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第873話
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拗れた愛への執着: 結婚から逃げた総裁に愛された 第874話
「何があったの？」香織が尋ねた。峰也は息を整えながら答えた。「うちの人工心臓を使いたいという患者が現れたんです」香織は一瞬呆然とし、それから問い返した。「どんな人？」「先天性心疾患の患者です。人工心臓を使った人がいると聞き、自分も使いたいと言っています」峰也は熱い視線を香織に向けた。「これはチャンスです」香織もそれがチャンスだとわかっていた。「まずその患者が本当に心臓病かどうか調べて」元院長の事件以来、慎重にならざるを得なかった。人工心臓はまだ正式に認可されていないのだ。峰也は頷いた。「すぐに調べます」そう言うと、また慌ただしく去っていった。香織は病院で介護人を探すことにした。適任で優秀な人材を。値段は問題ではない。何人か面接して、ようやく決めた。佐藤は香織がわざわざ看護師を雇ったと知り、申し訳なさそうに言った。「私の病気のせいで、こんなにご迷惑かけて……わざわざ介護の方までお願いしてしまって……」「佐藤さん」香織は彼女の手を取って言った。「あなたがいなかったら、私は仕事にも行けなかったわ。今あなたが病気なんだから、私が面倒を見るのが当然だわ。でも研究所の用事があるから、看護師にお願いするしかなくて……私の気持ちも分かってるでしょ？だから、遠慮しないで」「でも聞いたら一日1万6000円もするんですって？高すぎませんか？普通は2000円くらいなのに」「高い方が安心できるから」佐藤は何も言うことができず、ただ感謝の気持ちが湧き上がった。香織が本当に自分のことを気にかけてくれているから、安くない金額でも良い看護師を探してくれたのだ。「ゆっくり休んで。私は研究所に戻るから、また後で来るわ」「お仕事に行ってください。ここには看護師がいるから心配いりません」香織は看護師に、何かあればすぐ電話するよう念を押し、自分の連絡先を渡してから研究所に向かった。研究所に戻ると、皆が人工心臓の件で盛り上がっていた。香織が来ると、スタッフが集まってきた。「院長、聞きましたか？どうしますか？」「上からの承認が下りていない以上、勝手に患者に使うことはできない」一同は黙り込んだ。もし元院長が亡くなっていなければ、それは生きた広告になっていたはずだ。そして、あの承認も、こんなに遅れること
拗れた愛への執着: 結婚から逃げた総裁に愛された 第873話
圭介は顔を上げた。そして、ゆっくりと雑誌を閉じると、静かに言った。「もう遅いよ。そろそろ寝ろ」そう言いながら、彼はキッチンへと歩いていった。香織はちょうど、食器を戸棚に並べ終えようとしていた。「まだ終わってないのか？」圭介が尋ねた。「もうすぐよ」最後の一組を棚に収め、扉を閉めると、彼女は大きく背伸びをした。腰がだるくて仕方ない。圭介が背後に近寄った。「ご苦労様」そう言いながら、彼女の腰に手を当てた。「揉んでやろうか？」「やめて、くすぐったい」香織は笑いながら彼を押しのけた。「どこ？」圭介は尋ねた。香織は本当に疲れていて、ふざける気力もなかった。「すごく眠いの」「じゃあ、寝ようか」圭介は彼女の唇に軽くキスし、「顔色が悪いぞ」と言った。香織の心が急にギュッと締め付けられた。彼女は冷静を装い、顔を揉みながら、「本当？」「うん」「たぶん、最近ちょっと疲れ気味だから……」そう答えながら、彼を軽く押して廊下に出るよう促した。「早く出ていって」「お義姉さん」愛美はまだ部屋に行っていなかった。香織は、彼女がどの部屋に泊まるのか分からないのだと思い、声をかけた。「右側の部屋よ」「知ってるわ。それより、まだ起きてたの？もうすぐ2時になっちゃうよ？」「台所を片付けてたの」香織は言った。「佐藤さんは？」「入院中なの」香織は簡潔に答えた。「そうか……だったら、もっと早く戻って手伝えばよかったのに」「何とかなったわ。