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教室で愛が暴走しました

Author: 吟色
last update Last Updated: 2025-07-28 02:57:18

朝の通学路。制服姿の総一の隣には、今日も黒革の悪魔がいた。

「なあ、お前……もうちょい地味な服、なかったのか?」

「あるけど? でもこのコート可愛いでしょ♡ ちゃんと羽織ってるし、問題ないもん」

確かに一応、上に黒のロングコートは羽織っている。しかしその中には昨日と同じ、例のピッチピチ黒革スーツ。

チャックの開き具合も“悪意のある深さ”で、歩くたびに揺れる谷間がもはや兵器。

「誰が見てもアウトなんだよ、それ……」

「ふふ、見られるのも契約の一部ってことで♡」

「契約関係ないからな!?」

そんな軽口を叩きながら、二人で校門をくぐると――待ち構えていたのは、爆発寸前の男子だった。

「おはようございまーーーーす!! 女神様っ!!」

「うわ、テンション高っ」

星川カイ。総一の親友にして、悪魔オタクの第一人者。

リリムを見た瞬間から、完全に魂を抜かれていた。

「いやあ、今日も麗しいッスね!? 契約してほしいッス!! 魂とか貯金通帳でもなんでも渡すんで!!」

「ん~……魂はまあまあ。でもお財布の中身、からっぽだよね?」

「ギャアアアッ! 見抜かれてるッ!!」

「でもぉ……かわいそうな人って、ちょっと魅力的よね♡」

「魅力感じられて爆発するパターンじゃない!? これもう死ぬよね俺!?」

「うん、爆発していいよ? 派手に♡」

「本望っす!!」

今日も元気に、カイは爆発した。

教室に入った瞬間、リリムの表情が変わった。

「ん……なんか、変な“匂い”がする」

「匂い?」

「正確には、魔力の波。ちょっと濃すぎる。誰かがここで、なにかに執着してる」

総一はピンと来ない顔で教室を見渡すが、リリムはまっすぐある生徒を見ていた。

それは、クラスメイトの女子・宮代メグ。普段は大人しく、あまり話さないタイプだ。

だが今は様子が違った。彼女の視線は、隣の席の男子に釘付けだった。

「ふふ……ずっと見てるから……♡ 私だけ、見て……♡」

その瞬間、バンッと音を立てて机を叩き、メグが立ち上がる。

「私のこと、見てくれなきゃ……壊すよ?」

まるでスイッチが入ったように、空気が重く変わる。

教室のドアがガチャンと勝手に閉まり、窓が黒く曇る。

「おい、なんだ……?」

「結界……いや、魅了結界ね。あーあ、暴走しちゃったか」

リリムの声は呆れと興奮が混じっていた。

「契約によって、願いが歪んだのよ。メグの“愛されたい”って欲望が、制御不能になってる」

教室の全員が、一斉にメグをかばうように動き出す。

「彼女を……傷つけるな……」

「彼女を否定するやつは、敵……!」

「これ……まさか全員、魅了されてる!?」

「うん、たぶん“半強制型の集団契約”。珍しいわね。契約主に共鳴して、周囲の人間の感情を同調させてる。完全にエグいやつよ」

総一は後ずさりしながら呟いた。

「……これ、完全にヤバいやつだな」

結界の中に閉じ込められた教室は、異様な空気に包まれていた。

メグの周囲にはハート型の魔力が浮かび、まるで少女漫画のような幻覚空間が広がっている。

だがそれは甘く、そして恐ろしく歪んでいた。

「私だけを見て……ね? ずっと、一緒にいようね?」

その声が届くたびに、男子たちは顔を赤らめ、女子たちはうっとりと頷く。

異様な統一感が教室を覆っていた。

「やば……これは“精神魅了型”だ。しかも結構な高位」

「総一、さっきのアレ、使える?」

「……やってみるしかねえな」

総一の右手が熱を帯び、黒炎がじわりと灯る。契約紋が浮かび上がり、リリムがにやりと笑った。

「ちゃんとアタシに頼りなさいよ? いい感じに燃えそうだし♡」

「そういう問題じゃねぇ……!」

総一が一歩を踏み出した瞬間、視界が歪む。

「っ……なんだ、これ」

彼は次の瞬間、“妄想空間”の中に引きずり込まれていた。

そこは理想の恋人が自分を愛してくれるだけの甘ったるい世界。

「ソウイチくん、大好き♡ 一緒にいようね、永遠に♡」

「……チッ、これ、やべえな……」

リリムの声が響く。

「ねえ、妄想に負けるようなヤワな男じゃないでしょ? だったら、今すぐ――キス、して♡」

