LOGIN-90 涙がくれたもの- 冷蔵庫の中を確認して1人顔をニヤつかせる守を見て怪しそうな表情をする店主は、目の前の従業員が何を言っているのかが分からなかった。ケデール「ん?何にだ?」守「ほら、例の試食会の料理にですよ。俺の得意料理に丁度良いのがあるんです。」 ケデールは守に試食会で出す料理の提案と当日の調理をお願いしていた事を思い出した。ケデール「そういう事か、良いじゃないか。是非、その方向で行ってみてくれ。」 そして迎えた試食会当日、朝早くに起きた守は何度も味見を繰り返して料理に使うタレを作っていた。守「あ、店長。おはようございます。」ケデール「おはよう、朝から気合が入ってんな。」守「店長のお役に立ちたくてつい・・・。」ケデール「それは有難い事だが、朝の餌やりも忘れるなよ。」守「あ、もうやって来ました。」ケデール「嘘だろ・・・、相変わらず凄い奴だな・・・。」 守がタレを作り終えた後に2人は朝食を摂り、ケデールが牛や豚達を放牧場へと誘導する中、守は試食会に向けて調理を進めた。ケデール「おっ・・・、良い匂いじゃないか。これなら皆さんに高評価を貰えるだろう。」守「ですね、では配膳台に乗せておきます。」 守が作業を進める中、食堂へと向かうケデールは踵を返してある事を思い出した。ケデール「そうだ、思い出した。この試食会はお前の紹介も兼ねているから呼んだら来てくれな。」守「わ・・・、分かりました。」 そしてケデールは配膳台を押しながら食堂へと向かった。 遂に試食会の時が来た、ケデールが来客たちと言葉を交わす中で食堂から漏れる数人の声を聞いた守はある事に気付いた。守「聞いた事のある声だ・・・、まさか・・・。」 そして店主に呼ばれた守は食堂へと向かい歓喜した。守「いらっしゃいませ、やはりそうだったか。」 来客達の中に見覚えのある女性達が2人。女性達「守・・・!!」 そう、目の前に好美と真希子がいたのだ。 試食会の後、守と好美は豚舎へと向かった。好美「どうしてここにいるの?!手紙送ったでしょ?!」守「不可抗力だった、毒を盛られたんだ。」 守の事情を知った好美は怒るのをやめた。好美「そうだったんだ、ごめん・・・。そうだ、桃や美麗は元気にしてる?」守「ああ、ただ死んだはずの結愛の出現に驚いていたけどな。」 友の事を聞いた好
-89 店主の希望- ケデールは先程の質問に対する守の返答を聞くと「そうか」と返事した後、何かを考える素振りをしながら黙々と食事をしていた。きっと夢の中で神が告げていた「お願い」の事なのだろうと察した守は、神との約束通り自ら尋ねようとはしなかった。 その後、豚舎へと向かった守は餌をやりながらだが少し違和感を感じていた。守「どうしてここの餌は緑色が混じっているのかな。」 守は元の世界にいた頃、龍太郎と共に契約している畜産農家へと見学に行った事が有った。そこでは豚の餌にトウモロコシや穀物を使っていたので全体的に黄色いイメージを持っていたのだ。守「まぁ、良いか。余計な詮索はしない方が良いだろう。」 ただ、餌を餌箱に入れる度にほんの少し良い香りがしたのが妙に気になったが。 それから数日後、餌箱を掃除していた守に放牧場から帰って来たケデールが声を掛けた。ケデール「守、ちょっと良いか?」 店主に手招きされた守は一緒に食堂へと向かった。ケデール「取り敢えず、かけてくれ。」 ケデールは守に椅子を勧めると自ら急須でお茶を淹れて守に振舞った。毎朝の食事もそうだが、どうやら目の前のライカンスロープは「和」の物に拘っている様だ。守「う・・・、美味いですね。」 守が一言告げると店主は目を輝かせながら食らいついた。ケデール「そうだろそうだろ、このお茶は隣国の農家と契約して毎日送って貰っているんだ。この香りが良いだろう、実はこの茶葉を少し前からなんだが牛や豚の餌に混ぜていてね。ブランド化出来ないかなって考えているんだ。」守「良いじゃないですか、自分に出来る事が有ったら協力させて下さい。」 守の言葉を聞いたケデールは嬉しそうにお茶を啜った。ケデール「助かるよ。それでなんだが守、この前俺が料理が出来るか聞いたのを覚えているか?」 内心では「遂に来た」と思いつつ、慎重に会話を進めた守。守「確か・・・、朝ごはんを食べている時にですよね。」ケデール「うん、これはまだここだけの話にしておいて欲しいんだが、品種改良が上手く行けばなんだけど、ブランド化した折に地元のレストランや拉麺屋さんの方々を招いて豚肉の試食会をしようと考えているんだ。」守「拉麵屋?!拉麵屋さんがあるんですか?!」 ケデールは守の反応に笑いながら屋外へと案内して市街地の方向を指差した。ケデール「
