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第235話

Auteur: るるね
last update Date de publication: 2026-09-07 23:25:38

 最初の報道へ便乗するように、その後も数えきれないほどのアカウントが次々と現れ、源間の新作ドラマにまつわる「内幕」を暴露し始めていた。

 どの記事も投稿されたのは深夜から明け方にかけてで、時刻を追って確認してみれば、ちょうど源間と千春が紗月へ何度も電話をかけていた、その少し前の時間帯に集中している。

 紗月にも、いったい何が起きているのか分からなかった。

 どの記事にも「友枝紗月」という名前が直接書かれているわけではない。

 それでも、そこで繰り返し取り上げられている人物が誰なのかは、少し事情を知っている者ならすぐに分かる内容だった。

 源間の新作ドラマへの出演が決まった、ほとんど無名の新人女優。

 演技を専門的に学んできた経歴もなく、芸能界で目立った実績もないまま、突然主要キャストの一人へ選ばれた女性。

 以前、立花監督の映画のオーディションに合格しながら、自ら出演を辞退したことまで、記事にははっきりと書かれていた。

 事実と虚偽が、悪意をもって巧妙に織り交ぜられている。

 完全な作り話なら、紗月もまだそう言い切ることができたのかもしれない。けれど、そこには外部の人間なら簡単には知
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  • 愛し続けた彼を、私は手放すことにした   第285話

     彼女の話について深く考えている時間はなかった。 夕食休憩は、わずか三十分しか与えられていない。ほどなく時間となり、指導スタッフが出演者たちへ声をかけ、夜の撮影を始めるため現場へ戻るよう促した。 紗月は先ほど聞いた話がどうしても気にかかり、撮影が始まってからも完全には集中しきれなかった。 そのせいで、小さな失敗を何度か続けてしまう。 以前、一樹と共演したCM撮影で激しく叱責された経験が残っているのか、間違えたと気づいた瞬間、紗月の鼓動は急激に速くなった。 このあと、また嵐のような罵声を浴びせられるのではないか。 身体のほうが先に怯えたように、胸の奥が強く縮こまる。 幸い、今回の監督は些細な失敗をそれほど気にしていなかった。撮り直しを指示されることもなく、そのまま採用されたカットさえいくつかあった。 その夜は翌日の撮影に備え、スタジオの近くにある小さな宿へ泊まることになった。 部屋へ戻った時には、すでに夜の十時を過ぎている。撮影中に受けた衝撃のせいで、紗月の身体には鈍い痛みを感じる箇所がいくつも残っていた。 千尋は紗月の休憩時間を把握していたのか、彼女が宿の部屋へ到着した直後、まるで見計らったように電話をかけてきた。 今日の撮影はどうだったのかと気遣ってくれたものの、千尋も忙しいらしい。あるいは、もう時間が遅かったためかもしれない。 紗月から簡単な報告を聞き、慌ただしく励ましの言葉をいくつか告げると、そのまま通話は終わってしまった。 結局、紗月は聞きたかったことを尋ねられなかった。 どうして自分の役が変更されたのか。 眠りに落ちる直前まで、そのことばかりが頭から離れなかった。 翌日の見せ場は、紗月がトイレの個室へ閉じ込められ、上から水を浴びせられる場面だった。 この場面を撮り終えれば、紗月の出演部分はすべて終了する。 わずか二日間の撮影とはいえ、事務所と契約してから初めて正式に出演する作品だ。 千尋も朝早くからスタジオへやってきて、傍で紗月の撮影を見守っていた。 短い休憩に入るたび、紗月のために忙しく動き回り、メイクを直したり、飲み物を用意したりしてくれる。その姿は、マネージャーというより、つきっきりで身の回りを世話する付き人のようだった。 当初の撮影スケジュールでは、紗月の最後の場面は午後四時から始まる予定だった。 とこ

