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愛なき結婚三年、御曹司と再婚したら元夫は後悔の末にICUへ
愛なき結婚三年、御曹司と再婚したら元夫は後悔の末にICUへ
Author: 星野栄美(ほしの えみ)

第1話

Author: 星野栄美(ほしの えみ)
桐生琴音(きりゅう ことね)は書斎の前に立ち尽くし、室内から漏れてくる夫・桐生湊(きりゅうみなと)の苦しげな呻き声を聞いていた。

しばらくして、書斎の扉が開き、湊が頬を赤らめたまま出てきた。

琴音は、掌に食い込みそうなほど握りしめていた拳をゆっくりと開き、気持ちを落ち着かせて彼に近づいた。

「治療、終わった?」

湊は手を伸ばし、琴音の長い髪をやさしく撫でた。「ああ」

「どうだった?」

「いつもと同じだよ。温井先生に過去のことを思い出すように導かれると、どうしても怖くなる。でも、治療中はつらくても、終わったらすごく楽になるんだ」

確かに、彼の顔には全てから解放されたような安堵が浮かんでいた。

「琴音さん、湊さんのうめき声を聞いて、さぞご心配なさったでしょう?」

湊の担当カウンセラー・温井若菜(ぬくい わかな)はそう言いながら書斎から出てきた。潤んだ目を細めて微笑むその姿は、妙に色っぽい。

琴音は薄く笑って答えた。「まさか。温井先生は業界でも有名な心理カウンセラーですからね。夫の治療にここまで熱心に付き合っているんですもの、安心していますわ」

「湊さんがきちんと協力してくださるから、治療も順調に進むのです」

若菜は湊をちらりと見やり、意味深な笑みを浮かべた。

湊は一瞬だけ表情を強張らせ、すぐに目を逸らした。「汗をかいたから、シャワーを浴びてくる」

「私も栞菜の様子を見てきますね」

二人の姿が視界から消えると、琴音は冷めた目で書斎に入り、まっすぐ奥の休憩室へ向かった。

部屋の隅のゴミ箱へ目をやると、琴音はためらいなくそれを逆さにした。

丸められた紙くずが床に散らばる中、使用済みのコンドームがひとつ、生々しく目に飛び込んできた。

その裏切りの証拠をじっと見つめ、琴音は自嘲気味に笑った。

笑っているうちに、目頭が熱くなった。

浮気されたこと自体が皮肉なのではない。

本当に皮肉なのは、妻とはできないことを、彼がほかの女とは平然とできることだ。

三年前、二人は海外のリゾート地で結婚式を挙げた。

新婚初夜、湊は「ホテルじゃ味気ない」と言って、無理に車を出して山頂のコテージに向かおうとした。

ところが、湊は車の中で琴音を抱こうとした。

琴音に断られ、湊は機嫌を損ねた。腹いせに車を飛ばした結果、山道でスリップし、衝撃で腰椎を痛めた。

二人とも命は助かったが、湊はそれ以来EDを抱えることになった。

琴音を抱こうとしても、湊の身体はまるで反応しない。彼女が近づくだけで恐怖に襲われる。頭の中に、あの夜の凄惨な出来事が蘇るのだという。

もう普通の男として生きることすらできなくなった。

琴音は長い間、湊に付き添って治療を続けた。

最終的に医師は、湊のEDは腰のけがが原因ではなく、心の傷によるものだと診断した。

事故による心的外傷後ストレス障害に近い症状だという。

それ以来、若菜は湊の専属心理カウンセラーになった。

若菜はバツイチのシングルマザーだ。毎日二時間に及ぶ治療に加えて、通院にも時間がかかる。そこで半年前、湊は若菜に、娘と一緒にこの家で暮らさないかと持ちかけた。

琴音も、最初は深く考えていなかった。

しかし三日前の夜、水を飲むために一階に降りたとき、彼女は偶然二人の会話を耳にした。

「湊、毎回声を漏らしてるけど、琴音に聞かれて怪しまれない?」

ソファに腰を下ろした湊は、気のない様子で答えた。

「琴音はまだ処女だ。経験もないし、男女のそういうことには疎いから、深く考えたりしないさ」

「でも、あなたはもう普通にできるんでしょう?琴音と……試してみるつもりはないの?」

若菜はそう言うなり、湊の体に手を伸ばした。

湊は目を閉じた。「試した。でも、あいつとは無理なんだ……」

「私とだけ、できるってこと?」

若菜は猫のように、湊の耳たぶに噛みついた。「お前みたいな女に誘われたら、誰だって抗えない。どんな男でも、簡単に降参するさ……」

やがて二人の身体がぴたりと重なった。

階段の踊り場に立っている琴音は、全身の血が一瞬で凍りつくのを感じた。

底知れない寒気が手足の先まで駆け巡り、こめかみが激しく脈打つ。頭が何かに締めつけられているようで、今にも割れてしまいそうだった……

――その瞬間、彼女はようやく理解した。

湊の呻き声は、辛い記憶を思い出した苦しみから漏れていたのではなく、若菜と身体を重ね、快楽に酔って漏らしていた声だったのだ。

翌日、琴音はゴミ箱からコンドームをひとつ見つけた。

そして今日で三つ目だ。

結婚して三年、自分とは一度も夫婦らしいことができなかったのに。あの女とは、たった三日でコンドームを三つも使っていた。

この三つ目のコンドームが、ついに琴音の心を折った。

吐き気を催すような証拠をゴミ箱に戻し、琴音は感覚を失ったように書斎を出て、リビングのソファに腰を下ろした。

ほどなくして、湊は着替えを済ませ、すっきりした顔で降りてきた。

「話があるんだ」

「相談したいんだけど」

二人の声が重なった。

琴音は一瞬きょとんとしたが、口元をわずかに上げて言った。「先にどうぞ」

「これから栞菜の送り迎え、温井先生の代わりに君がやってくれないか。どうせ君は暇なんだし、温井先生は忙しいだろ。少しくらい助けてあげてもいいんじゃないかと思ってな」