私はもう寝るから、あなたも早く休みなさい」愛美は静かにうなずいた。香織がシャワーを浴び終え寝室に戻ると、ベッドサイドのテーブルに黒糖と生姜の飲み物が温かく用意されていた彼女は静かにベッドへ近づき、横たわる圭介を見ながら尋ねた。「これ、あなたが入れてくれたの？」圭介は軽くうなずいた。「温かいうちに飲んでね」香織はベッドの縁に腰を下ろし、カップを両手で包み込むように持ち上げた。「圭介……あの……娘がいなくても、後悔しない？」「息子がいるじゃないか」圭介は顔を上げた。「何を考えてるんだ？」香織は飲み物を一気に飲み干し、ベッドに潜り込んで彼を強く抱きしめた。「最近随分甘えてくるな」圭介は軽い調子で言った。香織は返事せず、ただ彼の胸に顔を
拗れた愛への執着: 結婚から逃げた総裁に愛された 第872話
香織が病院から戻ってからというもの、愛美の姿を見かけていなかった。もし戻っていたら、部屋に閉じこもっているはずがない。「まだ戻っていないみたい」香織が答えた。圭介は軽く頷いた。……愛美は越人を彼の住まいまで送り届け、車から降ろそうとした時、彼が言った。「ちょっと飲みすぎたみたいで、気分悪い……」愛美は車を止めると、降りて彼を支えながら家の中へ導いた。「ソファで横になって。酔い覚ましスープを作ってくるから」越人は彼女の手を掴んだ。「傍にいてくれればいい」彼は全く酔っていなかった。あの程度の酒では酔えない。元々酒に強い方なのだ。愛美も気づき、突っ込んだ。「わざと嘘ついたの？」越人は笑った。唇の端が軽く上がり、彼は愛美を抱き寄せ、強く彼女の腰を抱きしめた。「俺に会いに来てくれるなんて、本当に思ってなかった」彼女の姿を見た時、本当に驚いた。愛美は俯き、小声で呟いた。「愛はお互いのものよ。あなたがずっと一方的に頑張るわけにはいかない」越人は顎を彼女の肩に乗せた。「明日水原様に休暇をもらおう。君と一緒にM国で暫く過ごすから」「ダメよ」愛美は振り向いて真剣な表情で言った。「あなたはお兄さんを支えないと」越人は不満そうに唇を尖らせた。「『お兄さん』って随分馴れ馴れしいじゃないか」愛美は顔を上げた。「そうよ。血は繋がってないけど、名目上は兄妹だもの。彼も認めてくれたわ」越人はふと笑った。「じゃあ……俺って、上司の妹に手を出した男ってわけだ？」「今ごろ気づいたの？」愛美はわざとおどけて言った。だが、越人の表情はどこまでも真剣だった。「誠も戻ってきたし、今は彼のサポートもある。俺もずっと休みを取ってなかったし、この辺りの仕事もひと段落してる。彼が俺の仕事を引き継げば、少し時間を作れると思うんだ」愛美にはわかっていた。越人はただ、もっと自分と一緒にいたいだけなのだ。これまでずっと、彼の忙しさに不満を感じ、共に過ごせる時間の短さばかりを気に病んでいたのである。「いいの、本当に」彼女は越人の手を握り返した。「仕事をせずに私とべったりなんて、すぐに退屈するわ。私も向こうで仕事があるし、あなたにも仕事がある。普段は電話で連絡を取り合って、あなたに余裕ができたら会いに来て。私も時間
拗れた愛への執着: 結婚から逃げた総裁に愛された 第871話
香織は病室のベッドサイドで、佐藤が目覚めるのを静かに待ち続けていた。一時間経って、ようやく佐藤はゆっくりと目を覚ました。軽症だったとはいえ唐突な発病で、受けた手術の影響は思ったより大きかった。香織はそっと毛布をかけ直しながら声をかけた。「どこか具合が悪いところは？」佐藤は体の感覚を確かめ、力が入らない以外は特に不調もないようだった。「大丈夫です」「それならよかった」香織は言った。「家にはお母さん一人じゃ回らないでしょう」佐藤は言いながら起き上がろうとした。香織は布団を押さえた。「ちゃんと休まなきゃだめ。家のことは私がやるし、必要ならもう一人家政婦さんを雇う。とにかく、今は何も気にしないで、まずは病気を治すこと」佐藤はため息をついた。「病院でじっとしているなんてできませんよ」「安静が第一よ」香織はきっぱりと言った。「元気になってこそ、家のことを手伝ってもらえるでしょう？」佐藤は仕方なく横になった。「年を取ると、すぐ病気にやられるものですね」「CTの結果を見たけど、大したことないわ。