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第一章:ルイス・ヴィスコンティは希望を得る

Author: Kaya
last update Last Updated: 2025-09-07 19:02:00

ロジータの処刑は、エルミニオたちの独断である。

スカルラッティ家の権力を考えれば、これは許されない行為だった。

だからエルミニオたちは、密かにこの小広間でロジータの処刑を決行した。

エルミニオがあえて星の力が宿る剣を使ったのは、刺殺痕が残らないからだ。

「死んだか?」

「…虫の息です。あとは手順通りにやりますので、殿下はご心配なく。」

関係者たちは、その場でロジータが病死したかのように偽造し、床の血を拭き取る。

誰かに発見させるため、あえてロジータを放置し、その場を去る。

そういう計画だった。

エルミニオは、愛するリーアを虐げる女を密かに始末した。

何とも美しい愛だと、人は言うだろう。

だが俺は、なぜか初めから納得がいかなかった。

「エルミニオ様、私、やっぱり怖いわ。ロジータ様に恨まれそうで…」

「リーア。ロジータはもう死ぬんだ。何の心配もいらない。」

エルミニオはリーアの腰を引き寄せ、絶命しかかっているロジータをゴミのように眺めた。

誰もが彼女は死んだと思った。

「行くぞ、ルイス。」

「兄さん。俺は………もう少ししてから行きます。」

しばらくして関係者たちが去り、次にエルミニオとリーアも立ち去った。

小広間は静寂に包まれていた。

ロジータは床に崩れ、呼吸も微弱だった。

心臓を突き刺されたのだ。

まだ生きている方が不思議だった。

だが顔が真っ青だ。…間違いなく死にかけている。

『刻印』までもが、俺を引き止める。

「くそ…!」

咄嗟に腕を掴み、俺はロジータを抱き上げた。

彼女はあまりにも軽く、まるで羽のようだった。

ロジータのドレスの肩紐がずれ、ふと白い肩が覗いた。

「ルイス…様?」

弱々しい、碧い瞳が俺を不思議そうに見つめた。

「……今は黙っていろ。」

マントで彼女の体を覆い、運河沿いの回廊を急いだ。

これは、つまらない同情だ。

みじめな女を、放っておけなかっただけ。

…それだけか? 

彼女の体から、血の匂いがした。

ロジータ・スカルラッティ。

俺はお前が嫌いだ————

それでも…

俺の住む宮殿はどこよりも薄暗い北側にある。

あまり改装もされていないのであちこち色褪せ、見た目も寂れている。

これは俺が誰からも期待されていない証拠。

使用人の数も少なく、あまり人も近づかないのでロジータを隠すには都合が良かった。

使用を禁止されている『治癒力』を使い、ロジータを助けた。

あまりに傷が深く、そこまでしなければ助からなかったからだ。

幸い出血は止まり、何とか命はつなぎとめた。

だが、三日ほどロジータは熱病に苦しんだ。

「う……くっ!……だめ、やめて……!

エルミニオ様……どう、して……なの……」

「ロジータ、大丈夫だ。全部、悪い夢だ。」

今だけは、つい優しい言葉をかけてしまう。

ロジータが悪夢を見るたびに、乱れた金髪を左右に分け、額の汗を拭いた。

ロジータは、こんなに綺麗な顔をしていたのか。

無自覚に彼女の顔を見つめ、俺はしばらくロジータの看病を手厚くした。

運命の相手のいない俺の『星の刻印』は、亡き母から譲り受けた、仄かな治癒の光を放っていた。

そうしてついに、ロジータは目覚めた。

「ルイス様。私と結婚してください!」

ただし、頭がおかしくなってしまったようだ。

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