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第3章:日常的な衝突

Author: 佐薙真琴
last update Last Updated: 2025-11-27 15:01:52

 セダー・ヒル地区のメインストリートには、小さなカフェがあった。「ブルーボネット・コーヒー」——テキサス州の州花にちなんだ名前の、地元住民に愛される店だ。

 ロガンはそこで、毎日午後3時に仕事をするようになっていた。理由は単純だった。この場所から、セダー・ヒル地区の全体が見渡せるからだ。測量チームの動き、住民の反応、そしてグレース・モンゴメリーの行動——全てを観察できる。

 少なくとも、それが彼が自分に言い聞かせている理由だった。

「また来たの?」

 3週間目のある水曜日、グレースがカフェに入ってきた。彼女は白いTシャツにデニムのショートパンツという軽装で、髪を後ろで一つに束ねていた。

 ロガンはラップトップから目を上げなかった。

「公共の場所です。誰が来ても問題ありません」

「あなたにとって、ここは『観察ポイント』でしょ? 私たちを監視するための」

 グレースはロガンのテーブルに近づいた。

「監視ではありません。業務上必要な現地調査です」

「毎日3時間も?」

 彼女は皮肉っぽく笑った。

「あなたの会社、よほど暇なのね」

 ロガンは初めて彼女を見た。グレースの顔には、以前のような悲しみはなかった。代わりに、戦闘的な輝きがあった。

「モンゴメリーさん、私たちの交渉を感情的にする必要はありません」

「感情的?」

 グレースは目を見開いた。

「あなたが私たちの家を奪おうとしているのに、感情的になるなって? それ、本気で言ってるの?」

「奪うのではありません。適正価格で買収するだけです」

「適正価格……」

 グレースは深呼吸した。

「あのね、キャロルさん。世の中には、お金で測れないものがあるの。あなたには理解できないかもしれないけど」

「全ての物には価格があります」

「じゃあ、あなたの心の価格は?」

 ロガンは沈黙した。

「あ、ごめんなさい」

 グレースは大げさに口を覆った。

「あなた、心なんて持ってないんだっけ」

 彼女はカウンターに向かい、コーヒーを注文した。ロガンは再びラップトップに視線を戻そうとしたが、なぜか集中できなかった。

 グレースは注文したコーヒーを受け取ると、再びロガンのテーブルに近づいた。

「一つ聞いてもいい?」

 ロガンは答えなかったが、グレースは構わず続けた。

「あなた、友達いるの?」

「ビジネスに友達は不要です」

「そう。家族は?」

「プライベートな質問には答えません」

「恋人は?」

 ロガンの指が、キーボードの上で止まった。

「……それも、答える義務はありません」

「やっぱりね」

 グレースは肩をすくめた。

「あなたの人生、本当に悲しい」

 彼女はロガンのテーブルに、小さな砂糖の袋を3つ置いた。

「これ、あげる。あなたの心も、少しは甘くなるといいね」

 グレースはウィンクして、店を出て行った。

 ロガンは砂糖の袋を見つめた。それは子供じみた嫌がらせだった。だが、なぜか彼は、その袋を捨てることができなかった。

 彼はそれをポケットに入れた。


 翌日、ロガンは再び同じカフェにいた。そして、予想通り、グレースが現れた。

「また来たの? 本当に学習能力ないのね」

 彼女は今日も、ロガンのテーブルに近づいた。

「モンゴメリーさん、私を追い出したいなら、もっと効果的な方法があります」

「例えば?」

「法的手段です。私がここにいることが嫌がらせに当たると主張できます」

 グレースは笑い出した。

「あなた、本気で言ってるの? 私が法的手段を取ったら、あなたの方が不利になるのよ。メディアが喜ぶわ。『大企業のCEO、地元カフェから住民を追い出そうとする』ってね」

 ロガンは黙った。彼女は正しかった。

「ほら、やっぱり黙るのね」

 グレースは満足そうに笑った。

「あなた、計算高いけど、人間理解はゼロね」

 彼女は再びカウンターに向かった。だが今日は、コーヒーを受け取った後、ロガンのテーブルの向かいに座った。

「ちょっと!」

 ロガンが抗議しようとしたが、グレースは手を振って遮った。

「公共の場所でしょ? 誰が座っても問題ないわよね?」

 彼女は彼自身の言葉を使って反論した。

 ロガンは、初めて困惑した表情を見せた。それは一瞬だったが、グレースは見逃さなかった。

「あら、表情が動いた! あなたも人間だったのね」

「……何の用ですか」

「別に。ただ、あなたを観察したいだけ」

 グレースはコーヒーを一口飲んだ。

「あなたが私たちを観察するなら、私もあなたを観察する権利があるでしょ?」

 ロガンは何も答えず、再びラップトップに視線を戻した。だが、彼女の存在は無視できなかった。彼女の香り——何かフローラルな香水と、庭仕事の土の匂いが混ざったもの——が、意識を邪魔した。

「あなた、いつも一人なのね」

 グレースが突然言った。

「さっきから観察してるけど、誰もあなたに電話しない。誰もテキストを送ってこない。ビジネスの連絡だけ」

「それが何か?」

「寂しくないの?」

 ロガンの指が、再び止まった。

「寂しさは非生産的な感情です」

「感情は生産性で測るものじゃないわよ」

「では、何で測るんです?」

 グレースは少し考えた。

「幸福度、かな」

「幸福も主観的な概念です。測定不可能だ」

「測定できなくても、感じることはできるわ」

 彼女はロガンを見つめた。

「あなた、最後に幸せを感じたのはいつ?」

 ロガンは答えなかった。答えられなかった。

 グレースはため息をついた。

「やっぱり。あなた、本当に何も感じないのね」

 彼女は立ち上がった。

「私、あなたのこと嫌いだけど……同時に、ちょっと可哀想だと思う」

「憐れみは不要です」

「憐れみじゃないわ。ただの……観察よ」

 グレースは店を出る前に、振り返った。

「あのね、キャロルさん。人生は、スプレッドシートじゃないのよ。数字だけで生きていたら、いつか気付くわ。自分が何も持っていないって」

 彼女は去った。

 ロガンは、再び一人になった。

 だが今日は、なぜか集中できなかった。グレースの最後の言葉が、頭の中でループしていた。

 人生は、スプレッドシートじゃない。

 彼はラップトップを閉じた。

 そして、気付いた。彼女が置いていったコーヒーカップの横に、小さなメモがあった。

 明日も来るんでしょ? 一緒にコーヒー飲みましょうよ。敵同士でも、カフェインは共有できるわ。——G

 ロガンは、そのメモを見つめた。

 そして、生まれて初めて、笑いかけた。

 それは小さく、ほとんど見えない笑みだった。だが、確かにそこにあった。

 ロガンは慌てて表情を戻し、周囲を見回した。誰も見ていなかった。

 彼はメモを、昨日の砂糖の袋と一緒に、ポケットに入れた。

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