LOGIN-④残酷な破壊と手紙-
守や結愛たちが教室で最初の補習の準備をしていると、クラブハウスや校内の部室から私物をさせてきた「元」部員達が続々と帰ってきた。荷物が多い生徒や少ない生徒、中には高価な宝飾品を持っていたものもいた。結愛が宝飾品に反応していたので多分本物だろう、どこのブランドの物かは想像もできないがかなりの高級品そうだ。必要なのかどうかは正直分からないものが正直な気持ちでこれらを先生たちが見たらどういう反応をするのだろうか、特に湯村先生が。
「以前」湯村先生には毎日決まって同じ食堂に食事を取りに行く習慣があった。自由な校風だったため、昼食を校外に食べに行っても大丈夫だった。守や琢磨もその食堂でちょこちょこ食事を行っていたので先生の事をよく見かけた。湯村先生本人は毎回同じメニュー「小ご飯とみそ汁」のセットをしみじみと噛みしめながら食べていた。小さめのお茶碗1杯のご飯と優しいお出汁の味が嬉しい温かなみそ汁。具材は豆腐と若布(わかめ)。そして店主自家製のお新香が付いて180円という価格。毎日そのセットを食べていた、ただ本人たちの給料日にはたまの贅沢にとポテトサラダや白身魚のフライといったおかずを一品食べる様にしていたらしい、本当にとてもうれしそうな表情をしながら。ただ、左手の薬指に指輪をしているので結婚はしているらしい、奥さんは忙しい人なのだろうか。もしくは高校生のおこづかい程度の価格で食事が提供されるこのお店で食事をしなければならない位厳しくされているのだろうか。しかし、詮索はよしておこう、いくら何でも本人が可哀そうだ。
さて、そんな湯村先生が先程の宝飾品を見ると自分が教師であることを忘れる位の気持ちになってしまうのは明白。守たちも呆然と立ち尽くしていた。いよいよ義弘が言っていた「1時間後」が来ようとしている。
まだ守たちは結愛を完全に信用している訳ではなかった。性格から見て結愛や海斗は義弘に反発している様だがやはり2人は貝塚財閥側の人間、いつ義弘側についてもおかしくはない。
守「お・・・、お嬢様?」
結愛「ああ、結愛でいいよ。」 守「じゃあ・・・、結愛?一つ聞きたいんだけど。」 結愛「何だよ。」 守「俺たちはどうやって結愛の事を信用すればいいんだ?仮にも貝塚財閥の人間だよな、出来れば信用できるように誠意なものを見せて欲しいんだが。」 結愛「そうだな・・・、じゃあ2つ見せるわ。」 守「2つ?」 結愛「とりあえずこっちに来てくれ。」全員を教室の一番後ろの監視カメラの下に集めると手元の工具入れから金槌を取り出し、カメラに向かってジャンプした。
『がっしゃーーーん!!』
結愛は全員の目の前で監視カメラを破壊してみせた。配線もついで感覚で綺麗に切っている。
結愛「それと・・・。」
結愛は全員の前で衣服を脱ぎ捨てた。下にはまさかの守たちと同じジャージを着ている。ただ番号が記載されていないが。
結愛「これじゃ駄目か??」
全員「十分だぜ結愛、歓迎するしこれからもよろしくな!!信用するぜ!!」 遂に「1時間後」が来た。クラブハウス前に停車していた重機が動き出した。どごんという大きな音を立てクラブハウスを破壊していく。何名かは涙を流していた。ただ、「元」運動部ではなかった生徒達も涙を流している。琢磨が訳を聞くと泣いてた生徒が震えながら音楽室の方を指差した。女生徒「あれ・・・、あれ・・・、見える・・・?」
音楽室の窓が全部割られそこから炎が噴き出ている。よく見れば他の実習室等も同様に破壊されている。他のクラスから何人もの生徒が叫びながら走ってきた。
男生徒「大変だーーーー!!」
