜になっても眠れない。
特に大森君とのSNSでのやり取りでは、薬物に関する会話はしていないし、無実なのだから証拠だってないはずだ。
けれども、「大森君とどこへ行ったのか。」、「他に誰か関わっていなかったか。」、「その時の会話は二人だけの隠語を使っていないか。」など、実際にあったことも、あり得ない質問も、永遠に続いている。
そもそも大森君と永田さんを繋いだからといって、私が共犯だと言い切れないのに。
でも、悲しいことに日本で冤罪は、ごく稀に起こっている。
本当に犯罪者にされてしまったら、刑務所に入るかもしれないし、もちろん会社は解雇になるし、通信大学での勉強もどうなるのかわからない。侑斗に知られたくないからと言って、これでいいのだろうか?
疑いが晴れないまま、私も犯人だと思われたらどうしよう。 でも、もう少ししたら釈放されるかもしれないし。侑斗に頼ったら、解決できるのだろうか?
一人で頑張ろうと思ったけれど、もう私限界だよね。 でも、こんな姿見られたら、今度こそ軽蔑されてしまうかもしれない。 その思いがどんどん強くなり、答えが出ない。次の日の朝、いつものように取り調べが始まると、部屋に別の刑事がやって来て、私と向かい合っていた刑事に耳打ちすると、その刑事は渋い声で告げた。
「取り調べは一時中断だ。
弁護士が来ている。」それにより、違う警官にガラスで仕切られた接見室に移動させられ、今度はそちらの椅子に座らされる。
取り調べ室で、数時間同じ質問を繰り返されていた私は、とりあえず中断してくれたことにホッとしていたが、ガラス越しの部屋に入って来た侑斗を見た瞬間に、心臓が締め付けられる。
刑事に質問攻めにされ、疲れきったこんな姿を、彼にだけは見られたくなかった。
羞恥と絶望で押し潰されそうになる。私は何度後悔したら、彼に見合う自分になれるのだろう。
「やあ、華。」
長い間、胸につかえていた棘が取れて、スッキリとした華とは裏腹に、帰りの電車の中からずっと、侑斗は無口なままだった。 今日の出来事は、侑斗にとっては初めて知った事実だから、心の整理がつくまで時間が必要だと、私はあえて話題にしなかった。 家に帰ってから夕食を終えて、ソファで寛いでいると、彼が口を開いた。「華、もしもだけど、さっきの話がなかったら、俺の司法試験があったとしても、もっと俺達は一緒にいれた?」「好きな気持ちをお互いに言えたら、一緒にいたと思う。 でも、侑斗は司法試験が終わるまでは、気持ちを口にしなかったよね? 私も本当は大学を卒業してから付き合いたかったし。 二人はそう思っていたんだから、変わらないんじゃないかな?」 「そうか。 母さんとのことがなかったら、華からもっと早く好きだと言ってくれることはなかった?」「ないと思う。 少なくとも司法試験が終わるまでは、侑斗の気持ちを乱すようなことを私は言わなかったと思う。 だっていつの間にか、侑斗が弁護士になることは、私の夢にもなっていたの。 プレッシャーになるから、言わなかったけれど。」「なるほどな。」「うん。 結局、私達が私達である以上、変わらないよ。」 二人はお互いを思いあって、距離を置いていた。 だから、繰り返してみても同じ結果になる。 侑斗は小さくため息をつき、少し沈んだ声で続けた。「俺はさ、華が変な男と付き合うの我慢して見て来たし、華が大学に通い始めた頃、距離を取られて辛かった。 もし、母さんとのことが無ければ、それがなかったかもしれないと思ったんだ。」「それは、ごめん。 でも私は、侑斗と付き合えると思ってなかったから、違う人を探そうとしていたし、その後も侑斗に彼女がいるなら、甘えたらダメだと思って、大学の勉強に一人で集中していたの。」「そうか。」「お互いに好きな気持ちを言わないでいたから、両思いだって知らなかった。 でも、伝えたことで勉強に集中できないで、侑斗の司法試験が長引くのを二人は望んでいないから、これで良かったんだよ。 後半は私が誤解して、一人で頑張りたいと思っちゃったから、それはごめんだけど。」「そうだな。 もっと一緒にいたかったけれど、何年も試験を受け続けることを考えたら、これで良かったんだろうな。」「うん、私は努力して弁護士にな