愛人に夫を奪われたうえ、その子どもの世話まで押しつけられるというのか。

「どうして私が?」琴音は冷ややかに問い返した。

湊は眉をひそめた。

琴音の反応が不満なのだろうが、それでも辛抱強く宥めようとした。

「琴音、少しは俺の立場も考えてくれ。君は毎日家で何もせず、気楽に暮らしていられるからいい。でも、俺が会社でどれだけ苦労してるか、分かってるのか?」

「東栄グループの社長だって、安泰なもんじゃない。この一年は業績もぱっとしないし、株価も上がらない。副社長は何人かの取締役を抱き込んで、次の株主総会で俺を引きずり下ろそうとしてる。今の俺には、この局面を切り抜けるための切り札がどうしても必要なんだ。

温井先生は、謎の大口投資家・Zとは知り合いらしい。彼女に紹介してもらえれば、俺は勝てる」

「つまり、私に彼女の機嫌を取れってこと?」

湊は琴音をちらりと見た。

その眼差しは冷ややかで、明らかに軽蔑の色が混じっている。

「ほかに君にできることがあるのか?これくらい、君にとって一番簡単なことだろ。俺がZを紹介してくれと言ったところで、君にそんなことができるのか?」

琴音は黙って、まっすぐ彼を見つめ返した。

Zを紹介してもらう必要など、最初からない。

なぜなら、彼女自身がそのZだから。

かつて琴音は大学で金融を専攻していたが、卒業後は金融の道には進まなかった。

周囲は皆、彼女がろくに勉強もせず四年を無駄に過ごしたから、今もぱっとしないのだと思っていた。

しかし実際、琴音は金融の分野でずば抜けた才能を持っている。

しかし、才能があるからといって情熱を持てるとは限らない。

金融を専攻したのは家族に強く勧められたからで、彼女が本当に好きなのは調香だった。

いつか調香師になりたい。

そのために小さなスタジオを立ち上げ、毎日調香に打ち込み、いつか自分だけの香水ブランドを立ち上げることを夢見ている。

海外の一流メゾンにも引けを取らない、そんなブランドを。

琴音が投資家Zとして動き始めたのは、湊が会社のために必死に働く姿を見ていたからだ。

いつか湊の会社が窮地に立たされたとき、自分が彼の支えになれるように、琴音は正体を隠したまま、密かに資金を蓄えてきた。

琴音だって、この家庭を守るために、できる限りのことをしてきた。

それなのに、湊はそんな琴音の思いを踏みにじるように、彼女を裏切った。

そして何より滑稽なのは、若菜が自信満々に「Zを知っている」と言っていることだ。

「湊、そこまで私を見下しているの?」琴音は嘲るように笑った。

湊は本心を取り繕うように言った。

「そういう意味じゃない。ただ、この病気の治療に三年もかかっただろ。ずっと家にいて、変なことを考えるんじゃないかと心配しただけだ」

「変なことって、何を?」

二人が話しているところに、若菜が笑顔で歩いてきた。

湊はすぐに立ち上がった。

「先ほど琴音と話していたんです。これから栞菜の送り迎えを、琴音が代わりにしてくれることになりました」

若菜はわざと驚いたように目を丸くした。「そんな、琴音さんに迷惑をかけてしまいますよ……家政婦さんに頼めばいいです」

「気にしなくていいです。琴音は細かいところによく気がつくし、家政婦より安心でしょう」

「でも、琴音さんは……」

「もう引き受けてくれましたよ」

琴音は、掌に爪が食い込むほど拳を握りしめた。

「引き受けてない。これからも、引き受けるつもりはない」と、立ち上がってはっきりと言い切った。

この瞬間、琴音は決めた。

もう湊と穏便に別れるつもりはない。

最初は、波風を立てずに離婚を切り出そうと思っていたが、今は考えを変えた。

真心を踏みにじった人間が、何事もなく済むなど許さない。

湊の顔色が悪くなった。

今日の琴音は、いつもと違う。

普段の物分かりのよさも、細やかな気遣いも、従順さも、今日はどこにもない。

張り詰めた空気が二人の間に漂っている。

そのときだった。

「バン、バン、バン!私、銃を持ってるのよ!みんな、降参して~!」

若菜の五歳になる娘・温井栞菜(ぬくい かんな)がピンク色のある物を握りしめ、楽しそうに三人へ向けて振り回している。

栞菜の手にある物を見た瞬間、若菜は顔色が変わり、鋭い声で叱りつけた。

「それ、どこから持ってきたの?」

いくら琴音がそういうことに疎いとはいえ、形を見ればそれが何なのか分かった。

栞菜は突然琴音を指さして言った。「琴音おばさんの部屋から持ってきた」

湊は目を見開いた。

その目に、じわりと怒りの色が浮かんだ。

まさか、自分の言ったことが当たっていたのか。

自分が満たしてやれないせいで、妻がこんな物に頼っていたのだとしたら――男として、これほど屈辱的なことはない。

湊はその「おもちゃ」を乱暴に取り上げると、苛立ちを隠せない声で問い詰めた。

「琴音、そんなに男に飢えてたのか?」

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