結愛「おい、落ち着けよ、大丈夫かよ!!」 男生徒「あの理事長どうなってんだよ、体育館まで破壊しやがったぞ!!」すると・・・、
海斗「大変だ、皆大丈夫かー?!結愛、無事かーーー?!」
結愛「兄貴!?どうなってんだよ!?」 海斗「俺もわかんねぇよ、訳わかんねぇよ!!」何気に海斗もジャージを着ている、どうやら結愛同様疑われたらしい。守たちは何となく申し訳なく思った。
守「お前らの親父って・・・。」
結愛「ああ、目的を達成するならどんなことでもやるんだ、ただまさかここまで・・・。」 海斗「維持費(経費)の削減かよ・・・チィッ!!」 圭「でもあいつ一人でここまで??」 海斗「いや多分・・・。」 貝塚兄妹「黒服だ!!みんな逃げろ、あいつらはどこまでも残忍だ!!最低でも俺たち2人は味方だ、危害を加えるつもりはない、お願いだから急いで逃げてくれ!!」全員、校舎の外に逃げると、部室系統のあった建物のみが全焼し、各クラスの教室のある建物のみが残されていた。男女関係なく生徒は皆泣いている。そんな生徒達をよそに校舎からチャイムが鳴り響く。そして生徒指導の飛井(とびい)の怒号が響く。
飛井「早く教室に入れ、すぐに補習が始まるぞ、補習は全員参加、出席率が低いと留年もあり得るから覚悟しろ!!」
あんな火災の悲劇があったというのに先生たちは平気なのだろうか、まだ立ち直れない生徒もいるが全員校舎へと入っていった。その日の補習は本当に夜9:00までずっと続いた、焼け跡はそのまま残っていて酷いの一言だ。ただ補習が終わった頃には結愛の衣服は元通りに戻っていた。本人曰く、その恰好でないと家に入れないのだという。
結愛「俺と兄貴がジャージ着てたの内緒にしてくれるか?親父は何故かジャージが嫌いなんだ。」
どうやら貝塚邸は無事らしい。多分義弘の予定通りなのだろうが。
守「分かった、帰るか。」
全員、各々の家路についた。 守の家は学校から歩いて15分程のところにあり、寄り道や買い食いをしてもすぐに帰る事ができた。隣には圭の家がある。圭「じゃあね。」
守「うん、お疲れ。」二人とも家に入った。
守「母ちゃんただいまー、ずっと何も食ってないから腹ペコだよー、晩飯何ー??」
クタクタになった守に母・真希子(まきこ)が冷たく言い放った。
真希子「何言ってんのよ、あんた。こんな手紙が来たのに用意している訳ないじゃないの。」
守「手紙・・・?」守は真希子から「貝塚学園高校」の文字が書かれた封筒を受け取り、中の手紙を取り出して読んだ。
守「嘘だろ・・・。」
守は手紙をストンと落とした。
保護者様各位 貝塚学園高校理事長 貝塚財閥 代表取締役 貝塚義弘 学校名の変更と新理事長就任のお知らせ拝啓 春暖の候、皆様ますますご清栄のこととお喜び申し上げます。さて、突然でございますが、これからは貝塚財閥で西野町高校を管理させて頂く事になり、代表取締役である私貝塚義弘(かいづかよしひろ)が務めさせて頂く形となりました。これからは我々がお子様の勉学を支えさせて頂きますのでよろしくお願い申し上げます。簡単ではございますがご挨拶とさせて頂きます。
敬具
まさかの形式ばかりの手紙が入っており、守は鼻で笑った。ただ、もう1枚手書きの物をコピーした簡単な手紙を見つけた。それにはこうあった。
お子様の勉学の時間を確実に確保すべく、また脳の回転を確実に速い状態で保つため、お子様には一切の食事を与えないで下さい。脳の回転は満腹時より空腹時の方が良いとされています、そして1秒でも長く勉学の時間を確保するためにご協力をお願い申し上げます。
守「マジかよ・・・。」
