15.侑斗との再会

「久しぶり。」

　警察署の接見室に入って来た侑斗を見つめた瞬間、華は堪えきれず俯いた。

　次に会う時は、大卒になったと胸をはれる自分でいたかったのに、よりによってこんな場所で会うなんて。

　理想とかけ離れた再会に、胸が締めつけられる。

　あれから必死に努力して、勉強を重ねてきたのに、どうして私はいつもこうなるのだろう。

　ガラス越しの侑斗は、スーツ姿で相変わらず眩しいくらいに爽やかそのものなのに、私は疲れ果てた顔で、シワだらけの服を着ている。

　どうあがいても、二人が生きる世界は、こんなにも遠いということだろうか？

「侑斗…。」

「どうしてすぐに連絡しなかった？」

　侑斗は受話器を持ったまま椅子から立ち上がり、ガラス越しに真剣な目で問いかける。

「…侑斗に知られたくなかった。」

「何で？」

「だって…。

　こんな姿…見せたくない。」

「そんなことを言っている場合じゃないだろ。

　俺は真っ先に華に頼って欲しかったよ。

　俺達友達だし幼馴染だろ？」

「うん。

　そうだけど…、迷惑かけちゃうし。」

「こんな時のための俺じゃないのか？

　琴音が俺に助けを求めてきて、やっと知ったんだ。

　とにかくここからすぐに出してやるからな。

　安心しろ。」

「私が悪いことしたかもって、疑わないの？」

「当たり前だろ。

　華が犯罪なんて犯すはずがない。」

　彼は迷いなく言い切った。

「侑斗…。

　でも私、何か間違ったことをしちゃったのかも。」

「大丈夫だ。

　華は何も悪くない。

　ここまで一人でよく頑張ったな。」

「…。」

　連日の取り調べで、自分の行いに自信がなくなっていた私は、その一言で張り詰めていた緊張が解け、目に涙が滲む。

　私が容疑者として捕まっていても、侑斗は一瞬でも疑わないんだね。

　どんな時でも私の味方になってくれる人。

　彼の顔を見るだけで、こんなに安心するなんて。

「華には俺がついてる。

　だから、何も心配しなくていい。

　俺の言うことだけ信じるんだ。

　できるよな？」

「うん。」

「先に申立書を提出してある。

　受理されたらすぐに連れて帰るから。」

「ごめん。」

「謝らなくていい。

　俺は華を助けるんだろ？

　子供の頃、決めたじゃないか。

　だから、勉強頑張って、ちゃんと弁護士になったんだ。」

「それ、まだ覚えてたの？」

「当たり前だ。

　俺達、約束したよな。」

「…。」

　涙が頬を流れる。

　侑斗はいつだってそうだ。

　私との約束をけして忘れない。

　どんなに子供の頃の些細な約束ですら。

「泣くなよ。

　大丈夫だから。」

　包み込むようにそんなこと言われたら、余計に涙があふれて止まらないのに。

　でも、侑斗はそのことには、気づかない。

　彼はずっと真っ直ぐだから、きっと私が不安だから泣いていると思っている。

　違うの。

　あなたが優し過ぎるから。

「ありがとう。」

「いいか、釈放されるまで待ってるから、華は何を聞かれても話さなくていい。

　もう少しだけ頑張るんだぞ。」

「うん。」

　彼に会うまで、心の中でずっと「侑斗、助けて」と叫んでいた。

　けれど、彼を巻き込みたくない気持ちと、惨めな自分を見せたくないプライドが邪魔して、素直になれなかった。

　それでも、目の前の侑斗は、変わらず彼そのもので、私を信じ、全力で助けようとしてくれる。

　侑斗が大丈夫って言うのなら、それを信じるだけでいい。

　疑われる日々の中で、自分のことはもう信じられなくなってしまったけれど、彼のことなら信じられる。

　こんなに私を理解し、当たり前のように手を伸ばしてくれる人は他にいない。

