麗奈が研究所での生活を始めて二週間。彼女の表情はますます明るくなり、クラスでも少しずつ友達ができ始めていた。「おはよう、麗奈ちゃん」朝のホームルーム前、女子生徒の一人が声をかけてくる。「おはようございます、田村さん」麗奈が微笑んで答える。最初は人との関わりを避けていたが、リリムたちの励ましもあって、積極的にコミュニケーションを取るようになっていた。「今度の文化祭、何か参加する?」「文化祭……」麗奈が首をかしげる。「まだ何も決めてないです」「だったら一緒に考えない? 私たち、演劇部の手伝いをするつもりなの」「演劇……」「面白いわよ。恋愛物語なんだって」「恋愛物語?」麗奈の目がキラリと光る。最近、恋愛に対する興味が高まっていた。「詳しく聞かせてください」「いいわよ。お昼休みに演劇部の部室に行きましょう」昼休み、麗奈は田村さんと一緒に演劇部の部室を訪れた。「こんにちは」「あ、田村さん。それに……」演劇部の部長らしき女子が、麗奈を見て目を丸くする。「すごく美人な子ね」「黒崎麗奈です」「私は演劇部部長の山田です。よろしく」「こちらこそ」「文化祭の劇の手伝いに来てくれたの?」「はい。恋愛物語だと聞いて……」「そうなのよ」山田部長が台本を見せる。「『星に願いを』という話で、内気な少女が王子様と恋に落ちる物語」「素敵ですね」麗奈が台本をぱらぱらとめくる。「でも、まだキャストが足りなくて困ってるの」「キャスト?」「主人公の少女役がまだ決まらないのよ」
デスペアとの契約を解除してから一週間。黒崎麗奈は神崎研究所で新しい生活を始めていた。「おはよう、麗奈」朝の食卓で、リリムが明るく声をかける。「おはようございます」麗奈が小さく微笑んで答える。一週間前とは見違えるほど表情が明るくなっていた。「今日も学校、一緒に行きましょう」「はい」最初の数日は学校を休んでいたが、昨日から復帰している。「でも、本当に大丈夫?」総一が心配そうに聞く。「まだ無理しなくてもいいんだぞ」「大丈夫です」麗奈が頷く。「皆さんがいてくださるので、心強いです」「そうよ」リリムが得意げに胸を張る。「何かあったら、わたしが守ってあげるから」「リリムさん……」麗奈の目が潤む。本当の家族に恵まれなかった彼女にとって、研究所のメンバーは初めての温かい居場所だった。「そうそう」ヴェルダが弁当箱を二つ差し出す。「今日は麗奈さんの分も作りました」「え? いいんですか?」「当然です」ヴェルダが微笑む。「家族なんですから」「家族……」麗奈がその言葉を噛み締める。まだ慣れない響きだったが、とても温かかった。「ありがとうございます」学校への道のり。「麗奈ちゃん、調子はどう?」リリムが気遣う。「はい。おかげさまで、だいぶ良くなりました」「良かった」「でも……」麗奈が少し困ったような顔をする。「クラスの皆さんと、どう接すればいいか分からなくて」「あー、それか」
黒いオーラに包まれた黒崎麗奈の前で、リリムと総一が対峙していた。「誰も……誰も私を愛してくれない……」麗奈の声が虚空に響く。「だったら、全部消えてしまえばいい……」彼女の周囲に黒い波動が広がり、触れた街灯や看板が次々と朽ち果てていく。「これは……」リリムが警戒する。「絶望の魔力ね。かなり危険よ」「絶望の魔力?」「人の絶望感を増幅させて、全てを無に帰す力」リリムが魔力を展開して結界を張る。「一般人に触れたら、生きる気力を全て奪われてしまう」周囲の人々は既に避難していたが、まだ完全に安全とは言えない。「黒崎さん!」総一が叫ぶ。「俺たちの話を聞いてくれ!」麗奈がゆっくりと振り返る。その瞳には、深い絶望と憎しみが宿っていた。「あなたたち……」「そうよ、学校で会ったリリムよ」「学校……」麗奈の表情が僅かに揺らぐ。「そんなもの、もうどうでもいい」「どうでもよくないわ」リリムが一歩前に出る。「あなたはまだ十七歳。これからいくらでも幸せになれる」「幸せ?」麗奈が嘲笑する。「私に幸せなんてない」「そんなことない」「ある!」麗奈の怒りが爆発し、黒いオーラがさらに強くなる。「両親は死んだ! 親戚は私を邪魔者扱い! 学校でも誰も話しかけない!」「それは……」「私は一人よ! 誰からも愛されない! 誰からも必要とされない!」麗奈の叫びが街に響く。その時、黒い影が彼女の背後から現れた。「そうだ、麗奈……」低い声が響く。