真希子「凄い方が理事長になったんだね、私はあんたや彼に協力するから頑張るんだよ。」守は諦めて入浴することにした、そして鞄に手を伸ばす。中には美味そうなお菓子が数個入っていた。どうやら結愛が家から持ち出して皆の鞄に入れてくれたようだ。「少なくて申し訳ないが食ってくれ」との一言書いたメモと一緒に。
守はそのお菓子を噛みしめる様に食べた。部屋の窓からは圭の部屋が見える。どうやら圭も同じ状態になったらしい守は確信した。「結愛は信用できる」、と。
-75 山中での惨劇- 真美は豊に感謝の意を伝える為、恩人の目の前にある瓶ビールを手に取りグラスに注ぎ始めた。豊「いつ振りかな、真美ちゃんに注いでもらうのは。」真美「確か私が中学生だった時以来だったと思います。」 そう、丁度真美が豊の部屋に入り浸って経済学の本を読み漁っていた頃だ。真美は学校が終わるとまっすぐ松龍へと向かい、居住スペースにある豊の部屋で宿題を終わらせてから夜までずっと経済学の本を読み、夜になると晩酌をする豊と経済学について語り合っていた。豊「本当、顔が生き生きしていたよな。俺が読んでいない所も読んでたから話に追いつくのが大変だったよ。」 ただ豊は楽しそうに話す真美を見て懸念している事が有った、自分の所為で真美が1人の女の子としての人生を楽しめていないのではないだろうかと。その証拠に、いつもの事だが真美の服装は真帆に比べて質素な物だった。豊「真美ちゃんはファッションとかには興味が無いのかい?」真美「あんまり無いですね、どれだけ着飾っても自分は自分なので。」 真美はそのままの意味で言ったつもりだったが、豊には意味の深い言葉に聞こえた。それと同時にあの頃の自分は無理し過ぎていたのではないかと悟った。 豊が阿久津組にいたのは、元々は自分の意志ではなかった。幼少の頃、母と豊が手を繋ぎ買い物に出かけていた時の事だ。2人は何者かの手により突然黒のワンボックスに押し込められた。窓からの光が黒のカーテンで遮られ、真っ暗な車内で豊は泣きわめいていた。犯人「うっせぇぞ、殺されてぇのか?!」 自らも苦しみながら、母は豊を守ろうとした。母「お願いです!!この子の命だけは奪わないで下さい!!」犯人「そうかい、じゃあその通りにしてやるよ。」 犯人がそう言うと車は急停止してスライドドアが開いた、人気の無い静かな山中だった。犯人「出ろ。」 母が犯人に引きずり出され地面に落ちてしまった瞬間、犯人の撃ち放った銃弾が母の心臓を貫いた、即死だった。犯人はその山に母の遺体を捨ててしまった、豊の目の前で。 その数分後の事だ、銃声を聞いた数人の男達が駆けつけて来た。その中の1人が犯人に怒鳴った。男「お前は三井組の・・・、堅気の人に手ェ出すなって言われなかったのか?!」犯人「お前は阿久津組の・・・、関係ねぇやつは引っ込んでろ!!」 そう、偶然にもその場に駆
-74 キス魔だらけの再会- 友人の恩人と自らが亡くした母との思い出話によりその場が和やかな雰囲気に包まれる中、真帆はいつもは聞けない質問を酔った勢いで投げかけた。ただ本人にとっては結構重要で、そして不安になっている案件だった。真帆「ねぇ守、真帆は好美さんの代わりになれてる?」 守は呑みかけたビールのグラスから口をゆっくりと離して答えた。守「好美の代わりは誰にも出来ないよ、それに真帆は真帆じゃないか。」真帆「やっぱり守にとっての1番は好美さんなんだね・・・。」 少し寂しそうな表情を見せる真帆、ただその表情を見ても守は否定できなかった。守「俺は人に順位を付けたくないだけなんだ、唯一言える事は俺は好美と同じくらい真帆の事が好きだって事だ。」真帆「嬉しい・・・。」 