侑斗の助けもあって通信制の大学を無事卒業した私は、ついに侑斗と付き合っていることをお互いの親に報告することになった。 もちろん、結婚を見据えてである。 大学を履修した今なら、きっと侑斗のご両親も、お付き合いを認めてくれるはず。 そう思いながらも、子供の頃に味わった「侑斗を遊びに誘わないで。」と言われて抱いた気持ちは、今でも胸に消えない棘のように残っている。 それを私はまだ、侑斗に打ち明けられずにいた。 だから、隣で両親に祝福してもらうつもりで浮かれている侑斗に、この思いをどう説明していいかわからない。「ほら、そんなに緊張するな。 華のことはうちの両親だって、よくわかっているんだから、喜んでくれるさ。」「そうかな? 不安だよー。」 侑斗の実家へ行く道すがら、落ち着かない私を見て、彼はくしゃりとはにかんだ。「俺と結婚したいって、不安そうにしてる華すごく可愛いよ。 大好き。」 そう私の耳元で囁いて、侑斗は道の真ん中で、頰に素早くキスをする。「もう、侑斗、私真剣に悩んでいるのに。」「そう思うならさ、ウチの両親の前で、俺のことを好きで好きでたまらないって言って、抱きついて。 そしたら親も、反対するのがアホらしくなるだろ?」「ふふ、確かにそこまで言い切る二人に、ダメなんて言っても無駄だと思うかも。」「だろ? 俺もそれ以上の熱量で返すからさ。」「わかった。 反対されたらやってみる。 でも、私の親の前では侑斗がやるんだからね。」「おう。 受けて立つ。」「ふふ、私の母は反対しそうもないわ。」 見つめあった二人は、クスクスと笑い合う。 周りから「あの二人はバカップルだ。」と思われたら、呆れてもう誰も止めようなんて思わないよね。 一生に一度くらい恥ずかしくても、お互いに好きなんだから、夢中で想いを伝え合ってもいい。 二人が同じタイミングで、恥ずかしいを通り越して好きなことって、長い人生でもそんなにないことだと思うんだ。 だったら、もういい。 侑斗の浮かれた気分が伝染して、私の心もフワフワとしてきた。 彼に導かれ、弾むような足取りで、実家にお邪魔する。「ただいま、母さん、華を連れて来た。」 侑斗は私と手を繋いだまま居間のソファに座る。「あら、おかえり。 華ちゃんも久しぶりね。」 笑顔を向ける侑斗の母は、以前と変わ
数日後から、侑斗は私の部屋に通い、勉強を教えてくれるようになった。 私はテキストを広げ、隣に座る彼にずっと悩んでいた問題を相談する。「ここ、どうしてもわからないの…。」「どれどれ。」 小声でつぶやくと、法律の専門書を読んでいた彼が体を傾け、肩と肩がかすかに触れる距離まで近づいてきた。 侑斗の指先がテキストに触れるたび、思い出す。 ああ私、ずっと彼の手の形が好きだったな。 少しごつごつしているのに、器用そうな指。 きっと私、たくさんの手の模型があったとしても、侑斗の手を探し出すことができる。 ふふ。 そんな能力があっても、使えるところなんてないのにね。「この言葉の指す場所がわかると、答えが導き出せるんだ。」 解説を話す彼の声が響き、無心で聞き入ってしまう。 私、侑斗の声も好き。 低く響く声は私を離さず、ずっと聞いていたいと思わせる。 せっかく教えてくれているんだから、内容を頭に入れようと思っても、今度は温かい香りが私に届き、体が自然に彼の方へ引き寄せられ、抱きつきたくなる手を止めることすら難しい。 ダメだ。 侑斗のことが気になって、内容が全然入って来ない。「…もう一回、教えてくれる?」 彼の手も声もすべてが、私を勉強に集中させてくれない。 