薬を飲めば治るから、心配しないで」「心配なんてしていませんよ」佐藤は笑った。「さあ、お帰りなさい！家には誰もいないでしょう？私は一人で大丈夫ですから」だが香織には安心できなかった。それに、時間が遅くなってしまっていた。この時間帯ではまともな介護人も見つからない。思い悩んだ末、香織は峰也に電話をかけることにした。すぐに電話が繋がった。どうやら峰也は何かしらの情報を得ていたようで、電話を取るなり開口一番に言った。「警察が新日薬業を調査しているそうですね？大丈夫ですか？」「峰也……ちょっとお願いしたいことがあるの」香織は短く返事をした。「どうしました？何ですか？」峰也が聞いた。「プライベートなことなんだけど……迷惑じゃなければ」「言ってみてください」香織は少し申し訳なさそうに口を開いた。「身内が病気で、今病院にいるの。小さな手術をしたばかりで、一人にできない状態なの。朝まで見ていてくれない？朝になったら私が行くから」「わかりました」峰也は迷わず承諾した。「ありがとう！助かる……」峰也が到着すると、香織は帰宅した。恵子は香織の姿を見るなり、「佐藤さんは大丈夫？」と尋ねた。
拗れた愛への執着: 結婚から逃げた総裁に愛された 第870話
憲一の体が少し硬直した。しばらく沈黙が続いた後、低い声で言った。「大丈夫だよ」彼は車のドアを開けて、車に乗り込んだ。「それで」香織は車のドアに手をかけ、しばらく悩んだ末に言った。「諦めてね」憲一は彼女を見上げ、悲しげに微笑んだ。「もう諦めたよ」香織は何か慰めの言葉をかけようとしたが、適切な言葉が見つからなかった。「他にもいい女性はたくさんいるわ」「もっと良い人に巡り会える」そんな陳腐な言葉しか浮かばない。もっと良い人はいるかもしれない。だが、もっと好きになれる人がいるだろうか？一番難しいのは、本当に好きな人に出会うことだ。「大丈夫だよ、心配しなくていい。俺はそんなに弱くないんだ」憲一はエンジンをかけた。「戻れ」そう言うと車は走り去った。香織はその背を見送り、なぜか今の憲一が切なく思えた。突然、肩に手が置かれた。振り向くと、圭介が立っていた。「彼、かなり辛そうね」香織が言った。「他人のことには、あまり心を使わない方がいい」そう言うと、彼は彼女を抱きしめて家に向かわせた。「食事が終わったら、彼を訪ねてみて」香織は言った。「分かってる」憲一が短い時間しか居残らなかったとはいえ、場の空気はすっかり沈んでいた。箸が器に当たる音だけが響く中、越人が静寂を破った。彼はお酒を注ぎ、明雄にグラスを差し出した。「遠いところから来てくれて、ありがとう」「とんでもない。今は交通も発達してるし」明雄は答えた。「とにかく、由美さんが院長の毒殺に気付いてなければ、こんなに早く解決しなかっただろう」越人の厚意を明雄が断ることはできず、二人は数杯の酒を飲んだ。食事が終わり、みんなは帰路についた。香織は由美を車まで見送り、家の運転手にホテルまで送らせた。越人は車で来ていたが酒を飲んでいたため、愛美が運転した。「お義姉さん、部屋用意しといてね。彼を送ったら戻るから」「わかった」圭介も出かける様子だった。おそらく憲一のところへ向かうのだろう。彼は自分で運転しようとしたが、香織は許さなかった。「鷹に運転させなさい。私は今夜出かける予定ないし」「わかった」結局、鷹が運転することになった。香織は屋内に戻り、食器の片付け
拗れた愛への執着: 結婚から逃げた総裁に愛された 第869話
「由美はそっちにいるのか？」憲一は問い詰めた。「憲一、やめてよ……」香織は席を立ち、ダイニングから出た。「騒ぎを起こしに来たんじゃない。もし騒ぎを起こすなら、あの時ホテルでやっていただろう、今のように待つことはない。君も知ってるだろう、由美はあの男と良い関係なんだ。俺が何をしたところで、彼らの関係は揺るがない。君がそんなに怖がる必要はない」「でも由美は妊娠しているし、あなたが彼女の子供を傷つけたり、生活を邪魔したりしないか心配だわ……」香織は言った。「由美はそっちにいるな？今から向かう」憲一は彼女の言葉を遮り、一方的に宣言した。