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第一章:契約結婚の予行練習

Author: Kaya
last update Last Updated: 2025-09-14 18:19:00

一周回って笑えるわね。

過去の私は、リーアとエルミニオの愛のための障害物。

そしてこの世界の都合のいい道具だった。

本当に愚かだった。

考えてみればエルミニオは婚約者がいながら他の女性と堂々と浮気する、テンプレ的なクズだったのに。

物語の強制力が私の目を曇らせていたのだろう。

とにかく彼にはさんざん苦しめられたのだから、一秒でも早く忘れてしまいたい。

「ロジータ。お前はまだ兄のことを愛しているのだな。

あんなことをされてもなお……」

はっとして顔を上げると、ルイスが心配そうに私の方を見つめていた。

思えばルイスだって同じ。

「そういうルイスこそ、リーアへの想いは断ち切れそうなのですか?」

私は控えめに尋ねた。

確かルイスがリーアに出会ったのは、エルミニオと同じくらいのタイミングだった。

原作のリーアは陰謀によって奴隷に落とされたが、周囲の力を借りてこの王宮に使用人として入ってきた。

そこでエルミニオやルイスたちと出会い、ロマンスを繰り広げた。

ただルイスは、ずっと長い片想い……

本当に死ぬ瞬間までそっくりな私たち。

「大丈夫ではないが、忘れる努力はする。

お前の話はまだ半信半疑だが、リーアに酷いことをし、兄に殺される未来などごめんだ。

ロジータ。お前が俺を救ってくれるのだろう?」

ルイスは目を細めて苦笑する。何だか切なくて胸が締めつけられる。

「ええ、そうです。だからもう少し演技の練習、頑張りましょう!ーーっ!」

気合いを入れたせいかまた胸の傷が疼き、とっさに私はうずくまる。

「ロジータ、傷が痛むのか!?

今日はもう無理そうだな。

練習は中断して、治療を再開しよう。」

「いいえ!ルイス。本当に大丈夫です、続けましょう。

私たちにはもう時間がありません。」

「しかし……はあ。その顔は絶対譲らないって顔だな。

ロジータ、お前意外と頑固なんだな。」

「ふふ。ルイス。私のこと分かってきましたね。」

痛む胸を押さえつけ私は明るく笑ってみせた。

「全く……。お前には負ける。

分かった。では治療しながらやってみるか。

とにかく手を握っておけばいいから。」

ルイスも椅子から移動し、私たちはベッドに向かい合って座り直した。

また心臓が脈打つけど、さっきまでの忙しい感じではなくて、なぜか落ち着く。

思えば理佐貴も一緒にいて落ち着く人だった。

そっとルイスの逞しい手が私の左手を包み込む。

ふわっと、ルイスの手から温かな力が流れ込んでくる。

「こうやって、指先から力を巡らすのが一番効果が高いはずだ。

負傷した心臓の傷をゆっくりと修復していく。」

またルイスの刻印が仄かに光り始める。

彼の刻印は薄い灰色で、花の蕾のように小さな星形だ。

対照的に私のはルイスのよりは大きく、色はうっすらと赤みを帯びている。

それにしても、いつ見ても本当に不思議な力。

ヴィスコンティ王家に伝わる禁忌の治癒ーー

その名残だと言われている力。

この辺りは原作でも細かく設定されていたが、詳しくは覚えていない。

ただファンタジーらしい内容だった。

「この力は王妃様譲りだと聞きました。」

「ああ。そうだ。」

「確か王妃様は、ルイスたちが幼い頃に亡くなったのですよね。」

胸に刻印が現れ、私が八歳でエルミニオの婚約者になった時にはすでに王妃は亡くなっていた。

今のヴィスコンティの王妃は国王の後妻だ。

「そうだ。優しい方だった。」

まるで力が抜けたように、ルイスの声や仕草が柔らかくなった。

思えば私は王妃のことをほとんど知らない。

エルミニオは、私に彼女の話をしてくれなかった。

「彼女だけだったな。

俺と兄を分け隔てなく見てくれたのは。」

本当に優しい方だったのだろう。それはルイスのこの表情を見れば分かる。

「そうだったのですね。私も一度はお会いしてみたかったです。」

「ロジータ、敬語。」

「あ、そ、そうなのね。私も一度はお会いしたかったわ。」

背筋を伸ばして言い直すと、ルイスが小さく吹きだした。

いま私、何か面白いことを言った?

「ふ。本当に今のお前があのロジータだなんて、信じられない。」

ああ、そういうことね。

確かに前世の記憶を思い出す前の私は、傲慢で残虐な悪女だったから。

「そうね。今の私にはロジータと、前世の記憶があるから。」

「前世か。何だか不思議な気分だな。」

ルイスは首を傾けながら微笑した。

その笑顔がやけに眩しくて、思わず私も笑顔で反応した。

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