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第4話

Author: ニュートン
直樹の笑顔が一瞬止まり、少し緊張した様子で紗良のお腹に手を当てた。

「気分悪いって……まさか、本当に妊娠したんじゃ……」

驚きの色がその目に浮かんだが、その奥に一瞬、本人すら気づかないほどの喜びがきらりと光った。

「じゃあ、すぐに横になって休んで。明日、病院で検査してもらおう」

紗良は複雑な表情で首を横に振った。

「最近ちょっと疲れてただけ。数日ゆっくり休みたいの」

直樹はほんの少し眉をひそめて、うなずいた。

「じゃあ、下に行ってミルク温めてくるよ」

それは紗良が子供の頃からの習慣であり、直樹からの愛情を感じる証でもあった。

けれど、ミルクに睡眠薬が入っていると知ってからは、その温もりすら虚しく消えてしまった。

彼が部屋を出るとすぐに、紗良はスマホを開いた。案の定、新しい友達申請が届いていた。

「婚約者」の三文字を見て、彼女は思わず唇を噛んだ。

なんて強引な人……まだ顔も知らないのに。

承認するかどうか迷っていたそのとき、貴弘からの着信が画面に飛び出してきた。

「紗良、明日藤原家の坊ちゃんが帰ってくるんだ。一緒に食事しよう」

「明日?」――前は一週間後って言ってなかった?

紗良は眉を寄せて、明日は予定があると答えた。

娘が話をはぐらかして逃げようとしていると感じたのか、貴弘は少し不満げだった。

「藤原家の坊ちゃんは、君が会ってくれるって聞いて、たくさんの予定をキャンセルしてまで早く帰国してくれたんだぞ。どれだけ君を大事に思ってるか分かるか?」

そう言われて、紗良の心も少し揺れた。

「お父さん、本当に予定があるの」

大学のクラス委員長が結婚することになり、仲の良い友人たちと一緒に、最後の独身ナイトとしてバーで騒ごうという話になっていたのだ。

その理由を聞いた貴弘も、娘が無理に断るのは友人関係にも差し支えると考え、強くは言えなかった。

けれど、紗良がVIP席に案内されてすぐ、後悔の念が押し寄せてきた。

直樹と真琴が並んで座り、周囲には見慣れた放蕩仲間たち。

もしクラス委員長が彼らも呼ぶと知っていたなら、家に帰って「婚約者」と会うほうがマシだった。

すでに場は盛り上がり、多くの人が酔い始めていた。

「さあ、ゲームしようぜ!」

紗良は何人もの手に押されてテーブルの前に座らされ、手にはサイコロの缶が握らされていた。

「負けた人は、誰かとキスするか、罰ゲームで三杯飲み干すってルールな!」

歓声と笑い声が飛び交い、空気は大胆で熱気に満ちていた。

すぐに真琴が一度負けて、悔しそうに顔をしかめた。

「やばい……最近風邪気味で薬飲んでるから、お酒はちょっと……」

だが、周囲はまるで獣のように騒ぎ出した。

「キス!キス!学園の女神、俺を選んでくれ!」

「お前なんかが真琴に選ばれるわけねーだろ!選ぶなら桐生坊ちゃんしかいないだろ!」

その瞬間、全員の視線が直樹に集まった。

「おいおい、やめとけって。桐生坊ちゃんは潔癖症で他人に触られるの大嫌いなんだから、せっかく来てくれたのに帰っちゃったらどうすんだよ!」

真琴は頬を赤らめて、直樹の方をちらりと見た。

「直樹……キス、してもいい?」

紗良は膝の上で手を強く握りしめ、じっと直樹を見つめた。

人ごしに、二人の視線がぶつかった。

紗良も知りたかった――自分の目の前で、彼がどう答えるのか。

そしてすぐに、その答えは返ってきた。

直樹は口元に不敵な笑みを浮かべ、少しうつむいて真琴を優しく見つめた。

「光栄だよ」

歓声と悲鳴が音楽をかき消し、紗良の耳を突き刺した。心までも貫かれた。

目の前の光景がスローモーションのように引き伸ばされ、残酷なほど鮮明に彼女を苦しめた。

真琴が直樹の腕に手を絡め、恥ずかしそうに顔を近づける。

唇が触れ合おうとしたその瞬間、直樹がふいに目を上げて紗良を見た。

だが、目に飛び込んできた光景に、彼の心は激しく揺さぶられた。

紗良は狼狽も怒りも見せず――

いつもなら彼の一言でたやすく波紋を広げていた優しい瞳は、今や深い湖のように沈み、冷えきっていた。

直樹は最後の瞬間、顔をわずかにそらした。

真琴の唇は直樹の唇をかすめただけで、しっかりとは触れなかった。

照明の暗さもあって、周囲の人々は細かいところまで見えておらず、ただ興奮して騒ぎ続けていた。

真琴はぎこちなく笑い、恥ずかしそうにうつむいて、その目の奥に浮かんだ一瞬の失望と不安を隠した。

次のターンで負けたのは、紗良だった。

彼女は思わず眉をひそめた。

「私、アルコールアレルギーで……」

直樹の仲間たちが一斉にブーイングを上げた。

「真琴が飲めないって言ったら、すぐ真似してアレルギー?それってさ、劣化コピーってやつじゃね?」

「じゃあ飲めないなら、誰かとキスしなよ」

紗良は周囲を見渡し、顔色が少し青ざめた。

この場にいる誰とも、そんな関係になりたくなかった。

そのとき、誰かが目を光らせ、悪意に満ちた笑みを浮かべて紗良に腕を回してきた。

「南條お嬢さん、俺はどう?キスのテクには自信あるぜ。絶対に気持ちよくしてやるよ」

酒臭い息が耳元に吹きかけられ、紗良はぞっとして、必死に男を振り払おうとした。

だが、その力は到底男の腕力には敵わなかった。

混乱と焦りの中、紗良は反射的に直樹の方を見た。

自分がアルコールに弱いことを、直樹は知っている。

真琴のお願いは受け入れたのに、自分を助けるくらいの紳士的な対応は期待できないの?

「桐生坊ちゃんの方なんて見るなよ。まさか、君も彼とキスしたいわけ?」

「その発言はさすがにキツいって!桐生家と南條家は犬猿の仲だろ?それで桐生坊ちゃんにキスしようとか、マジでどうかしてるって!」

直樹の瞳は深く、感情の読めない色をしていた。

彼は静かにグラスを手に取り、酒をひと口飲みながら、この茶番劇を黙って見つめていた。

その瞬間、紗良の抵抗する手がゆっくりと力を失い、下へ垂れた。

みんなの言う通りだ。

自分は本当に、バカみたいだった。

敵対する家の息子なんかに、恋をして。

そして今でも、彼に希望を抱いているなんて。

周囲の嘲笑や悪ふざけも、確かに心を傷つけた。

だが、直樹の無言の傍観――それが、紗良の心にかろうじて残っていた最後の橋を完全に崩し去った。

崖の底へと、音もなく落ちていくように。

涙が一筋、頬を伝った。

もう、すべてを――諦めた。
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