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第32話

Auteur: 結奈々
柚香は横目で彼女を見た。

真帆はまだ延々としゃべり続けていて、視線は前を向いたまま真剣だ。最後にはちゃんと柚香の意見を求めてきた。「で、あんたは受け入れられるの?」

「この個人コレクター、あなたのことでしょ」柚香はためらいなく見破った。けれど胸の奥では、こんなふうに支えてくれる友達がいることが、じんわりと温かかった。

真帆は顔色ひとつ変えない。「なに?」

柚香はこれ以上巻き込むまいと口を開いた。「遥真がもう言ってたの。あの指輪は、彼が首を縦に振らない限り誰も買えない。あの世界で、彼を敵に回してまで私を助けるのは、あなたくらいだって」

「ばっかじゃないの」真帆は強がって否定する。「他の人が怖がるだけで、彼の宿敵たちだっているんだから」

そう言い終えたその瞬間――

真帆のスマホに、次々と通知が飛んできた。

内容はどれも、カードが利用停止になったという通達だった。

そして最後に、「クソ親父」と登録された相手からのメッセージがあった。【カードは俺が止めた。さっき遥真さんから伝言があった。誰も柚香のことに手を出すな。さもないと桐谷グループは持ちこたえられん。しばらく必要なもんがあったら俺に言え。全部こっちでやる】

真帆「……」

柚香「……」

真帆は車を駐車場に入れ、まだあがいた。「これ、うちの親父のイタズラって言ったら信じる?」

「信じる」柚香は一拍置き、きっぱりと言い切った。「……わけないじゃん」

真帆の精神は崩壊寸前だった。

さっき自分が嘘をついていたのを柚香に知られようが、どうでもよくなって、スマホを掴むと父親に電話をかけた。

カード止められたら、柚香に二億なんて送れないじゃない!

柚香はすっと手を伸ばして、その電話を切った。

「ちょっと、なに」真帆はきょとんとした。

「もう十分すぎるくらい助けてもらった」柚香は表示されたメッセージを見て、遥真の意図を理解した。

――彼は、誰の力も借りずに立つことを自分に求めている。

「残りは、私が自分でなんとかする」

「どうやって?あれ、完全にあんたの逃げ道を断って、行き場をなくしたところで素直に戻ってこいってやり方じゃない。金の鳥籠に戻せるまでよ」真帆はすべて見抜いていた。「彼がわざとあんたを困らせてるって、分からないの?」

柚香にだって、わからないはずがない。

仕事探しを邪魔されたと
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