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第8話

Author: シシリン
それからの数日間、湊は指折り数えてその日を待っていた。

毎朝起きると、まず目を大きく見開いて私に尋ねる。

「ママ、ママ、もう土曜日になった?」

彼の小さな顔は、期待と興奮でいっぱいだった。

金曜の夜には、着ていく服をきちんとベッドの脇に置き、なかなか寝付けずにいた。

ようやく待ちに待った土曜日、湊は私よりも早く起き、服を着てからおとなしくソファに座っていた。

両手で顎を支え、玄関のドアをじっと見つめ、怜が来るのを心待ちにしていた。

しかし、朝から夕暮れまで待っても、怜の姿は現れなかった。

湊の瞳の輝きは次第に消え、最後には失望の色だけが残った。

「ママ、パパは僕のこと、嫌いなのかな?」

彼は低い声で尋ねた。

その声は落胆に満ちていた。

暗闇の中でひときわ孤独に見える彼の小さな姿に胸が痛み、私は無理に微笑んだ。

「パパは今日、とってもとっても忙しい用事があるのかもしれないわ。電話して聞いてみようか?」

電話は長い間鳴り続けた後、ようやく繋がった。

向こうからは騒がしい背景音が聞こえてくる。

怜の声には苛立ちが混じっていた。

「何か用か?」

私が口を開く間もなく、電話の向こうから詩織の声がした。

「おじさん、映画が始まっちゃうよ。早く入ろう」

続いて百合の声。

「行きましょう、怜さん。詩織が待っていますよ」

怜は「用件は後で聞く」とだけ言い残し、電話を切ってしまった。

私は乾いた笑いを浮かべた。

彼は湊との約束をすっかり忘れていたようだ。

湊は私の沈んだ様子を見て、逆に私を慰めてきた。

「大丈夫だよ、ママ。僕もそんなに遊園地に行きたかったわけじゃないから」

まだ幼いのに、彼は痛々しいほど物分かりが良かった。

翌日、ようやく怜から電話があった。

電話に出た時、心の中ではもう答えは分かっていた。

百合が帰ってくる前、私はどこかで甘い期待を抱いていたことを認める。

私たちの間には子供がいるのだから、この冷たい関係も一時的なものだと思っていた。

私と湊で、いつか彼の心を温められると。

でも今なら分かる。

心を持たない人間もいるのだと。

私が求めすぎていたのだ。

欲張るべきではなかった。

電話の向こうから、彼の少し疲れた声が聞こえた。

「昨日は色々あって、そっちに行けなかった」

私は淡々と応じた。

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