真帆は突然大粒の涙をぼろぼろと流し出した、付き合い始めてからずっと守に愛されている実感が湧いていなかったのだ。真帆「ねぇ・・・、今すぐキスしていい?」守「う・・・。」 彼氏に答える間も与えずに真帆は持っていた小皿をテーブルに置いて守に口づけた、その光景を見た豊は顔を赤らめながら周りを見回した。すると・・・。豊「おいおい、ここはキス魔だらけですか?」王麗「この子たちが集まるといつもこうなんだよ、許しておくれ。」 そう、他のカップル達も濃厚な口づけを交わしていた。折角の料理が冷めてしまいそうだった。豊「ちょっと俺、トイレ行こうかな・・・。」 数分後、トイレから出た豊は再び顔を赤らめさせた。龍太郎「初めてこの光景を見た奴は大体そうなるんだよ、俺達はもう慣れたけどな。」豊「これに慣れる・・・、事があるんですか?」龍太郎「もう日常茶飯事ってやつだ、こいつらは恋人同士で集まると周りが見えなくなっちまうんだよ。」王麗「恥じらいって言葉を知らないのかね、もう何の抵抗もないみたいなんだよ。」 王麗は熱燗にした日本酒をグラスに注ぎ入れてチビチビと呑み始めた、肴は炙って七味マヨネーズを付けたスルメイカの干物だ。本当に中国人なのだろうか。王麗「でもね、この子達のお陰で警察の人間でありながら細々と中華屋の人間として働くだけだと思っていた生活が一層楽しくなったのも事実なんだよ。今思えば色んな出来事が有ったね、笑った事も泣いた事も。」豊「そうですか、この子達のお陰でどんな事でも楽しく笑える様
-73 故人の恐怖- 美麗にとって「第2の父」と言っても過言ではない存在の豊からの祝杯により祝福ムードが漂う松龍の片隅で守は1人、紹興酒の入ったグラスを揺らしながらほくそ笑んでいた。真帆「どうしたの?」守「いや、何でも無いよ。ただ、この光景を母ちゃんが見たら喜ぶだろうなと思ってな。」真帆「喜ぶに決まってんじゃん、皆決して悲しそうにしていないもん。遺書や手紙の通り、笑ってるから真希子おばさんも安心してくれていると思うよ。」 守の言葉が聞こえたのか、豊は本来どうしてここに皆が集まっているのかを疑問に思い始めた。豊「あの・・・、龍太郎さん。本当は違う目的でここに皆ここに集まっているんじゃないんですか?」龍太郎「ああ・・・、本当はな。ちょっといつもの裏庭に来いよ。」 龍太郎は男同士で話したい時は必ず裏庭を使う、これは豊が松龍で働いていた時から変わらない事だった。出てすぐの場所にあるいつものベンチで2人は瓶ビールを呑み始めた、1人1本という贅沢なラッパ飲みだ。龍太郎「これやっていつも母ちゃんに怒られてたっけな、懐かしいよ。」豊「確か・・・、紫武者(パープルナイト)の真希子さんにも怒られてましたよね。2人が揃うと怖かったな・・・、確か黒と紫の特攻服を着てた時もありましたよね、また見たいな・・・。」龍太郎「もう・・・、見えないんだよ・・・。」豊「じゃあ・・・、まさか・・・。」 龍太郎から今宵、皆が真希子を偲んで集まっていた事と座敷で紹興酒を呑んでいた守が真希子の息子だという事を説明されると豊は小走りで守の座る座敷へと向かった。豊「お母さんの事聞いたよ、大丈夫かい?」守「はい、もうこの通りですし自分にはご覧の通り沢山の仲間がいますので大丈夫です。」真帆「それに守には真帆もいるもんね。」守「ああ、そうだな。」 隣で笑う真帆の顔を見て安心した表情を見せる守の空いたグラスにゆっくりとビールを注ぐ豊。豊「俺な、昔暴力団から足を洗った時にここで働いてたんだけどその時君のお母さんによくお世話になっていたんだよ。」守「確か・・・、渡瀬 豊さんでしたっけ?」 美麗と安正の話を聞いていたので豊の事は少しだけだが理解していた。豊「うん、お母さんと当時刑事だったここの女将さんがバディを組んで警察としての捜査を行っていた事は知っているね?」守「はい、母が亡く
