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第77話

Penulis: るるね
last update Tanggal publikasi: 2026-05-12 23:59:31

 慎一と悠臣の父――御堂哲郎みどうてつろうの関係は、決して良好とは言えない。かといって、完全に決裂しているわけでもなかった。

 ただ、御堂哲郎と慎一の父親は長年の友人同士だった。

 慎一は、御堂哲郎という男を信用していない。

 悠臣のように、腹に何かを抱えていても頭が追いついていない男とは違う。

 御堂グループをここまで巨大にした時点で、その手腕が並ではないことは明白だった。

 慎一が朝倉を継いでから、朝倉と御堂の間に大きな取引はほとんどなくなっていた。

 自分でも狭量だとは思う。

 悠臣とは昔から反りが合わず、その上、父親がかつて御堂に頼るように仕事をしていたことも、慎一はひどく嫌っていた。

 だから慎一は、少しずつ両家の案件を切り離していった。

 そんな中で、まさか御堂側からこれほど大きな海外案件を持ち込んでくるとは。

 慎一はUSBをノートPCから引き抜くと、無造作に悠臣へ投げ返した。

 背もたれへ軽く身体を預け、座り方も再び気怠げなものへ戻る。

「海外側の利益を四十五パーセント譲るなら、考えてやってもいい」

 もし悠臣が、この案件や契約内容について少しでも理解していたな
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     慎一に容赦なくそう言われ、さっきまで積極的に紗月のパソコンを奪っていた蒼空は、今度は気まずそうに顔を引きつらせた。 青ざめたり赤くなったりを繰り返しながら、下河の怒気を含んだ視線に押されるように、俯いて発表台から降りていく。 途端に、会議室中の視線が紗月へ集まった。 紗月は一瞬呆然としていたが、下河に苛立った声で名前を呼ばれ、ようやく我に返る。 慌てて前へ進み、発表の準備を始めた。 慎一は、わざわざ一番遠い席を選んだりはしなかった。 適当に近くの席へ腰を下ろし、そのまま壇上の紗月へ視線を向ける。 距離が近い。 慎一は座っていて、紗月は立っている。 本来なら壇上に立つ紗月のほうが高い位置にいるはずなのに、慎一の纏う空気には妙な威圧感があった。 息が詰まるような威圧感。 慎一に取り入ろうとしていた下河ですら、一つ後ろの席を選び、慎一と距離を置いた。 蒼空も、さっきの件が気まずいのか、かなり後方へ座っている。 慎一の視線があまりにも鋭く、紗月は最初うまく言葉を出せなかった。 途中で言葉が詰まり、何度か噛んでしまう。 けれど、途中から少しずつ呼吸が落ち着いていった。 責任者として、資料に沿いながらデータを整理し、一つひとつ説明を続けていく。 何度か慎一と視線が合う。 そのたびに紗月は先に目を逸らし、誤魔化すように手元の資料へ視線を落とした。 慎一は最後まで発表を続けさせなかった。 十分ほど経ったところで、片手を軽く上げて制止する。「もういい」「社長、いかがでしたでしょ――」 下河がすぐに口を挟んだが、慎一は完全に無視した。 その視線は、ずっと壇上の紗月へ向けられたままだった。「今回の報告書だが、いくつか数字に気になる点がある。責任者本人から直接説明を聞きたい。ただ、俺もここに長く時間は取れない」 そう言って、慎一はゆっくりと下河へ視線を向けた。 下河はすぐに意図を察した。「朝倉、お前は社長に同行しろ。質問されたことにはきちんと答えろよ。失敗するな」  そのまま紗月が慎一について行く流れになり、蒼空がさすがに落ち着かなくなったのか、慌てて慎一へ声をかけた。「社長、僕、本社の松山蒼空と申します。今回のプロジェクトについては、僕も――」 蒼空の声には、わずかに焦りが滲んでいた。 対する慎一は、ほとんど表情を変え