　やっぱり私は侑斗が好き。

　そう強く思うのに、今は一番言ってはいけないタイミングだし、新しい恋に彼が進んでいるとわかるから、絶対に言えない。

　自分が辛いからと言い訳して、二人の仲に割り込む嫌な女には、最後までなりたくないから。

　でも、でも…。

　こんな独りぼっちがつらい時でも、甘えるのは許されないの？

「どうした？

　また不安な顔して。」

「…ううん、大丈夫。」

「その顔は大丈夫じゃないな？」

「わかるの？」

「俺を誰だと思ってる？

　もう少しだから、そしたら抱きしめてやるから。」

「侑斗、私、大丈夫だよ。

　だから、いらない。」

　それでも、彼のために最後まで強がってみせると、侑斗は何故か顔を曇らせた。

「そうか。」

　その日の夜、彼に付き添われて、数日ぶりに警察署を出た。

「この後どうする？

　家で休みたかったらこのまま送るけど、できれば今後のことについて話がしたい。」

「うん、わかった。」

「華の部屋か、俺の部屋どっちにする？」

「喫茶店に行こう。

　侑斗の大切な人に悪いよ。」

「俺の大切な人って？」

「恋人なのか婚約者なのかはわからないけれど、こんな時だからって二人で部屋に入るのは良くないと思う。」

「え？ 何の話をしてる？

　本当にわからない。」

「えっ、だって、侑斗はお見合いして、彼女がいるよね？

　もしかして破談したの？」

「えっ、いないけど。」

「えっ、嘘、私見たんだよ。

　ホテルで、侑斗がお見合いしているところ。」

「ああ、お見合いは結構前に一度だけしたけど、彼女とはただの友人だよ。」

「えっ？

　あのまま付き合ったと思ってた。」

「どうしてそうなる？

　お見合いしたからといって、必ず恋人になるとは限らないだろ。」

「そう言われたら、そうだけど。

　あの時、侑斗が笑っていたから、お見合いがうまくいったんだって、思い込んでた。」

　侑斗は考え込むように眉を寄せるが、次の瞬間、急に立ち止まる。

「ちょっと待って、もしかして、SNSでこれから忙しくなるとか言って、一方的に俺を切ったのは、そのせい？」

「忙しいのは本当だったけれど、切ったのは、そうかな…。」

「そうかなって！

　あの後、俺相当落ち込んだぞ。

　会うのは無理、またいつかっていうから。」

　侑斗は恨めしそうに私を見つめるから、謝るしかない。

「ごめん…彼女がいるって勘違いしてた。」

「さっきのあれもだな。」

「うん。」

「何だよそれ。

　華が辛い時、抱きしめるのは、俺の役目なんだぞ。

　彼氏もいないのにダメって言われて、俺がどんなに傷ついたか、華にわかる？」

「わかんないよ。

　私だって抱きしめてほしいのに、彼女がいるからダメだと思って、我慢したんだから。」

「あー、腹立つ、華ってそういうとこあるよな。

　変なところに気を使って、間違った方向に行くんだ。

　長年の付き合いで、わかっているつもりだったのに。

　何で俺、あの時理解あるフリしたんだろ。

　相手は華なのに。」

　そう言って侑斗は、道の真ん中で頭を抱える。

「私が悪かったから仕方ないけど、最後の方、ディスってない？」

「ディスりたくもなるさ。

　とりあえず、色々文句も言いたいし、腹も減ったから、ラーメン奢れよ。

　弁護士ただ使いしたんだから、ラーメンぐらい安いよな？」

「それは、うん。

　感謝してる。

　じゃあ、ボクサーラーメンに行こうか？」

「おう、華、わかっているな。

　俺の好み。」

「そりぁ、長年の友達だから。」

「やっぱそうだよな。

　俺達はこうでなくっちゃ。」

　私達は数年ぶりにボクサーラーメンに向かった。