-72 涙を誘った思い出の味と報告- 祭りの熱気が冷める事を知らない中、屋台の裏で煙草を片手に豊は語り続けた。豊(当時)「俺は龍太郎さんの案内で美麗ちゃんの住む店に行った、ただ財布も持たずに飛び出したから一文無しだったんだが。そんな俺に龍太郎さんは笑顔でこう言ってくれたよ。」龍太郎(回想)「近くの肉屋と共同で作ったうちの人気商品なんだが作り過ぎて余ったんだ、良かったら食ってくれ。お前の事は俺が何とかしてやるから、金の事とかは気にすんな。」豊(当時)「あの時食った「よだれ鶏」とふっくらと炊き上がった銀シャリの味と香りは今でも忘れないよ、それをきっかけに俺は暫くの間松龍に住み込みで働く様になったんだ。その時、ちょこちょこ美麗ちゃんと外で遊ぶようになったんだよ。」美麗(当時)「私が格闘技を習ったきっかけもこれ。」豊(当時)「それから俺は龍太郎さんの知り合いを通じてこの屋台の仕事を紹介して貰ったんだよ。」 美麗の心温まる話を聞いた真帆がずっと泣いている中、松龍の出入口から懐かしい声が。声「お邪魔します、皆元気にしているかな?」 そこにはあの時と同じで優しい顔をした豊がいた。美麗「豊さん!!」 美麗は思わず飛び出した、まるで子供の様に懐かしい顔に抱き着いた。後から安正も会釈しながら顔を合わせ、店内は温かな雰囲気に包まれた。真帆「もしかして、さっき話に出た豊さん?」美麗「うん、私の恩人の豊さんだよ。」 座敷で顔を赤らめながら自分の名前を呼ぶ女の子を見て頭を掻く豊。豊「あの子って真帆・・・、ちゃんだよね。森田さん家の。」美麗「豊さん知っているんですか?」豊「2人共小さい頃一緒に遊んでたの覚えて無いのかい?そう言えば・・・、真美ちゃんはどうしたの?」美麗「豊さん、どうしてそんな昔の事を覚えているんですか?」豊「そりゃそうさ、生きている間ここに来るまではあまり楽しい思い出が無かったからね。あの頃の事は今でも昨日の事の様に鮮明に覚えているよ、ここはある意味俺の人生が始まった場所だからね。」 豊が楽しそうに語っていると、店の奥から龍太郎が瓶ビールを片手に出て来た。龍太郎「久々だな、豊。取り敢えずゆっくりして行ってくれ。」豊「龍太郎さん、頂いても良いんですか?」龍太郎「俺が一緒に呑みたいと思ってお前を呼び出したから当たり前だろうが、それとも俺
-71 大将の過去と正体- 安正達の惚気たっぷりの思い出話に浸りながらそれを肴に呑む真帆は、段々つまらなくなってきたのか、それとも酔いからか、目をじとっとさせて呟いた。真帆「結局、キス魔の話じゃん。」安正「待てって、ここからが良い話なんだ。」 必死に真帆を宥める安正の横から美麗が口を出した。美麗「ここからは私が話して良い?」 当時沢山の出店が並ぶ中で堂々と口づけを交わし、歩き出そうとしていた2人を追いかける様に呼ぶ声がした。声の主は綿菓子屋のサブだ。サブ(当時)「待ってくれ、ちょっと時間あるか?兄・・・、大将があんた達を呼んでいるんだ。」 動揺を隠せない安正とは裏腹に堂々とした態度で答えた美麗。美麗(当時)「分かりました、行きます。」 2人はサブの案内で大将の待つ屋台の裏へと向かった、客足が落ち着いた様で小休止を取っていた大将は煙草を燻らせていた。大将(当時)「いきなり呼んで悪いな、サブもすまねぇ・・・。」 大将は小銭入れから500円玉を1枚取り出してサブに手渡した。