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第6話

Author: Hayama
last update Petsa ng paglalathala: 2026-04-23 12:00:00

車に揺られながら実家へと向かう道のりは、やけに長く感じられた。

玄関の前に立つと、胸の奥がざわめき、手が震える。

ドアノブに触れる指先は冷たく、開ける瞬間をためらう。けれど、深く息を吸い込み、意を決して扉を押し開けた。

足を踏み入れると、リビングのソファーに母が座っているのが目に入る。

「お母さん…」

母の姿を目にした瞬間、胸の奥に押し込めていた感情が一気に溢れ出す。

背もたれに身を預ける姿はどこか疲れ切っていて、私の視線を受け止めると小さく肩を震わせた。

「ひより…ごめんなさい」

母の声は弱々しく、罪悪感に満ちていた。

借金のこと、働いていたこと。すべてを抱え込み、私に打ち明けられなかった苦しみがその一言に凝縮されているように感じられた。

私は胸が締めつけられるような痛みを覚え、母の孤独を思い知らされる。

「どうしてあそこに、それより、どうして亮介にお金を借りたの」

問いかけながらも、声は震えていた。責めたい気持ちより理解したい気持ちの方が強かった。

「それは…あの時は、大金が必要だったの。でも、どうして亮介くんが他の令嬢と婚約を?」

母の答えは苦しげで、過去の事情を思い返すように途切れ途切れだった。必要に迫られての選択だったことは理解できる。

だけど、よりにもよって亮介に頼むなんて…。

きっと耳障りのいい言葉に惑わされて、騙されてしまったんだ。

「……私も分からない。理由なんて教えてくれなかった」

私との関係をただの遊びだと思っていたことは分かっているけど、それを母に伝えることはできなかった。母をさらに傷つけることになるから。

「それなら一体なんのために…」

その声には、深い戸惑いと悲しみが滲んでいた。

「え?」

私は思わず声を漏らした。母の問いかけは予想外で、心の準備ができていなかった。

「お父さんがいれば、こんなことには…。力になれなくてごめんなさい」

母の声は震えていて、過去への悔恨と現在への無力感が滲んでいた。

「そんなことない。私は、お母さんに支えられてきた。だから次は、私の番」

自分の選択が正しいかどうかは分からない。それでも、こっちの未来の方がマシだと思うから。

「どういう意味?」

母の瞳は揺れ、私の答えを恐れているように見えた。

「私…婚約することにしたの」

「もしかして...篠原智哉と?」

そうか、さっきのキスシーンを見られていたのか。何も知らない人の目にはどう映っていたのだろう。

「そうよ」

その言葉を口にした瞬間、空気が重く沈んだ。

母の表情はさらに強張り、信じられないという思いが濃くなる。

契約結婚の話はしない方がいいだろう。母にとってあまりにも冷たく、娘の幸せを奪うものにしか聞こえないのだろうから。

私自身も、この選択が幸せに繋がるとは思っていない。けれど、母を...いや、自分を救うためには犠牲が必要だと信じていた。

「 あの人がどんな人なのか、ちゃんと知っているの...?」

母の声はかすかに震え、理解できないものに直面した恐怖が滲んでいた。

噂では、 望みを叶えるためなら手段を選ばない人だとされていた。きっとその噂も、事実なのだろう。

だからこそ母は、私の未来を案じ、心の底から不安を抱いている。

「知ってる。けど、彼といると幸せになれるから」

自分に言い聞かせるように言葉を紡ぐ。

母を救うため、借金をなくすため、亮介に見下されずに生きるため。

すべてを元通りにするための唯一の方法だから。

未来は見えない。それでも、選んだ道を正当化するしかなかった。

そう母に言い切った瞬間、家の玄関が乱暴に開かれる音が響いた。

心臓が跳ねる。

母と二人で築こうとした決意の場が、無理やり踏み込んでくる存在によって壊される。

誰が来たのかは分かっていた。

「一体どうなってるんだ……!」

荒々しい声と、床を打つ足音が恐怖を増幅させる。

怒りに満ちた亮介の姿は、まるで嵐のように場を支配していた。

母の肩が震え、私の手も冷たくなる。けれど、私はもう怯えているだけではいられない。

「あなたには関係ないわ」

声を絞り出すと、胸の奥に小さな勇気が芽生えた。

亮介の怒りをさらに煽ることは分かっていた。

けれど、その怒りを正面から受け止めることで、自分の決意を試されているように感じた。

「なんだと!?」

私は唇を噛みしめ、怯えを押し殺した。

「今すぐここから出ていって」

「あいつは血も涙もない男だ。お前なんか、二週間も生きられないぞ!」

彼の声には怒りだけでなく、嘲りが混じっている。まるで私の未来を断ち切るかのような宣告だった。

「それ以上騒ぐなら、智哉さんに連絡するわよ」

智哉という言葉は、亮介にとって脅威であり、私にとって唯一の盾だった。

彼は一瞬、言葉を失ったように私を睨みつけた。けれど、やがて舌打ちをして視線を逸らす。

「……いいだろう。好きにしろ」

その声には力がなかった。彼はもう私を支配できない。

そして乱暴に玄関の扉を開け、足音を響かせながら外へ出ていった。

重苦しい支配の影が去り、残された家の中には静けさが広がる。

母の小さな息遣いが背後から聞こえ、私はようやく肩の力を抜いた。

震える手を胸に押し当て、心臓の鼓動を確かめる。恐怖はまだ残っていたが、確かに一歩前に進んだのだと感じられた。

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