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散りゆく愛、マジックの如く
散りゆく愛、マジックの如く
Author: チビッコ

第1話

Author: チビッコ

篠崎玲奈(しのざき れな)は24歳になるまで、思い通りにならないことなど何一つなかった。

篠崎グループの令嬢にして、蒼海市(そうかいし)きってのセレブ。彼女に言い寄る男は数え切れないほどいる。欲しいものは口に出すまでもなく誰かが目の前に用意してくれた。

結城悠真(ゆうき ゆうま)に出会うまでは。

あのマジックショー。VIP席の最前列に座る玲奈の目の前で、頭上からのスポットライトを浴びて彼が立っていた。長く美しい指先が翻るたび、舞台の上空から粉雪が舞い落ちる。観客が息を呑む中、玲奈だけは彼の瞳から目を離せなかった。

公演後、彼女は楽屋に向かった。

「結城悠真ね」

玲奈は名刺を差し出した。

「篠崎玲奈よ。あなた、気に入ったわ」

悠真はそれを受け取らずに言った。

「君、誰だ」

翌日。アジア最大級のLEDビジョンに、一日中あるメッセージが繰り返し流された。

【悠真、私は篠崎玲奈よ】

蒼海市の夕方の帰宅ラッシュ。星ヶ浜(ほしがはま)周辺は3キロに及ぶ大渋滞に見舞われた。SNSのタイムラインはこの話題で持ちきりとなり、トレンドのトップ10入りを果たした。劇場の前には記者が殺到し、悠真に一斉にカメラが向けられた。

その夜の公演チケットは、わずか3分で完売した。

3日目。車を2時間走らせて楽屋で出待ちをしたものの、彼は裏口から抜け出していた。

4日目。彼がずっと欲しがっていたマジックの小道具を買い取り、人づてに届けさせた。

彼はそれを送り返してきた。一枚のメモを添えて。

【こういうのはやめてくれ】

玲奈はそのメモを机の引き出しにしまい、目を細めて笑った。

3ヶ月後。悠真の母親が重病で倒れ、入院費が底をついた。玲奈は病院へ出向き、ポンと600万円を支払った。

悠真は篠崎家の門の前までやって来て、雨に打たれながら立ち尽くしていた。

「どうして」

「あなたが好きだから」

彼は長い間沈黙し、最後に言った。

「玲奈、俺は君には不釣り合いだ」

玲奈にはその言葉の真意が理解できなかった。彼が頷いてくれた、ただそれだけで十分だった。

結婚式の日。悠真は彼女のために特別なマジックを用意していた。

彼女が中央に立つと、悠真が指を鳴らす。純白のウェディングドレスが深紅へ、そして黄金色へと鮮やかに色を変えた。会場中から歓声が上がる。彼女がドレスの裾に咲く花を見下ろし、顔を上げると、彼は片膝をつき、手に指輪を掲げていた。

彼女がふと、昔よく食べたあの老舗のうなぎ丼が食べたいとこぼせば、翌朝にはそれが食卓に並んでいた。悠真はバイクを1時間半走らせ、往復3時間かけてそれを買ってきてくれたのだ。

深夜2時まで残業した時、悠真は入り口で待っていた。12月の蒼海市、気温は氷点下2度。ボロボロのバイクでやってきた彼は、自分のダウンジャケットを脱いで玲奈を包み込み、薄手のセーター一枚でガタガタと震えていた。

記念日のプレゼントは、決して既製品ではなかった。最初の記念日には手作りのオルゴール。蓋を開けると、マジックをする彼と隣で笑う彼女のミニチュアが入っていた。2回目の記念日には手作りのランプ。スイッチを入れると、天井に満天の星空――彼女の誕生日の星図が映し出された。

ただ、悠真は玲奈に付き添って公の場に出ることを頑なに拒んだ。

篠崎家でのパーティーには行かない。彼女が引っ張ろうとしても、「君の家族にとって、俺は見世物の猿みたいなもんだ」と言った。

友人との集まりにも行かない。皆若いからと言っても、「君の友達が乗り回してる車は、俺が一生働いたって買えない」と言った。

ツーショットを撮ってSNSにアップしようとすると、彼は手を引っ込めた。

「やめろよ。お嬢様がマジシャンなんかと結婚したなんて、みっともないだろ」

玲奈は息を呑んだ。何か言おうとしたが、彼はすでに背を向けてキッチンへ消えていた。

その後、倉田結衣(くらだ ゆい)がやって来た。結衣は彼の幼馴染で、蒼海市に仕事を探しに来たが住む場所がないという。悠真は彼女をゲストルームに泊まらせた。

「数日だけだから」

玲奈は止めなかった。たかがゲストルーム一つ、そこまでケチな人間ではない。

その後、結衣が地元の郷土料理が食べたいと言えば、悠真はバイクを1時間も走らせて郊外の店まで買いに走った。往復2時間。家に到着した時、それはまだ温かかった。

結衣がホームシックになったと言えば、悠真は翌日駅へ行き、彼女の両親を蒼海市に迎え入れた。近所に部屋を借り、半年分の家賃を支払った。

結衣が風邪を引けば、悠真は公演を3つもキャンセルし、二日二晩、つきっきりで看病した。

その夜、玲奈はリビングに座って悠真の帰りを待っていた。深夜1時、ドアが開いた。

「悠真」

玲奈は彼を真っ直ぐに見据えた。

「彼女が出て行くか、二人揃って消えるか、どっちかにして」

……

結衣が出て行く日、彼女は目を赤くして玄関で悠真を見つめていた。悠真は決して顔を上げなかった。

玲奈はすべてが軌道に戻ったと思っていた。しかし今日、結婚2周年の記念日。玲奈は彼を驚かせようと劇場へ向かった。

ドアを開けると、楽屋には人が行き交い、悠真がメイクをしている横に結衣が立っていた。

アシスタントの衣装を着て、彼に小道具を渡している。二人の距離は近く、談笑していた。

悠真は鏡越しに彼女を一瞥したが、何も言わなかった。

公演が始まった。玲奈は客席に座り、結衣が舞台上で彼に物を渡すのを見ていた。彼がマジックをする時に結衣に向かって笑いかけ、二人の息がぴったり合っているのを見ていた。

最後の演目、水槽脱出マジック。

結衣が水槽の中に閉じ込められた。水が彼女の頭上を覆う。悠真がカウントダウンを始める。

結び目が解けない。水槽の中の結衣がもがき始めた。客席から悲鳴が上がる。悠真は水槽に突進し、狂ったようにガラスを叩き割ろうとした。拳を振り下ろすたびにガラスが砕け、血と水が混ざり合って流れ落ちる。彼は結衣を引きずり出し、抱きかかえて楽屋へと走った。

「救急車を呼べ!」

彼は叫んだ。

玲奈は客席に座ったまま、彼の背中が舞台袖に消えていくのを見つめていた。

玲奈はふと思い出した。2年前、自分もこの劇場で、最前列に座り、彼が舞台で雪を降らせるのを見ていた。

あの頃、自分は世間の目も気にせず、ただがむしゃらに彼に言い寄った。

あの頃自分は、力強く手を伸ばせば、手に入らないものなどないと思っていた。

玲奈は長い間座っていた。劇場から誰もいなくなり、明かりが消えるまで。

そして、スマートフォンを取り出した。

「長谷川先生。離婚協議書を作成して、私の自宅に送って」

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