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第200話

Author: 楽恩
来依は、目をぱちくりさせて固まっていた。

「……うそでしょ?」

「ほんとに」

次に宏を説得して離婚届を出しに行けるのは、いつになるか見当もつかない。

それを考えると、またどっと疲れが押し寄せてくる。

私の気分が沈んでいるのを察して、来依が明るい声で言った。

「大丈夫だって。離婚なんて、一方が本気で望んでるなら遅かれ早かれ成立するよ。話し合いも終わってるし、あとは紙切れ一枚じゃん?もう離婚したも同然だと思っちゃいなよ」

私は笑って頷き、しばらく雑談をしたあと、ふと思い出して話題を変えた。

「……そういえばさ。伊賀来てないの?」

引っ越しの時に手伝ってくれたし、あのとき私が今度ご飯奢るねって言ったの、彼はちゃんと覚えてるはずだ。

たとえ住所を忘れてても、宏に聞けば秒でわかる。

来依はふにゃっと肩を落として、声を潜める。

「来てないよ。あの人、南の家にはそう簡単に来られないの」

「なんで?」

「だって……宏のことが一番怖いんだもん」

「……ああ……」

夕方。料理する気が起きなかった私と、壊滅的に料理下手な来依は、潔く出前に頼ることにした。

来依はごはんをつつきながら、スマホをいじったり、あれこれ話したり。

ふと、目を見開いたまま固まった。

「……なにこれ。あの母娘、役所で大ゲンカしてる動画、めちゃくちゃ拡散されてるんだけど!?」

「……え?」

私は箸を止め、彼女が差し出したスマホを覗き込んだ。

午後、役所で騒ぎになっていたあの時の映像を、通行人が撮ってSNSにアップしていたらしい。

その動画はあっという間にバズり、再生数はぐんぐん伸びていた。

何か裏で動いている勢力があるのか、江川家は必死に火消ししているようだが、抑えきれずトレンドの上位に浮上し続けている。

トレンドから削除しても、また次の投稿が現れる。

まるでモグラ叩きみたいに。

江城で、江川家にここまで真っ向から噛みつく勢力なんて、今まで見たことなかった。

コメント欄は炎上していた。

「え、やば……この継娘、元・風俗嬢ってマジ? 財閥ってほんとスキャンダルえげつないな」

「父と息子を制覇、母と娘も制覇って……えぐすぎて草」

「いやマジで理解不能。国民的彼氏レベルの江川宏がいて、なんで父親狙うの……? もう好みとかじゃないでしょ」

「でもさ、江川宏には奥さ
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