大将(当時)「すまんがこれでコーラでも買ってきてくれや、御釣りはお前にやるから。」 サブは状況を察して会釈するとすぐさまその場を離れた、大将は煙草を深く吸い込んでゆっくりと吐き出すと2人に話しかけた。大将(当時)「間違っていたら悪い、君は龍太郎さんの所の美麗(みれい)ちゃんだね?」美麗(当時)「はい、お久しぶりです。豊(ゆたか)さん。」 状況を上手く読み込めない安正は少し焦りの表情を見せた。豊(当時)「そうなるのも無理はないさ、そちらの方は彼氏さんかい?」美麗(当時)「はい、最近付き合いだした安正って言います。」豊(当時)「そうかい、俺は渡瀬(わたせ)豊だ。気軽に「豊」って呼んでくれ。」 豊が先程まで綿菓子を作っていた「職人の手」で安正に握手を求めたので安正はゆっくりと手を出した。安正(当時)「桐生安正です、よろしくお願いします。それにしても美麗(メイリー)、どうして2人が知り合いだったって事を黙ってたの?」豊(当時)「俺が他の人の前では他人のフリをする様に頼んだんだ、ヤクザと知り合いだってバレたら美麗ちゃんが悪く言われて可哀想だからな。」安正(当時)「でもどうして2人は知り合いになったの?」美麗(当時)「えっとね・・・。」豊(当時)「美麗ちゃん、俺
-70 嫉妬の矛先- 2人は綿菓子の屋台から数メートルに渡り伸びる行列に並んで自分達の順番を待っていた、十数分経過してやっと自分達の番が近づいて来た時に恋人たちはある事実に気付いた。安正(当時)「結構大きいね、どうしようか。」美麗(当時)「お腹いっぱいになっちゃったら他の屋台を楽しめなくなっちゃうね、最初から困ったな・・・。」 2人は数分の間黙り込んだ後に互いを見つめ合って声を掛けた。2人(当時)「半分こしようか。」 顔を赤らめながら手を繋いで待つ恋人達の様子からは初々しさも見て取れたのだが、互いが同じことを考えていた事による照れと嬉しさで2人の顔はもっと赤くなった。美麗(当時)「もうすぐだね、甘い良い匂い・・・。」 それから数分経過して2人の番まであと2組となった、ここまで近づくと屋台の中の様子を伺えたのだが見た目からしてどう考えてもヤクザ者の幹部と言える40~50歳代の男性と下っ端らしき20~30歳代の男性の2人で営業している様だった。ただ周囲でこの屋台の綿菓子を楽しんでいる客たちは本当に美味しそうに食べていた、どうやらこの屋台は当たりの人気店らしい。 そして2人の番となった、注文は「下っ端」の方が受け付けている様だ。下っ端(当時)「いらっしゃい、2つで良いかい?」安正(当時)「いや、1つでお願いします。」下っ端(当時)「何でだよ、ケチくせえ事言うなよ。」 すると隣で見事な綿菓子を作っていた「幹部」が「下っ端」を怒鳴った、2人の様子から恋人たちの意図を汲み取ったのだろうか。幹部(当時)「サブ!!余計な口たたいてんじゃねぇ!!」サブ(当時)「す、すいません、兄・・・、大将・・・。じゃあ君ら1つね、300円ね。」大将(当時)「待てサブ、君ら怖い思いさせてすまねぇな。こう見えてもヤクザから足洗って堅気の人間として頑張ろうと思ってんだよ、実は俺達は昔からある恩人のお陰で料理やお菓子作りが密かな趣味だったからこうやって綿菓子の屋台を出してんだけどな。どうやらまだヤクザ者の血が抜け切れてねぇみたいだ、悪い事しちまったからこれは俺からの侘びだ、タダで持って行ってくれ。こう言っちゃなんだが、幸せな2人に俺からの手向けって事にしといてくれや。」美麗(当時)「良いん・・・、ですか?」大将(当時)「ああ・・・、俺は決して嘘はつかねぇ・・・。」