-88 神との約束- ベッドの上で守は涙を拭いながら起き上がり、全知全能の神から聞いた助言などを思い出そうとした。守「確か・・・。」 目を瞑りゆっくりと頭を回転させていく。ビクター(回想)「良いか守、助言の通りやるからと言って絶対にしてはならない事が2つ有る。そのどちらかを行ってしまうと一生好美に会えないどころかお前の下から消え去ってしまうだろう、俺との約束を守れるか?この世界に本人がいる事をお前に言ったのがバレると、俺が好美に何をされるか分からないんだ。」 どうやら学生時代の「鬼の好美」は健在らしい、それにしても好美は目の前の神に何かしたのだろうか。ビクター(回想)「ただな、俺の娘達が好美の世話になっているみたいだから親として恩返しをしたくてね。やはり表では来ようとするなと言ってても死に別れた彼氏に会いたいと思っているはずなんだよ、だから頼むよ。」守(回想)「でも俺達・・・、好美が亡くなる直前まで話せず仕舞いでした。」 ビクターは守の肩に優しく手を乗せた。ビクター(回想)「表面ではそうしていたとしても、心の底ではお前の事をずっと愛していたはずだぜ。自分が亡くなっても尚、大好きなお前には生きていて欲しいっていう気持ちがあったからお前への手紙を結愛に持たせたんじゃないのか?」守(回想)「やはり・・・、結愛もこの世界に・・・。」ビクター(回想)「ああ、あいつには困ったもんだよ。本来は禁忌とされているのに何度も何度も元の世界に帰りやがったから他の神に示しが付かなくなってしまってな・・・、ってそれは良いんだ。お前との約束だよ。」 神は未だに守との約束を伝えることが出来ていない事を思い出した。ビクター(回想)「じゃあ言うぞ、1つ目は「決してお前の方から好美を探そうとしない事」だ。好美はお前がこの世界にいる事をまだ知らない、お前が探していると知れば会いづらくなってその場から逃げ出すだろう。そして2つ目だ、「決して店主に「何を協力すれば良いか」を聞かない事」、あのライカンスロープの事だからお前の方から聞いてしまうと申し訳なく思って絶対に話さない。するとどうなるか、お前への依頼を他の人に回して最終的に好美に出会う機会はもう無くなってしまう。呑みの席などで必ずあいつの方から依頼を話す様に持って行くんだ、分かったか?」 守は少し汗をかきながら重々しく答えた
-87 3つのルールと朗報- 2人は早速、新設された豚舎へと向かい、守は店主の指導の下で豚の世話をし始めた。ケデール曰く守は意外とセンスがあるとの事だ。ケデール「おいおい、お前俺に嘘つきやがったのか?」 ケデールはそう言いつつも顔がニヤついていた、どうやら新しい従業員の実力は店主の想像の斜め上を行っていたらしい。ケデール「そうだ、今日は早めに店を閉めて呑もうか。守の事をもっと聞かせてくれよ。」 守が久々の酒に笑顔を隠せずにいると、店の入り口から女性の声がした。ケデール「お客さんだ、・・・ったく中の奴は何やってんだよ。はーい、今行きますね。」 ケデールがその場を離れると守は可能な限りの事を行い、豚達の世話をし始めた。この世界の豚も日本の物と変わらない、そして・・・。守「こいつら結構可愛いな・・・。」 守が一言呟くと丁度店から戻って来た店主が応えた。ケデール「そうだろそうだろ、愛着が湧いてくるだろう。俺もこの広大な土地に店を構えて良かったって思うんだよ。そうだ・・・、忘れてた。」 突如何かを思い出したケデール。ケデール「実はな、ここで牛や豚を育てるに当たってルールを3つ設けているんだ。」守「「3つのルール」ですか?」ケデール「ああ、この広大な敷地で牛、豚にストレスを与えず伸び伸びと自然に近い状態で育てる為の物だ。①可能な日は午前中、必ず外で放牧する。②化学肥料を使って育てた物を飼料として使わない。そして③、これが1番重要だ。この子達の世話をする時は絶対魔法を使わない。」守「魔法が・・・、あるんですか?!」 驚愕する守の横で店主は大爆笑していた。ケデール「おいおい笑わせるなよ、魔法無しでどうやって生活するんだ。」 夜7:00、早めに店を閉じたケデールは食堂の冷蔵庫からビールを取り出して守に渡した。ケデール「守・・・、お前はこの国にどうやって来たんだ?」守「入院中に毒殺されました、牛乳の中に入ってたみたいでして。」ケデール「毒殺って・・・、差し支えなければ、詳しく聞いても良いか?」守「実は俺より先に亡くなった母が投資家で、本人が所有していた持ち株を俺が引き継いだんですが、それを奪おうとした敵対する投資家に背後から刺された後毒を盛られまして。」 守の発言に店主が顔を蒼白させて数時間程呑み明かした後、2人は各々の部屋に入った。呑み