教えてくれているのに明らかに違うことを考えているのが恥ずかしく、赤くなった顔をそらす私を見て、彼が手を伸ばし、私の手にそっと触れる。 二人の指が絡み合い、静かにその繋がった手をお互いに見つめる。 すると、肩が触れる距離で、彼の視線が熱く私を見つめてきた。 それを受けて、私も彼を見つめ返す。「そんな顔で見つめられたら、勉強に集中しろって、怒れない。 好きだよ、華。 大学を卒業してなくても、付き合おう。 好きって言い合うだけじゃ俺、満足できないし、待てない。 ちゃんと卒業するまでフォローするから。」「…うん、本当は私も早く付き合いたい。 でも、親に伝えるのは、卒業してからでもいい?」「うん、華がそうしたいなら。」「うん、だったらいいよ。」「よし、じゃあ今から、俺達は恋人同士だぞ。」「わかったわ。」「はー、今すぐイチャイチャしたいけど、約束したし、とりあえず先に勉強しちゃおう。 それまで、恋人モードはおあずけ。 だから華もニヤニヤすんな。 そのかわり、終わった
ボクサーラーメンのカウンターで、久しぶりのラーメンを味わう。 湯気の向こうにもやしとチャーシュー、黄金色のスープがふわりと香る。 濃厚な味噌の香ばしさが心にじんわりと染みていく。 そう言えば、侑斗以外とここのラーメンを食べに来たことは、なかった。 私達二人はずっと「味噌派」だけど、普段は相手に合わせて、別のも食べる。「やっぱりここのラーメンは最高だな。」「一人でも食べに来てた?」「ないなあ、ラーメンは好きなんだけど。 ここって華と来るイメージ。」「わかる。 私もなんとなくそう思ってた。」「あのさぁ、疑問なんだけど、何でよりにもよって、森田とかき氷ばかり食べに行ってたわけ? 刑事に言われて、俺も不思議だった。」「えっ、だって森田君とはとにかく意見が合わなくて、白熱して議論してると暑くて喉が渇くから、帰りにティラミスかき氷が食べたくなるんだよね。 そしたら、たまたま森田君もかき氷好きだって言うから、課題の後はかき氷が定番だったの。 それが、どうかした?」「いや、華が知るわけないしいいんだけど、ティラミスかき氷は俺も食べたい。」「えっ、侑斗もかき氷好き? じゃあ、一緒に食べに行こうよ。 彼女いないならいいよね。 確認だけど、私が行きたいかき氷屋さんって、混んでるけど、並んでも食べたい人?」「華と一緒なら、並んでもいい。」「えー、楽しみ。 じゃあ、どこにするか、調べておくね。」 私がかき氷のお店を思い浮かべて、一緒に行きたいところを考えていると、侑斗がフッと笑った。「華は相変わらずだな。」「えっ?」「さっきまで容疑者として留置所にいて、ぐったりしていたのに、もう意識が先に向いてる、本当呑気。 でも、そこが可愛い。」 そう言って、侑斗は私を笑顔で見つめる。「えっ、侑斗に可愛いって言われたの初めてかも。」 急な侑斗の褒め言葉に、驚きつつもニヤけてしまう。「いつも思ってたよ。 でも、そんなことを言う資格はまだ俺にはないと思って、言わなかっただけ。 司法試験通る前は、口が裂けても言えなかったし…。 でも、もういいよな。 俺、ちゃんと弁護士になったし。 華は今、彼氏いないんだろ?」「まぁ、そうだけど…。」 とは言え私は、相変わらず理想の自分になれていないため、言い淀む。「何? 俺とはやっぱり距離置き
「久しぶり。」 警察署の接見室に入って来た侑斗を見つめた瞬間、華は堪えきれず俯いた。 次に会う時は、大卒になったと胸をはれる自分でいたかったのに、よりによってこんな場所で会うなんて。 理想とかけ離れた再会に、胸が締めつけられる。 あれから必死に努力して、勉強を重ねてきたのに、どうして私はいつもこうなるのだろう。 ガラス越しの侑斗は、スーツ姿で相変わらず眩しいくらいに爽やかそのものなのに、私は疲れ果てた顔で、シワだらけの服を着ている。 どうあがいても、二人が生きる世界は、こんなにも遠いということだろうか?「侑斗…。」