「憲一……」香織が眉をひそめると、電話は既に切れていた。すぐに掛け直したが、憲一は出ようとしなかった。焦りに駆られた香織は、このことを由美に伝えるしかないと考えた。どうするか相談するためだ。彼女は由美にメッセージを送った。[憲一が来るみたい]由美はメッセージを読み、リビングの方を見て返信した。[大丈夫よ]由美がそう言うのなら、心の準備も対応策もできているのだろう。香織は食卓に戻り、笑って言った。「ごめん、病院から電話があって……」話しながら、彼女は由美をちらっと見た。由美は彼女に料理を取り分けながら言った。「安心して」香織は彼女を見つめ、「うん」と返した。由美は緊張しておらず、憲一が来ることで動揺している様子もなかった。しかし、香織は明雄が誤解しないかと心配だった。食事はびくびくしながらのものになった。どの料理も美味しいはずなのに、彼女には味がしなかった。圭介は彼女の異変に気づき、スープをよそって彼女の前に置いた。「何を考えているんだ？」圭介は慌てて気を取り直し、首を振った。「何でもないわ」ちょうど器を手に取ったその時、玄関のベルが鳴った。佐藤がドアに向かうと、香織は立ち上がった。「私が行くわ！」玄関でドアを開けると、そこには憲一が立っていた。「一体何がしたいの？」憲一は笑い、彼女の詰問を無視して横を通り抜け、中へ入った。彼の登場に、食卓は微妙な空気に包まれた。越人も立ち上がった。トラブルを起こされないかと警戒していた。「俺たちは友達じゃないのか？食事に呼んでくれないなんて」
拗れた愛への執着: 結婚から逃げた総裁に愛された 第868話
圭介が越人を連れて帰宅した。ここ数日の忙しさで、越人は愛美に送るメッセージも減っていた。事件が解決した今、彼はM国へ向かうつもりだった。しかし圭介に「今日は客が来るから付き合え」と止められ、延期せざるを得なかった。彼はソファに座り、愛美にメッセージを送った。[明日会いに行くよ、夜の便を予約したから]愛美は次男と遊んでいる最中だった。携帯の振動で画面を見ると、越人からのメッセージに思わず笑みがこぼれた。[忙しいんだから来なくていいわ。私なんかより仕事が大事でしょ]越人は眉をひそめた。[怒ってるのか？][そうよ]その時、愛美は次男を抱き、こっそり越人の背後に回り、耳元に息を吹きかけた。越人は驚いて飛び上がった。「誰だ――」誰がこんな冗談を？愛美だと分かると、彼は目を大きく見開いた。「君、いつ帰ってきたんだ？」「たった今よ」越人は鼻をこすった。「本当に怒ってるのかと思って……肝を冷やしたよ」「でも、まだ元気そうじゃない」愛美は言った。越人は彼女に近寄った。「ふざけるなよ」彼は次男を受け取りながら耳元で囁いた。「俺に会いに来てくれたのか？」「……うん。忙しいのは分かってるから……私から会いに来たの」越人の胸が熱くなった。手を繋ぎたい、抱きしめたい――だがこの場所では我慢するしかなかった。キッチンではまだ準備が続いていた。圭介はリビングにいても邪魔だと感じ、香織の後をついて盛り付けを見守った。香織の料理の腕前は大したことなく、佐藤がメインで、彼女と恵子がアシスタントを務めていた。「キッチンが広くてよかったわ。じゃなかったらみんな入りきらないから」香織は言った。圭介は気にしていない様子だった。「もうほとんど終わったよ、外に出てて！」恵子は香織に言った。「後は任せてください」佐藤も同調した。手元の仕事を終えると、香織は圭介の手を引いてキッチンを出た。リビングには誰もいなかった。外を見ると、みんな庭で遊んでいた。圭介は次男を抱えてきた。越人と愛美は長い間会えていなかった。せっかくの二人きりの時間、子供に邪魔されるわけにはいかない。「庭 広いのよ。後ろには佐藤さんが花木を植えていて、今ちょうど花が咲いているから、見
拗れた愛への執着: 結婚から逃げた総裁に愛された 第867話
