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第20話

Author: 歩々花咲
鋭い刃物で心を引き裂かれるような痛みに、苑は息を止めた。

彼女は蒼真に握られていた手をそっと引き抜き、静かに蓮の前へと歩み寄った。

そして、ためらいもなく、彼の頬を平手で打った。

手は小さく震えていた。

瞳もまた、かすかに揺れていた。

「朝倉蓮……あなた、本当に最低です」

声は震えながらも、はっきりと響いた。

蓮は、苑が振りかざした手を見つめた。

そこには、自分の血がまだ滲んでいた。

彼は自分がどれほど卑劣で、汚い真似をしたか、わかっていた。

でも、それしかなかった。

苑の結婚を止めるためには、それしか思いつかなかった。

――彼女を止めさえすれば、きっと取り戻せる。

蓮は、そう信じていた。

そのとき。

これまで一度も表情を変えなかった蒼真の黒い瞳に、鋭い殺気が浮かんだ。

まるで空気そのものが震え、見えない嵐が巻き起こったかのようだった。

その場にいた誰もが、息を呑み、身を固くした。

天城家の後継者。

いつだって超然とした存在だった蒼真。

誰もが恐れ、敬う彼が、こんなにあからさまな怒りを見せるのは初めてだった。

誰もが思った。

――蒼真は、今にも蓮を叩き伏せるのではないかと。

けれど。

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Comments (1)
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良香
苑、気を遣うのは分かるが苛立たしい。 名前も相手の素性も確認せず送った結果なら、受け入れろよ。どんな噂もどんな過去も受け入れる、って言ってる相手にぐじぐじと。 それより、お似合いのご夫婦ですね、って言われるように頑張らんか?
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