  • 愛し続けた彼を、私は手放すことにした   第284話

     出演契約を結ぶ前、千尋は確かに紗月へ念を押していた。「紗月、今回のショートドラマで演じる役には、何度か叩かれる場面があるかもしれません。でも、役者ならこの程度は問題ありませんよね?」 紗月に異論はなかった。 たとえ小規模な配信ドラマであっても、紗月が事務所と契約したのは、芝居をするためだ。どのような作品や役であっても、演じる機会があるのなら挑戦したいと思っていた。 紗月が了承すると、その時の千尋は、今目の前にいる指導スタッフとよく似た表情を浮かべていた。「うん……それなら大丈夫ですね。では、その位置で撮影を始めます」 指導スタッフが後ろへ下がり、カメラマンが機材を構えながら紗月の前へ移動する。 現場には二台のカメラが用意されていた。一台はカメラマンが動かすメインカメラで、もう一台は定位置に固定されている。 固定カメラの画角を確認したあと、監督が「スタート」と声を上げた。 次の瞬間、紗月の前に立っていた女性の表情が険しいものへ一変する。 腕を振り上げたかと思うと、その手はすぐさま鋭く振り下ろされた。 紗月の目の前を、一陣の風が掠めたように感じた。 直後、鋭く重い音が響き、頬に激しい衝撃が走る。 顔だけでなく身体まで大きく傾き、紗月は危うくその場へ倒れそうになった。叩かれた頬にはすぐに熱が広がり、耳の奥では甲高い音がいつまでも鳴り続けている。「……はい、オーケー!」 映像を確認した監督が声を上げると、指導スタッフはすぐさま撮影場所へ戻り、紗月の様子を気に留めることもなく、次の場面の説明を始めた。 撮影は、ほとんどすべて一度で終わった。 出演者たちの演技が優れていたからではない。 監督は演技の細かな質をさほど重視しておらず、求めているのは、撮影の速さと映像の強烈さだけのように見えた。 たった一日で、紗月の出演場面は半分近くまで撮り終わった。あと一日あれば、すべての出番を撮り切れるという。 この種のショートドラマは、どの作品も撮影期間が一週間ほどしかないらしい。台本を渡され、指示されたとおりに演じ、撮り終えればすぐ次へ進む。まるで流れ作業のような制作速度に、紗月は驚かずにはいられなかった。  夜になり、ようやく短い夕食休憩が設けられた。 休憩に入って間もなく、昼間から紗月と何度も共演していた女性が、隣の席へ腰を下ろした。 彼

  • 愛し続けた彼を、私は手放すことにした   第283話

     今、紗月へ向けられている千尋の眼差しは、とても真摯なものに見えた。 それを前にすると、紗月にはどうしても拒絶の言葉を口にできなかった。迷った末、最後には小さく頷く。「ありがとうございます、千尋さん」 今日知らされた話や、会社が下そうとしている決定を思うと、胸のざわつきはなかなか消えなかった。 それでも間もなく、千尋に連れられてオーディション会場へ足を踏み入れると、演じる機会を与えられたという懐かしい高揚感が、紗月の胸を一気に満たした。 今回のオーディションは、最近インターネット上で急速に人気を集めているショートドラマの出演者を選ぶためのものだった。 一話あたり数分程度で、短期間のうちに制作されるドラマらしい。参加者もほとんどが、演技経験のない大学生だった。 会場全体はひどく賑やかで、張り詰めた空気はまるでない。 オーディションは一つの部屋で行われ、参加者は互いの演技をすべて見ることができた。 実際、ほとんどの参加者の演技はまだぎこちなく、台詞の発声や間の取り方にも慣れていない。まるで学生同士の稽古を眺めているようで、プロの現場らしい緊張感はほとんど感じられなかった。 最後に紗月の番が回ってきた頃には、監督やドラマの制作関係者らしい数人も、すでに期待を失っているようだった。 紗月が前へ出ても、彼らの表情にはほとんど変化がない。 その空気が変わったのは、紗月が台本を受け取り、指定された場面をその場で演じ始めてからだった。 短い時間で役の感情を掴み、台詞を口にする。 声の調子も、視線の動きも、それまでの参加者とは明らかに違っていた。 中央の席に座っていた監督らしき男は、途中から姿勢を正し、やがてその顔に初めて笑みを浮かべた。 配役も、ほとんどその場で決まった。 監督は紗月の容姿や雰囲気も改めて確認すると、迷うことなく主要人物の一人を任せると決めた。 ほどなくして、スタッフが千尋のもとへ打ち合わせにやってきた。 紗月が役を得たと聞いても、千尋は特別喜んだ様子を見せなかった。台本について淡々といくつか質問したあと、紗月を別の役へ変更できないかと尋ねる。 スタッフは意外そうに目を瞬かせ、ひとまず監督へ確認してみると答えた。 紗月がオーディション会場から出てくる頃には、千尋の顔には一転して満面の笑みが浮かんでいた。「すごいですよ、紗