-86 まさか・・・。- 守は深呼吸して大体の状況を把握すると、冷静に対処してみる事にした。守「あの、ここ何処ですか?」男性「お前、自分がいる場所が分からないのか?ここはネフェテルサ王国、至って平和な国だ。」守「日本では・・・、無く・・・?」男性「ニ・・・、ニホン・・・?聞いた事ない国の名前を言うなって。」 どうやら守は異世界に転生してしまったらしい、一先ず真帆の事を知らないか聞いてみる事に。守「すいません、俺と一緒に女の子はいませんでしたか?俺より一回り小さな女の子がいたと思うんですけど。」男性「見て無いな・・・、俺が見かけた時そこで寝てたのはお前1人だったぞ。」守「そう・・・、ですか・・・。」男性「ん?もしかして彼女か?」守「そうです・・・、真帆って言うんですが。」男性「聞いた事がない名前だな、また情報が有ったら教えるよ。」 すると守の腹の虫が盛大に鳴った、その音に目の前の男性は驚いた様だ。男性「何だよお前、何も食ってねぇのか?」守「そうなんです、色々あって昼飯を食いそびれまして。」男性「そうか、じゃあついて来いよ。腹が減っては何とやらと言うだろう。」 暫く歩くと使い古した牛舎と新築の豚舎のある肉屋へと到着した。守「あの俺・・・、金無いんですけど・・・。」男性「安心しろ、これから稼げば良いだろう。」 守は男性の台詞の意味が分からなかった、ただ今はそれ所ではない。男性「ほらよ、残り物で悪いけど食いな。」守「えっと・・・、良いんですか?」 肉屋の厨房の横にある食堂らしき場所で目の前のテーブルに並べられた数々の肉料理に食らいつく守、日本と同様の料理に何処か安心感があった。男性「ああ・・・、というかお前、俺が返事する前に食ってんじゃねぇかよ。」 男性は守の向かいの席に座ると幾つか質問し始めた。男性「お前さん、まず名前は?」守「守です・・・、宝田 守。」 男性は何処かで聞いた事のある苗字だと思ったが気の所為だろうとスルーして次の質問をした。男性「仕事は何をしてたんだ?」守「営業の仕事をしてました。」男性「営業ね・・・、外回りとかのあれか。という事は養豚の仕事は経験無しって事だな。」守「無いですけど・・・、どういう事ですか?」男性「守、金が無いって言ってただろう。」 守は懐から財布を取り出した、中には1万
-85 離れ離れに- 穏やかな日々が流れ、退院を翌日に控えた守は光江による検温と血圧測定を受けていた。光江が言うには両方共正常値で、守自身も食事をしっかりと摂れていると言っている。光江「いよいよ明日だね、どう?ここのご飯不味かったでしょ。」守「そんな事無いよ、意外とバラエティに富んでて美味しかったよ。」 そんな2人の元にカルテを片手に持った亮吾がやって来た、担当医はいつも通り触診等を行い守の状態を確認して頷いた。亮吾「うん、もう大丈夫そうだね。予定通り明日には退院できそうだ。」守「先生には頭が本当に上がりません、有難うございます。」 すると亮吾は何かを思い出したかの様に懐で何かを探し始めた。数分後、小さな紙を取り出して守に手渡した。亮吾「はい、これこの前言った串カツ屋の地図と電話番号だ。今はまだ駄目だけど、もう少し良くなったら真帆と行くと良い。」 亮吾が守に笑いかける中、廊下の方から大きな足音がした。足音の正体は2人の予想通りだった様だ。亮吾「こら真帆、いくら早く会いたいからって走っちゃ駄目だろう。」守「そうだぞ、「病院内ではお静かに」って言われなかったか?」真帆「ごめんごめん、明日守が退院すると思うと興奮しちゃって。」 真帆が右手で頭を掻く中、父親は2人にある提案をした。亮吾「そうだ、今日の昼は2人で食べると良い。ここに真帆の分も持って来て貰える様に特別に言ってみよう。」 亮吾は内線を取り出して事情を説明した。亮吾「OKだそうだ、ただお前が持って行けって変な条件を付けられちゃったけど。」 数時間後、亮吾がもう1人を連れて2人の元に食事を運んで来た。亮吾「お待たせ、ゆっくりと楽しむと良い。」守「有難うございます、こちらの方は?」亮吾「こ・・・、この人は今俺の所で研修している学生だよ。」 その研修医は決して名乗らず、恋人達をじっと見た。研修医「良いですね・・・、俺も早く彼女が欲しいですよ。」亮吾「何を言っているんだ、今は勉学に集中しろ。」 研修医が亮吾に叱られてそそくさに出て行くと、守達は眼前の常食を食べる事にした。一先ず、横に添えられた牛乳を手に真帆が一言。真帆「前祝しよう、乾杯!!」 2人は明日の退院に向けて乾杯して一気に口に流し込むと、突然吐き気と腹痛に襲われ息が出来なくなってしまった。真帆「ま・・・、もる