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     慎一が来るなど、紗月にはまったくの予想外だった。 蒼空の顔にも明らかな驚きが浮かんでいる。どうやら彼も聞かされていなかったらしい。 もともと彼らに貸し与えられていたのは、物置の隣にある、閉鎖的な小部屋だった。設備らしい設備はなく、せいぜい移動式のホワイトボードが一枚置かれている程度だ。 蒼空が本社の人間であろうと、彼らの進めている共同プロジェクトが重要な案件であろうと、正田にとってはどうでもよかった。 ただ、本社の人間相手にあからさまな嫌がらせをするわけにもいかない。だからこそ、こういう陰湿なやり方で遠回しに恥をかかせていた。  正田がわざわざ陰湿な手を回したところで、蒼空はまるで気づいていなかった。 初めてこの部屋へ案内されたときも、彼は正田の前でにこにこと笑っていた。不満も文句もなさそうな顔で、むしろその能天気さが、かえって正田を苛立たせた。 今回は、本社の社長が来ると知らされた途端、上層部はすぐに一番いい会議室を用意した。 それがまた、正田の神経を逆撫でした。 どうして、美味しい話ばかり紗月に転がり込むのか。 このプロジェクトが本社からこちらへ回されて、もう三年になる。正田も時折口を挟みながら、ずっと見てきた案件だった。 本来なら、自分が目をかけていた、コネも将来性もある若手に任せて恩を売るつもりだった。 多少トラブルはあった。 だが結果的に立て直せたのなら、プロジェクトは自分の手元へ戻るべきだ。 正田はそう考えていた。 だから最近の彼にとって、紗月は目に刺さった針のような存在だった。 憎くて、目に刺さったまつ毛のように鬱陶しく、見ているだけで腹の底がざわつく。 背後から突き刺さるような正田の視線を感じながら、紗月は黙ってノートパソコンを抱え、蒼空とともに五階の多目的会議室へ向かった。 会議室でしばらく待っていると、下河が愛想笑いを貼りつけたまま、慎一を守るようにして入ってきた。 慎一は会議室へ足を踏み入れた瞬間、真っ先に紗月の顔を見た。 数時間ぶりに見る彼女の目元は、もうそれほど目立つほどではない。それでもよく見れば、泣いた痕跡はまだ残っていた。 顔色も白い。 会議室の蛍光灯が明るすぎるせいかもしれない。だが慎一には、朝より少しも良くなっていないように見えた。「ごほん。君たち、こちらは朝倉社長だ。朝倉グループ

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     慎一はデスクの向こうに立ったまま、左手の人差し指の先で軽く机を叩いていた。勝ち誇ったような顔をしている悠臣を見つめ、ふっと笑う。「御堂。利益が重要なのは確かだ。だがその前に、交渉の席につきたいなら、まずはそれに見合うカードを持ってこい」「カード? だからさっき言っただろ――」「四十五パーセントと引き換えに紗月を欲しいって? 別に俺は構わない。で、御堂。お前に本当にそれだけのものが出せるのか?」 慎一は一語一句、はっきりと言い切った。 先ほどまでの怒気など最初から存在しなかったかのように、視線にはいつもの軽蔑が戻っていた。 悠臣はそんな態度も意に介さず、ソファへ深く腰を沈めたままスマートフォンを取り出す。 慣れた手つきで画面を操作してから、挑発するように言い返した。「何が出せないって?」 慎一は小馬鹿にするように鼻で笑った。 代表理事という肩書きを与えられた程度で、自分も御堂グループの意思決定を握っているつもりらしい。 まともな実権を持ったこともない男ほど、大口だけはよく回る。 その滑稽さに、慎一は呆れるしかなかった。 そもそも、どうして先ほどこんな男相手に感情を乱されたのか――それ自体が馬鹿馬鹿しかった。 おかげで今は、完全に冷静さを取り戻している。「だったら契約書を持ってこい、御堂。白紙にサインもない口約束なんて、商売じゃないだろ」「へえ。ってことは、俺が本当に契約書を持ってきたら、慎一は紗月ちゃんを俺に譲るんだ?」 悠臣はその隙を逃さなかった。 通話中の画面が表示されたままのスマートフォンを手に、悠臣は立ち上がる。 そして慎一の声が電話越しの紗月へより鮮明に届くよう、わざと彼のすぐ近くまで歩み寄った。 慎一は低く笑い、挑発的な悠臣の目を真正面から見返す。 迷いはなかった。「もちろんだ」「それは助かる。じゃあ急いで会社戻って契約書の準備しないとな。ああ、そうだ慎一。あとでそんな話してないって言われても困るから、一応先に紗月ちゃんにも聞かせておいた」 悠臣はそう言って、スマートフォンの画面を慎一へ向ける。 表示されている通話時間は、すでに三分を超えていた。 慎一の表情が、ほんのわずかに陰る。 それでも表面上はほとんど反応を見せなかった。 むしろ悠臣が、そのまま電話越しの紗月へ話しかけ続けることすら、静かに許

