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第1175話

Auteur: 楽恩
だが、駿弥は陰ながら手を差し伸べていた。

もう少し様子を見るつもりだった。

まさか海人がここまで賢く、自分の正体をすでに把握しているとは思わなかった。

「そういうことなら、お言葉に甘えて」

お互い聡い者同士、余計な言葉はいらなかった。

海人は来依に小声で言った。「ちょっと電話してくる」

来依「行ってらっしゃい」

病室は再び静寂に包まれた。

来依が先に口を開いた。「桜坂さんはおいくつですか?ご結婚は?」

駿弥は正直に答えた。「まだです。いろいろと立て込んでいて、考える暇がありませんでした」

来依は海人が調べた資料を思い出した。

桜坂家はかつて大きな打撃を受けた。その混乱の中で、彼女自身が誘拐され、さらに問題が起きて紀香も手放さざるを得なかった。

駿弥はその時、両親を亡くしていた。

それでも彼は挫けず、努力して桜坂家を立て直し、今日の地位を築いた。

桜坂家にとって、彼は恩人とも言える存在だった。

「今はもう安定しているから、そろそろそういうことも考えていい時期ですね」

「ええ」駿弥の目元に、柔らかな笑みが浮かんだ。それはどこか人を惹きつける、危うい魅力を帯びていた。

「菊池夫人に良い方がいれば、ぜひご紹介を」

――つまり、妹が紹介してくれた相手なら、考慮に値するということ。

来依はその意味を汲み取り、笑みを浮かべた。「それなら、目を光らせておきます。そういえば、まだお歳を聞いていませんでした。もし私より年上でしたら、ご縁だと思います。しかも、私の妹を助けてくれた方ですし、お兄さんと呼ばせてください。不躾でなければいいのですが」

駿弥は一瞬驚いたように目を見開いた。

笑顔の裏に、驚きと動揺が見え隠れしていた。

「今年で……三十四です。菊池夫人は俺より若いでしょう」

来依は頷いた。「はい、私の方が二歳下です。では、これからは兄としてよろしくお願いします」

彼女の笑顔がさらに明るくなった。「お兄ちゃん、よろしくお願いします」

駿弥は思わずこみ上げる感情を抑え、引き締めた顎のラインのまま答えた。

「よろしく」

来依は紀香の手を取って言った。「私がお兄ちゃんって呼んだんだから、あんたも呼ばないと」

紀香も特に迷わず、駿弥に親しみを感じていたので、兄として迎えることに何の抵抗もなかった。

「お兄ちゃん、よろしくお願いします」
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