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第5話

Author: るるね
last update publish date: 2026-03-22 12:36:31

 由衣を連れて地下駐車場まで下りると、慎一はようやく、自分にぴたりと寄り添っていた彼女を少し強めに引き離した。

 今度ははっきりと力を込めており、由衣がこれ以上まとわりつくことは許さない。

「次からは、断りもなく来るな」

「えー、社長ってひどい。利用したらそれで終わりなんて。奥様、顔色すごく悪かったですよ? 今ごろ上でこっそり泣いてるかも」

 由衣はにこにこと笑いながら、両手で慎一の腕を掴み、甘えるように揺らした。

 だがその言葉には、どこか底の見えない悪意が滲んでいる。

 慎一はそんな彼女を見つめ、ふっと笑った。口調は相変わらず穏やかで、眼差しも柔らかいままだ。

 だがその奥に、先ほど部屋で誰かに見せていたような優しさはもうない。そこにあるのは、ただ冷たい計算だけ。

 目の前の女に、まだ利用価値があるかどうか。

「由衣、お前は賢い子だろう」

 慎一は自ら彼女の手を振り払うことはしなかった。だがその一言で、由衣はすぐに意味を察した。

 ぱっと腕を離し、小さく唇を尖らせて、いかにもいじらしげに言う。

「そんな言い方しないでくださいよ。私、本当に社長に感謝してるんです。だから初日から会いに来たかっただけなのに」

 見上げるようなその視線に、慎一の冷えかけていた感情がわずかに緩む。彼は手を伸ばし、軽く彼女の額を指で弾いた。まるでご褒美を与えるかのように。

 由衣はすぐにぱっと笑顔を咲かせ、さらに大胆に慎一へと身を寄せる。今度はすぐに突き放されることはなかった。

 慎一は先にスマートフォンを取り出し、どこかへ電話をかける。

「運転手を呼んでやる。会社まで送らせる」

「えー、社長は一緒じゃないんですか?」

「言うことを聞け。俺はしつこいのは好きじゃない」

「はーい……じゃあ、お昼は一緒にご飯行けます?」

「……お前の出来次第だな」

 由衣は、今もっとも主演女優賞に近い新人の一人だと、メディアでも評されている。

 演技の専門教育を受けたわけではないにもかかわらず、鋭い感性を持ち、その演技力は高く評価されていた。

 彼女と仕事をした監督たちは、こぞって彼女を絶賛し、ネット上でも評価はほぼ一色。

 その演技に対して否定的な声は、ほとんど見られない。

 所属タレントとして、慎一は彼女の将来の商業的価値に大きな期待を寄せていた。

 だが、契約を決断し、さらには前事務所への違約金まで肩代わりした最大の理由は――彼女の顔だった。

 決して華やかで目を奪うような美貌ではない。だがその分、どこまでも穏やかで、触れれば壊れてしまいそうなほど繊細な清楚さを纏っている。

 艶やかに流れる黒髪は、その透明感のある佇まいと見事に調和し、柔らかな光を受けるたびに、静かに揺れて淡い輝きを放っていた。

 小さく整った顔立ちの中で、ひときわ印象的なのはその瞳だった。

 大きく丸みを帯びた瞳は、まるで何も知らない子猫のように無垢で、澄みきっている。

 その視線でじっと見つめられると、まるで抗うことなど許されないかのように、自然と意識が引き寄せられてしまう。

 甘く、やわらかく、それでいてどこか危うさを含んだその眼差しは、相手の心の奥へと静かに入り込み、気づいたときにはもう逃げ場を失わせていた。

 彼女自身も、その美しさをよく理解している。そして、それを武器として使う術にも長けていた。

 慎一ですら、時折その小さな仕草を見逃すことがある。

 それは単に可愛らしいと思ってしまうからだ。

 由衣が美しいのは事実であり、それこそが新人時代から一躍脚光を浴びた理由でもある。

 しかしそれ以上に彼女の顔も、雰囲気も、性格さえも、慎一がかつて狂おしいほどに愛していた「ある女」に、よく似ていた。

 そしてその女は、紗月が卑劣な手段で追い詰め、彼の前から消し去った存在だった。

 だからこそ、スクリーンの中で初めて由衣を見たとき、慎一はすでに決めていた。

 彼女を自分の手元に置く、と。

 それは単なる欲望のためだけではない、紗月への歪んだ報復でもあった。

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