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     慎一と悠臣の父――御堂哲郎の関係は、決して良好とは言えない。かといって、完全に決裂しているわけでもなかった。 ただ、御堂哲郎と慎一の父親は長年の友人同士だった。 慎一は、御堂哲郎という男を信用していない。 悠臣のように、腹に何かを抱えていても頭が追いついていない男とは違う。 御堂グループをここまで巨大にした時点で、その手腕が並ではないことは明白だった。 慎一が朝倉を継いでから、朝倉と御堂の間に大きな取引はほとんどなくなっていた。 自分でも狭量だとは思う。 悠臣とは昔から反りが合わず、その上、父親がかつて御堂に頼るように仕事をしていたことも、慎一はひどく嫌っていた。 だから慎一は、少しずつ両家の案件を切り離していった。 そんな中で、まさか御堂側からこれほど大きな海外案件を持ち込んでくるとは。 慎一はUSBをノートPCから引き抜くと、無造作に悠臣へ投げ返した。 背もたれへ軽く身体を預け、座り方も再び気怠げなものへ戻る。「海外側の利益を四十五パーセント譲るなら、考えてやってもいい」 もし悠臣が、この案件や契約内容について少しでも理解していたなら、こんな暴利同然の条件を、簡単に呑めるはずがなかった。 だが――悠臣は何も理解していなかった。「四十五パーセント?」 彼は単純に、半分以上取られるわけじゃないと思っただけだった。 つまり主導権は依然として御堂側にあり、朝倉ではない。 そんな程度の認識しかない。 慎一が欲しているのは、利益だけなのだと。 悠臣は、生まれてこの方、金に困ったことなど一度もない。 御堂家の莫大な資産と家族基金だけで、働かず遊んで生きていたとしても、一生かけて使い切れるかどうかも怪しいほどの金がある。 彼には「利益を譲る」という感覚自体が薄かった。多少削ろうが、自分の懐が痛むわけでもない。 札束の重みを、本当の意味で理解したことがない男だった。「四十五パーセントでいいなら、慎一。別にそれくらい構わないぜ」 案の定の無知さに、慎一は口元へ嘲るような笑みを浮かべる。 これで確信した。 悠臣は、この案件について何も知らない。 御堂会長は、馬鹿な息子を使って朝倉の出方を探っているだけだ。「ずいぶん気前がいいな、御堂。そこだけは少し見直してやるよ」 慎一の露骨な皮肉も、悠臣には褒め言葉