  • 愛し続けた彼を、私は手放すことにした   第282話

     千尋はまくし立てるように話し続け、紗月は何度か口を開きかけたものの、言葉を挟む隙さえ見つけられなかった。 長い話がようやく途切れたところで、紗月はためらいがちに小さく口を開く。「……千尋さん、私はただ、お芝居がしたいだけなんです。契約する前にも、そうお話ししましたよね。小さな役から始めることになっても構いません。演じる機会さえもらえれば、それでいいんです」 その言葉に対する千尋の反応は、契約前とはまるで違っていた。 あの時は笑顔で「もちろんです」と答え、事務所には俳優向けの仕事も豊富にあるから、紗月の希望に沿って出演作を探せると何度も約束してくれた。 今の千尋は、わずかに眉を寄せている。 口調にはまだ諭すような柔らかさが残っていたものの、その奥には、紗月の拒絶を許さない強さが滲んでいた。「紗月、私の話がまだよくわかっていないみたいですね。今、会社はあなた一人に大きな労力を注ぎ、それだけの期待を懸けているんです。もう、紗月が『ただお芝居をしたいだけです』と言えば、それで簡単に終わらせられる話ではありません」 千尋は紗月の目を真っ直ぐ見つめた。「注目しているのは会社の各部署だけではありません。社長も、紗月のデビューを見守っているんですよ。あなたのデビューには、必ず成果を出してもらわなければなりません。それも、誰の目にも明らかな、大きな成果を。わかりますか?」「……」 紗月は答えられず、眉を寄せた。「私が言いたいことは、さっきと同じです。紗月がお芝居をしたいのなら、もちろんその願いは叶えてあげます。でも今の紗月は、自分を過小評価しすぎているんですよ」 千尋の声は、あくまでも優しかった。「自分にはまだ実力がないから、小さな役から一歩ずつ積み重ねるしかないと思っているのでしょう? でも紗月は、事務所が多額の費用をかけて本気で売り出そうとしている新人なんです。もう少し自分に自信を持ってください」「千尋さん……」「それに正直なところ、事務所と契約する前から、紗月はヒロインの座を掴んでいたじゃないですか。源間監督の件は……とても残念でしたけど、それでも、紗月にそれだけの魅力があるという証明にはなっています。もっと欲張ってもいいんですよ」 そう言い終えると、千尋は腕時計へ目を落とした。「もう行きましょう、紗月。事前に何も伝えなかったことは、私の

  • 愛し続けた彼を、私は手放すことにした   第281話

     その時、個室の扉が勢いよく開いた。「一樹!」 室内から聞こえた大きな物音に気づき、城島がすぐさま戻ってきたのだ。 鋭い怒鳴り声に、一樹の動きが止まる。 部屋の中はひどく乱れていた。 二人が揉み合ったせいで座椅子は大きくずれ、卓上に並んでいた食器までいくつか畳の上へ落ちている。 紗月の襟元はいまだ一樹の手に強く掴まれたままで、そのうえ、一樹は彼女の身体へ覆い被さっていた。 どこから見ても、到底まともな状況には見えなかった。「わあ……」 後ろから覗き込んだ千尋は、小さく声を漏らした。 次の瞬間、素早くスマートフォンを取り出し、目の前の光景を写真に収める。 それから何事もなかったかのような顔をすると、そっと部屋の外へ引き下がった。「はあ……城島、何しに来たんだよ。僕と紗月さんは、楽しく話してただけなのに。そうだよね、紗月さん?」 城島が入ってきたことで、一樹は不満そうに紗月の襟元から手を離した。 すぐに床から立ち上がると、今度は何事もなかったかのように、わざとらしく紗月へ手を差し伸べる。 紗月はその手を避け、自分の力で身体を起こした。 城島は厳しい表情を崩さなかった。 一樹に言いたいことはいくらでもあるようだったが、結局は深くため息をついただけで、紗月へ向き直る。「……申し訳ありません、友枝さん。一樹が悪ふざけをしすぎました。帰ったら私からきつく言い聞かせますので、どうか許してやってください」 城島が代わりに頭を下げると、一樹は納得がいかない様子で唇を尖らせた。 紗月は俯いたまま、乱された服を整える。 指先は、自分の意思とは関係なく微かに震えていた。 城島が間に入ってくれたことには感謝している。 それでも、一樹のしたことを「悪ふざけ」の一言で済ませようとする、あまりにも彼を庇った言い方には、本能的な不快感を覚えずにはいられなかった。「私は……」「あら、城島さん。一樹君も血気盛んな年頃ですもの。これからは両社で密接に協力していくことになるんですし、若い二人が早いうちから親しくなっておくのも悪いことではありません。こちらは一樹君を責めるつもりなんてありませんから、ご安心ください」 紗月が言おうとした言葉を、千尋が途中で遮った。 何を口にしようとしているのか察したのか、わざと紗月の前へ立ち、その姿を隠すようにして発言する