現実空間で、リリムが総一の頬に手を添えた。指先が震えているのは、照れているからか、それとも焦っているからか。

そして、唇が触れる。魔力が一気に流れ込み、契約が補強される。

「っ……!」

「よし、現実に戻ってきた? じゃ、ぶっ壊してあげて♡」

総一の拳が、妄想空間を貫いた。

黒炎が広がり、偽りの景色がパリンとガラスのように砕け散る。

「っ……あ……?」

メグの目から光が消え、力なくその場に膝をついた。

魅了の魔力は完全に断たれ、教室に漂っていた不自然な熱気も、ゆっくりと引いていく。

「契約解除、完了っと」

リリムが小さく指を鳴らすと、結界が音もなく溶けて消えた。教室のドアが軋みを上げて開く。

「……マジで何だったんだよ、今の……」

「集団契約。メグが中心になって、周囲を巻き込むタイプの異常契約だったわね」

「で、その契約元は……?」

リリムはメグの背中に浮かぶ契約印を見て、眉をひそめる。

「これ……普通の悪魔じゃない。紋の構造が、地獄のものと違う」

「どういうことだ?」

「誰かが、地獄のシステム外で契約を撒いてるってこと。しかも、意図的に」

総一は深く息を吐く。

「またかよ……あいつら、何考えてやがんだ……」

「さあね。でもこういう混乱、大好きよ? 人間の欲望って、ほんと美味しいもん♡」

リリムはいたずらっぽく笑って、総一の肩に寄りかかった。

「ま、守ってくれてありがと。ちゃんと報酬、あげなきゃね♡」

「報酬はいい。そういうのは、ややこしいから……」

「ふふ、照れちゃって。……キスのおかわり、欲しい?」

「いらねぇ!!」

一方その頃、とある屋上。

黒いフードの女悪魔が、学校を見下ろしてニヤリと笑っていた。

「ふふっ……“鍵”が、また動き出したわね。面白くなってきたじゃない」

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  • 悪魔ちゃんは契約違反で罰ゲーム中!   わたしじゃない、わたしに

    6話「……国枝、今日も来てないらしい」朝のHRが終わった教室で、総一は窓の外を見ながらつぶやいた。「まあ、当然か。いろんな意味で燃え尽きてたしな」教卓では、担任が「本人の都合でしばらく休学」とだけ説明した。事件は“事故”として処理され、周囲も深く詮索しない。あまりにも、あっさりと。リリムは机に肘をついたまま、チョココロネを逆さにして食べながら答えた。「そりゃ、記憶の一部が吹っ飛んでるからね。契約の余波で記憶障害が出るのはよくある話よ」「よくある話、か……」総一の声は重たかった。助けた――つもりだった。でも、国枝が救われたのかどうかは、彼自身にもわからなかった。「なあ、リリム」「ん?」「お前……なんでそんなに、契約者を止めたがるんだ?」リリムの咀嚼が一瞬止まる。「善良だからよ。善行の一環」「いや、そういう建前じゃなくて」しばらく沈黙が落ちた後、彼女は少しだけ視線を外して、ぽつりと呟いた。「契約って、怖いからよ。叶った願いの先に、“何もなくなる”ことが多いの。代償が大きすぎるのよ」「それは……お前が“昔、契約に失敗した”から?」冗談めかして言ったつもりだったが、リリムは笑わなかった。ただ、何も言わずに残ったチョココロネの先っぽをかじっただけだった。そんな様子を、廊下のガラス越しに見ていたヴェルダは、誰にも聞こえないように独りごちた。「かつての契約違反。その核心は、まだ封印の中……」リリムの背には、誰にも見えない“黒い紋”が淡く光っていた。放課後の校内は、喧騒がひと段落して落ち着いていた。「このへん、なんか……妙な空気だな」総一が体育館裏の渡り廊下で足を止めた。空気が薄い。微かに漂う“契約の残り香”。普通の人間にはわからないが、彼の体にはもう、戦いの名残が染みついていた。「感知範囲拡張……んー、こっちかも!」リリムがくるりと踵を返し、校舎内のカフェテリアへ向かって走り出す。「ちょ、おい待て! 制服でダッシュすんなって!」「だって早くしないと“異常契約”が爆発しちゃうかもだし~♡」「テンション軽すぎるんよ……」総一が苦笑いで追いかけた先、カフェテリアの隅のテーブル席。そこに、一人の少女が静かに座っていた。長い黒髪に白いカチューシャ。制服の着こなしはきちんとしていて、姿勢も背筋がぴんと伸びている。――それなの

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