リリムの料理修行が一段落してから一週間。平和な日常が続いていた。「はい、今日のお弁当♡」朝の神崎研究所で、リリムが得意げに弁当箱を総一に手渡す。「ありがとう」総一が受け取ると、ほんのり温かい。「今日は何が入ってるんだ?」「秘密♡ 学校で開けてのお楽しみよ」「そうか」最近のリリムの手作り弁当は、日に日に美味しくなっている。見た目も綺麗になってきて、もはやプロ級だった。「俺も弁当欲しいな……」カイがうらやましそうに呟く。「美優ちゃんに頼んでみたら?」「そんな図々しいこと言えないよ」「恋人なんだから、遠慮しなくてもいいんじゃない?」「でも……」「あら、カイってば奥手ねえ」リリムがくすくす笑う。「もっと積極的にならないと」「積極的って……」「例えば、一緒にお弁当作るとか」「一緒に?」「そう。二人で作れば楽しいし、絆も深まるわよ」「なるほど……」カイが考え込む。「でも、俺料理できないし……」「大丈夫よ。わたしが教えてあげる」「本当?」「もちろん。恋愛の先輩として、後輩をサポートするのは当然でしょ」「ありがとう、リリム」そんな和やかな会話をしていると、総一のスマホに連絡が入った。「学校からだ」総一がメールを確認する。「今日、転校生が来るって」「転校生?」「二年生に一人。詳細は不明」「珍しいわね」リリムが首をかしげる。「この時期に転校なんて」「家庭の事情とかじゃない?」カイが推測する。「まあ、今日会えば分かるか」三人は学校に向かった。教室に入ると、既に騒がしくなっていた。「転校生、美人らしいぞ」「マジ? 楽しみ」「どんな子だろう」生徒たちが期待に胸を膨らませている。「やっぱり美人なのかな」カイが興味深そうに言う。「美優ちゃん以上の美人はいないと思うけど」「そういうことを堂々と言えるようになったのね」リリムが感心する。「成長したじゃない」「そうかな……」一時間目のホームルーム。担任の田中先生が教室に入ってきた。「皆さん、お待たせしました」先生の後ろに、一人の女子生徒が続く。「うわ……」教室がざわめく。確かに美人だった。長い黒髪に整った顔立ち。背も高く、スタイルも良い。ただし、どこか近寄りがたい雰囲気があった。「それでは自己紹介をお願いします」「はい」
お花見から数日後。「よし、今日から本格的に料理を覚えるわよ!」朝の神崎研究所で、リリムが気合いを入れて宣言した。「料理?」総一が首をかしげる。「急にどうしたんだ?」「だって、美優ちゃんが手作り弁当作ってるの見て、わたしも作りたくなったのよ」リリムの目がキラキラ輝いている。「愛情たっぷりの手作り弁当♡」「愛情って……」「当然でしょ? 愛する人のために料理を作るのよ」「でも、お前料理下手だろ……」「失礼ね! これから上手になるのよ」その時、キッチンからヴェルダが顔を出した。「料理を覚えたいんですか?」「はい! ヴェルダさん、教えてください」「もちろんです」ヴェルダが微笑む。「でも、基礎からしっかりやりましょうね」「基礎って?」「包丁の持ち方、火加減、調味料の分量……」「うう、難しそう……」「大丈夫です」ヴェルダが励ます。「愛があれば必ず上達します」こうして、リリムの料理修行が始まった。「まずは卵焼きから」ヴェルダが手本を見せる。「卵を溶いて、砂糖と醤油を少し加えます」「砂糖と醤油? 甘いの? しょっぱいの?」「甘めの関東風です。フライパンを温めて……」ヴェルダが慣れた手つきで卵液を流し込む。「箸で混ぜながら、少しずつ巻いていきます」「うわあ、きれいに巻けてる」あっという間に、ふわふわの卵焼きが完成した。「今度はリリムさんがやってみてください」「は、はい」リリムが恐る恐る卵を割る。「あ」殻が
四月。桜が満開の季節がやってきた。 「わー! 綺麗!」 神崎研究所の近くの公園で、リリムが桜を見上げて感嘆の声を上げる。 「これが『お花見』ってやつね!」 「そうですよ」 神崎が微笑む。 「日本の春の風物詩です」 今日は研究所のメンバー全員でお花見をすることになっていた。 総一、リリム、カイ、美優、セラフィーネ、エリス、ヴェルダ、神崎、アルカード、そしてベル。 「すごい人数になりましたね」 美優が感心する。 「最初は三人だったのに」 「愛が人を引き寄せるのよ」 リリムが得意げに言う。 「わたしたちの愛のおかげね」 「自分で言うか……」 総一が苦笑する。 ブルーシートを敷いて、みんなで輪になって座る。 「乾杯!」 ベルがお茶のペットボトルを高く上げる。 「桜との出会いに」 「乾杯」 みんなでペットボトルを合わせる。 「ベルさん、すっかり人間らしくなりましたね」 カイが感心する。 「一年前まで感情を知らなかったとは思えません」 「皆さんのおかげです」 ベルが感謝する。 「特に桜を見ていると、心が温かくなります」 「これが『美しいものに感動する』って感情ですね」 「はい。とても素晴らしい感情です」 お弁当を広げて、みんなでわいわいと