  • 愛し続けた彼を、私は手放すことにした   第280話

     紗月が状況を理解するより早く、一樹は彼女を抱き寄せたまま、何枚もの写真を撮った。 その中には、明らかに驚愕した表情を浮かべる紗月の顔が、はっきり写り込んでいるものもあった。 ようやく紗月を解放すると、一樹はすぐにスマートフォンへ目を落とし、今しがた撮った写真を手早く確認する。 どうやら、あまり気に入るものがなかったらしい。 紗月がその場から離れようとしていることに気づくと、一樹は素早く彼女の足首を掴み、強い力で再び自分のもとへ引き戻した。「あっ……」 突然身体を引かれ、紗月は堪えきれず声を上げた。 一樹は子役時代から顔立ちがあまり変わっておらず、もともと可愛らしく、どこか幼さの残る容貌をしている。成人した今でも、まだ少年のように見られることが多かった。 けれど今、床へ押さえつけられて初めて、紗月は一樹がとっくに大人の男なのだと思い知らされた。 その力は見た目からは想像できないほど強く、しかも手加減を知らない。押さえつけられた箇所には、じわじわと鈍い痛みが広がっていった。「やめて……」「紗月さん、一緒に写真を撮ろうよ。これから恋人同士を演じるのに、いざ公表する時になって、二人で撮った写真が一枚もないなんておかしいだろ?」 一樹は紗月の拒絶など気にも留めず、再びスマートフォンを掲げ、二人の写真を何枚か撮った。 しかし、紗月がまったく協力しようとしないため、どれも一樹が求めていたような恋人らしい雰囲気にはならない。 そのことが、次第に一樹の癇に障り始めた。 紗月のように、自分から向けられる好意をありがたがろうともしない女と、一樹はほとんど出会ったことがない。 幼い頃から芸能界に身を置き、早くに名を上げ、事務所の社長からも大切に扱われてきた。これまでの人生も芸能活動も、大きく躓くことなく、順風満帆に歩んできたのだ。 端整な顔立ちにも恵まれ、女性から好意を寄せられることなど、とうに当たり前になっていた。 成人してからは、遅れて訪れた反抗期のような衝動に任せ、身体だけの関係を持つ相手を同時に何人も抱えていた。 もっとも、芸能界はもともと清廉潔白な世界ではない。一樹の遊び方など、その中ではまだ可愛いものだった。業界内の噂話としてさえ、大して刺激的とは見なされない程度のことにすぎない。 社長もこれまで、一樹の行動を知りながら何一つ口を出し

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     やがて由衣を迎えに来た車が到着した。 まるでこの世の終わりでも訪れたかのように名残惜しげに別れを告げる彼女を見ても、慎一はその場に立ったまま、形だけの笑みを浮かべるだけだった。 そしてそのまま踵を返し、自分専用の駐車スペースへと向かう。 すでに運転手は彼からの連絡を受けて車内で待機しており、まるで時間を計算していたかのように、慎一が後部座席のドアに手をかける寸前、すぐに車を降りて恭しくドアを開けた。「ありがとう」 運転手の名は久我誠。  二十年以上前、朝倉家に仕える補佐役として働いていた人物で、ここ数年で慎一の専属運転手兼個人秘書となった。 長年この家に仕えてきた彼にとって、慎

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