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     悠臣からの気遣うような言葉に、紗月は礼儀正しく応じた。返事はやはり少し遅れてから、控えめに返ってくる。「……ありがとうございます」「でもさ、紗月ちゃん。さっき言ったこと、本気だから。ちゃんと考えてから返事してくれよ? せっかくこうして再会できたんだし、俺は昔みたいに、またお紗月ちゃんと仲良くしたいって本気で思ってる。……どうせ慎一、紗月ちゃんのことなんて大して気にしてないんだろ?」 慎一の前だからこそ、悠臣はわざと最後まで言葉を濁した。 妙に含みを持たせた声音が、余計な想像を掻き立てる。 どう返せばいいかわからなかったのか、しばらく間を置いてから、紗月は困ったように小さく笑った。 電話越しの声からは、悠臣に対する特別な感情など感じ取れない。ただ突然再会した昔の知人へ向ける、ごく普通の社交辞令だった。「ありがとうございます、御堂くん。まさか今日会うなんて思っていなかったので……少し驚きました。ご提案については……嬉しいです。でも――」 紗月が続きを口にする前に、彼女が何を言おうとしているのか察した悠臣は、すぐにスマートフォンを手に取り、スピーカーを切った。 そして、ますます険しく沈んでいく慎一の表情を眺めながら、電話の向こうへ親しげな声を落とす。「紗月ちゃん、この話はまた今度ゆっくりしようぜ。……どうせ俺たち、これから長い付き合いになるんだからさ」 通話が切れる。 その直後、慎一はしばらく無言だった。 やがてようやく手にしていた資料を閉じると、裏返しのままソファ脇へ放り投げる。 悠臣を見据える眼差しは鋭い。静かに抑え込まれた怒気が、その奥に滲んでいた。「御堂。俺の妻の話をしたいだけなら、悪いが俺はお前ほど暇じゃない」 悠臣は肩を揺らして笑った。「おお、怖えな慎一。そんな顔するなよ、“友達”として心配してやってるだけだろ? ……で、お前が仕事の話をしたいっていうなら、今日はちゃんといい物を持ってきてる。むしろ感謝してほしいくらいだ」「感謝? 御堂、お前は大口を叩く腕まで磨いたらしいな」 そう皮肉られても、悠臣は珍しく気分を害した様子を見せなかった。 ポケットからUSBメモリを取り出し、軽く慎一へ放る。「中身見てから言えば?」 昨夜、悠臣は父親からそのUSBを渡された。慎一へ持ってくるまで、中身には一切目を通していない。 

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     紗月が去ってから、まだ二十分も経たないうちに、慎一の執務室には招かれざる客が現れた。「よお、慎一。相変わらずここ、外まで殺風景だな。何にもないじゃん。俺が何か買ってやろうか?」 悠臣は入ってくるなり、口を休めることなく喋り続けた。 遠回しに慎一の会社の趣味のなさを嘆き、執務室の簡素さまで貶してみせる。 慎一がいつも通り無反応でいるのを見ると、悠臣は遠慮なく彼の向かいのソファへどかりと腰を下ろした。片脚を高く組み、面白がるような目で慎一を見つめながら、次に何を言ってやろうかと考える。 慎一はただ一瞥しただけだった。煩わしさに眉がわずかに寄る。 悠臣が来ること自体は、意外でも何でもなかった。 三十分前、悠臣は突然電話をかけてきて、「会いに行く」と一方的に告げてきた。 長年慎一と張り合ってきた男だ。慎一の行動パターンなど、とっくに把握している。今の時間なら慎一が会社にいることも、容易に見当がついていたのだろう。「この時間に俺を訪ねてくるとはな、御堂。お前の仕事は、俺が思っていた以上に暇らしい」 慎一は手元の資料から目を離さないまま、冷たく言った。「は? そこは“こんな時間から仕事してるのか”って褒めるところじゃないのか?」「仕事?」 慎一は嘲りを隠しもせず、低く笑った。ようやく資料から視線を上げ、悠臣の顔を見る。「仕事で俺を訪ねてきたのなら、さっさと本題に入ったらどうだ」 そもそも仕事と言い出したのは悠臣のほうだった。 だが、慎一にそう促されると、途端にその通りにしてやるのが癪になった。 悠臣はくるりと目を動かし、口元に意味ありげな笑みを浮かべた。わざと含みを持たせるような声音で、ゆっくりと言葉を切り出す。「そういえばさっき、下で紗月ちゃんに会ったんだよな……目、真っ赤だったぞ? ずいぶん泣いたみたいだったけど。何だ、お前、またいじめたのか?」 紗月の名を出した瞬間、悠臣は敏感に気づいた。 慎一が資料を持つ手が、ごくわずかに動いた。力が入ったのか、親指だけが小さく動く。「……」 慎一が資料を持つ手が、ほんのわずかに動いた。無意識に力が入ったのか、親指だけが小さくぴくりと動く。 それなのに、よりにもよって二人が下で鉢合わせるとは。 慎一が黙ったままでいるのを見て、悠臣の口角はさらに深く上がった。愉悦に浸るように、楽しげに目

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