香織は驚きながらも、彼女を家に招き入れた。「いつ戻ってきたの？」「今、飛行機から降りたばかりなの」愛美は答えた。愛美は香織家の中をちらりと見て言った。「お客さんがいるのね」香織は彼女を中に引き入れ、紹介した。「由美、私の親友よ。こちらは田崎さん、警察よ」愛美は軽く頷いた。「こんにちは」由美も微笑んで応えた。あの事件以来、彼女は以前のような活発さはなくずっと静かな性格になっていた。「久しぶりに戻ってきたから明雄に街を案内したいの」由美は立ち上がって言った。家に客が来たのを機に、退出する口実にしたのだ。香織は愛美の突然の帰郷に何か事情があるかと思い、了承した。彼女は自ら由美を見送り、腕を組んで言った。「夕食は家で食べてね。戻ってきてから、ゆっくり話せていないから」「ええ」由美は承諾した。香織は家の運転手をつけるよう手配した。移動の便を考えてのことだ。「妊娠中なんだから、運転手についていてもらいなさい」香織は言った。「じゃあ遠慮なく」由美は受け入れた。「あなたはどれだけ助けてくれたと思ってるの？私だって遠慮してないわ」香織は言った。車のドアを閉めて見送り、彼らが去るのを確認してから、ようやく屋内に戻った。「何か飲む？」香織が尋ねた。愛美は確かに喉が渇いていた。「何がいい？」「ジュースでいいわ」愛美は答えた。香織は冷蔵庫にあった佐藤の手作りジュースを注ぎ、自分は黒砂糖湯を淹れた。ソファに座り、彼女は愛美を見つめて言った。「越人に会いに戻ってきたのね？」愛美は少し俯いた。「彼、最近忙しいみたいで……会いに来ただけなの」香織はカップを握りしめた。温もりを感じるはずの手のひらが、なぜか冷たく感じた。愛美に対する罪悪感は、おそらく一生消えないだろう。越人が最近忙しいのも、きっと自分のせいだ。自分はいつも人に迷惑をかけている……「どうかしたの？」愛美が彼女の沈んだ様子に気付き尋ねた。香織は慌てて首を振った。「何でもない、ただちょっと考え事に夢中になってただけよ」彼女は愛美のそばに座り、その手を自分の手のひらに包み込んだ。「あなたと越人が仲直りできて、本当によかったわ」愛美は唇を噛みしめた
拗れた愛への執着: 結婚から逃げた総裁に愛された 第866話
憲一は同行しなかった。彼にも自尊心があったのだ。由美があんな風に言ったのに、まだ後を追うのは自分が惨めに見えるだけだと思った。いったい自分は、何に執着しているのだろう？彼女はすでに新しい人生を歩んでいるというのに。彼は由美と明雄が繋いだ手を見つめ、ふと自嘲的な笑みを浮かべた。今日の自分の行動は、彼らから見れば滑稽に映ったに違いない。憲一はホテルを後にし、車で立ち去った。彼女が幸せならこれ以上干渉すべきではない。祝福することが、せめてもの償いになるだろう。……香織と由美は自宅で落ち合った。佐藤がハーブティーを淹れてくれた。双は相変わらずトランスフォーマに夢中で、庭で遊んでいた。次男は眠っているので、家は静かだった。「進展はどう？」由美は単刀直入に聞いた。香織は圭介に詳しくは聞いていなかった。だが昨夜遅くまで外出していたことから、おそらく対応中だろう。「すぐ解決すると思う」香織は由美を見つめて聞いた。「急いで帰るの？」「いいえ」由美は首を振った。「あなたの件が片付くまでいたいわ。そうでないと心配だから」恵子が切ったフルーツを持ってきて、由美の前に置いた。「妊婦はもっとフルーツを食べなさい、赤ちゃんの肌がきれいになるわよ」由美は顔を上げて笑った。「はい」恵子は彼女の手を取って言った。「本当に良かったね。結婚して、今は赤ちゃんもいる」由美は微笑んだ。恵子は明雄に向き直って言った。「由美はいい子よ。絶対幸せにしてね。もし傷つけるようなことがあったら、私が許さないから。母親もいない、父親も無責任で、実家のない子だからって甘く見ないでちょうだい。私も香織も、彼女の実家のようなものよ」明雄は由美が妊娠中でありながら香織を助けるために帰ってきた理由がわかった。どうやら、二人の関係はただの友達ではないようだ。彼は由美にこうした友人がいることに安心し、微笑みながら言った。「ご安心ください。もし私が彼女をいじめたら、あなたに殴られても絶対反撃しませんから」「その言葉、覚えておくわ」恵子は言った。由美は鼻がツーンとした。嬉しいはずなのに、なぜか泣きそうになった。彼女はそれを抑えようとし、笑顔を作った。恵子は由美の頭を撫でな