「どうしてすぐに連絡しなかった?」 侑斗は受話器を持ったまま椅子から立ち上がり、ガラス越しに真剣な目で問いかける。「…侑斗に知られたくなかった。」「何で?」「だって…。 こんな姿…見せたくない。」「そんなことを言っている場合じゃないだろ。 俺は真っ先に華に頼って欲しかったよ。 俺達友達だし幼馴染だろ?」「うん。 そうだけど…、迷惑かけちゃうし。」「こんな時のための俺じゃないのか? 琴音が俺に助けを求めてきて、やっと知ったんだ。 とにかくここからすぐに出してやるからな。 安心しろ。」「私が悪いことしたかもって、疑わないの?」「当たり前だろ。 華が犯罪なんて犯すはずがない。」 彼は迷いなく言い切った。「侑斗…。 でも私、何か間違ったことをしちゃったのかも。」「大丈夫だ。 華は何も悪くない。 ここまで一人でよく頑張ったな。」「…。」 連日の取り調べで、自分の行いに自信がなくなっていた私は、その一言で張り詰めていた緊張が解け、目に涙が滲む。 私が容疑者として捕まっていても、侑斗は一瞬でも疑わないんだね。 どんな時でも私の味方になってくれる人。 彼の顔を見るだけで、こんなに安心するなんて。「華には俺がついてる。 だから、何も心配しなくていい。 俺の言うことだけ信じるんだ。 できるよな?」「うん。」「先に申立書を提出してある。 受理されたらすぐに連れて帰るから。」「ごめん。」「謝らなくていい。 俺は華を助けるんだろ? 子供の頃、決めたじゃないか。 だから、勉強頑張って、ちゃんと弁護士になったんだ。」「それ、まだ覚えてたの?」「当たり前だ。 俺達、約束したよな。」「
侑斗には結婚を前提とした女性がいる。 華はそう諦めつつも、一年後には仕事を続けつつ通信大学の過程をこなしていた。 いつか彼と再び会えたら、大卒の自分でありたい。 そんな、小さな夢を抱いている。 その時はきっと、自分を卑下せずに胸を張っていれると思うのだ。 ある日の夜、通信大学のSNSグループで知り合った仲間六人は、その内の一人である大森君宅に集まり、手巻き寿司パーティーをしていた。「課題が期日内に終わったことに乾杯。」「みんなで一緒にやれて良かった。 一人だったら、間に合った自信ないわ。」「大森君の活躍が大きかったよね。」 何度か一緒の課題に取り組んでいる内に親しくなり、飲み会を開く気心の知れた仲間だった。「はぁー、もうお腹いっぱい。」「こんなに食べたの久しぶり。」 それぞれに好きなネタで散々手巻き寿司を食べて、お腹も満腹になった頃、突然、アパートの玄関のベルがなり、夜遅くの訪問の知らせに首を傾げながら、大森君はドアを開けた。「こんな時間に誰だよ。」「大森だな。」「そうだけど。 どちらさん?」「薬物所持の疑いで逮捕状が出ている。 22:32家宅捜査を開始する。」 ドアの先にいたのは、眼光鋭い刑事達だった。「ちょっと待ってくれ。 今、人が来てるんだ。」「その者達にも用がある。」「関係ないって!」 だが、大森君の静止は叶わず、突然、八畳の小さな部屋に五人もの刑事達が、一斉に押し入って来た。 八畳の部屋は瞬く間に人であふれ、私たちはただ呆然とするしかなかった。「全員そのまま動くなよ。」「離せ!」 大森君は取り押さえようとした刑事を振り解こうと暴れるが、すぐに拘束されてしまう。「大森、暴れるな。」「くそっ。」「他の者達も大人しく従わないと、手錠をかけるからな。」 そう言って、刑事達は私達の動きを、完璧に封じる。 これが現実に起きているのが信じられない私達は、互いに目を見開き、固唾を飲んで、成り行きを見守るしかなかった。「よし、そのままだ。」 動けない私達を尻目に、刑事達は素早い動作で、それぞれに部屋中のありとあらゆる場所を捜査していく。「ねぇ、私達この先どうなるの?」 隣に座る小池さんが小声でつぶやく。「わからない。」 私も小声で返す。 こんな経験はもちろんないし、薬物だなんてテレビでしか