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第9話「Be Awake」

last update Tanggal publikasi: 2026-07-11 23:00:33

さあ、調理タイムも中盤に差し掛かった。

いざ月海鮭を前にしたフレイヤだが…それを持ってきた影光に尋ねる。

「こ、こんな魚捌いたことないんだけど…どう切ればいいわけ?」

そう、あくまで包丁で魚を捌かなければいけないのはフレイヤだ。食材の用意や下ごしらえ、アドバイスなどは急遽加わったアシスタントの影光が行ってもいいが、調理の本質となる部分はメインの料理人であるフレイヤが行わなければいけない。

ましてや、相手は幻の神食材『月海鮭げっかいざけ』。生半可な包丁さばきが通る魚ではない。神食材とは調理も困難だからこそまさに『神』なのだ。

しかし…影光は、確信を持って言った。

月海鮭は、刃を選ぶのではない、料理人を選ぶ。そう言われる食材だ、と。

「フレイヤさん。月海鮭に理屈は通じない。必要なのは食材への敬意と、美味しいものを食べさせたいという強い気持ちのみ。君ならきっとできる。月海鮭も心を開いてくれるはず!」

「えっ?ちょ、意味が分からないんだけど…?」

「僕は月海鮭に合う最高の醤油と薬味を用意する!じゃあ、任せたよ!」

そう言って影光は醤油や薬味の準備に取り掛かる。フレイヤが何度聞いても『気持ちで行ける!』『愛があれば大丈夫!』と完全に精神論でしか答えない。

野球で例えるなら

「ビューンと球が来るでしょ、それをカキーンと打つでしょ。そしたらスゥーッとスタンドに入るってわけ」

レベルで何にも通じないアドバイスである。

ため息を吐いたフレイヤだが…まあ確かに今から伊蔵に勝つにはこの魚を刺身にするしかないだろう。諦めてとりあえず包丁を入れようとするフレイヤだが…。

包丁はあっさりその身に弾かれる。

「包丁、弾かれちゃうんですけど…?」

「それはたぶん気持ちが入ってないから!大丈夫!君ならできる!」

あ、ダメだこれ、とフレイヤは諦めて腕を組む。

気持ちで行けと言われてもどうすればいいというのか。精神論は嫌いではないが、100%精神論を自分に向けられると、こんなにも厄介なものなのか…と考えてしまう。

「月海鮭さん、なんとかお力を貸してもらえませんか?」

「…」

とりあえず話しかけてみるが、当然ながら返事はない。ただのしかばねのようだ。まあ返事をされたほうが正直もっと困るが。人語を解する魚を捌くというのはたぶん精神的にキツイ。

とりあえず撫でてみたり軽く叩いてみたりしたが、特に変化はない。

「フレイヤはいったい何をやっているんだ?」

「捌き方がわからないのか?幻の食材だから無理もないが」

「かといって撫でたり話しかけてどうにかなると思えないが…」

観客もざわざわしている。まあそれはそうだ。

一方、包丁の伊蔵はというと、刺身のラストスパートに入っていた。

(俺は刺身こそシンプルにして料理人の腕が問われる料理…いや『芸術』だと思っている。ごまかしが一切きかない料理だ)

綺麗にカットされたマグロの赤身を並べながら彩りを加え、心の中でそう呟く。刺身は芸術…それが伊蔵のプライドだった。

(だからこそ、俺はこの料理に全身全霊を懸ける!相手がオーディン様の娘であってもけっして手加減はせん!それこそが俺のプライドだ!)

地上げ屋に雇われているにしては明らかに分不相応の高い志を持って、伊蔵は気炎を上げる。あとは刺身を並べるだけ…ほとんど出来上がりのようだ。

「チッ、伊蔵め。あれほどの腕なら、わざわざあんな子供を動揺させずとも勝てただろうが。料理人の風上にも置けねえ所業だな」

「まあ、仕方ないだろう。G.O.D.からの追放が懸かっているのであれば、責めることはできないよ…我々がそれを行うかと言えば、答えはもちろん『ノー』だが」

勝負を見ている『温度管理のマキシマ』が忌々しげに呟き、それを『カレー王者の杉森』が涼やかに制す。この二人も相当な腕を持ちながら、伊蔵の戦略に疑問を持っていたのだろう。

…しかしながら、地上げ屋のおじさんだけは笑っていた。

「うははは!これで一勝は確実…。まず、あの小僧を追い出すことは確定じゃ!」

と、恥も外聞もなく言いながら。…そして、その大笑いはフレイヤの耳にも入った。

そう、自分が負ければ影光のバイト退職がまず確定する。店の名前を変えればたぶん再雇用OKとはいえ、地上げ屋のおじさんはその辺をしつこく突いてしょっちゅう店に来るようになるだろう。

そうすれば影光は気を使って再雇用に応じないかもしれないし、母もしつこく言い寄られて辟易してしまうだろう。

(母さんも、せっかく見つけた凄腕ライバルも、そんな目にはあわせないわよ!逆に私が一勝すればあの地上げ屋のおじさんは永久出禁だし!)

そう考えたフレイヤは大きく息を吐いて…包丁を大きく構え、勢いよく月海鮭に振り下ろした。

「あんたも食材なら、料理人の言うことを聞きなさい!!」

と威勢のいい掛け声を上げながら。

―すると、先ほどまで一切包丁を通さなかった月海鮭に、ストンと刃が入った。まるでフレイヤの意に従うかのように。

「あ、切れちゃった」

観客は一瞬静まり返り…そして、大喝采を上げた。

「あ、あの幻の食材と言われる月海鮭に刃を入れるとは!」

「かつて多くの料理人がチャレンジしたというが、成功した者はほんの一握りしかいなかったと言うぞ!」

「フレイヤも凄腕とはいえ、まさかこの短時間でそのレベルに辿り着くとは!?」

先ほどまで月海鮭を知らなかったくせに急にやたら詳しくなった観客が大騒ぎする。まあいつの間にか湧いてくる観客だし、そういうものなのかもしれない。

ともかく、影光は月海鮭の刺身に適した部分を順に指摘していき、フレイヤはそれに従い背、腹、尾身を捌いていく。

背身は薄く、腹身はやや厚く。尾に近い身は歯応えを残すため、角を立てるように切る。

それを見た伊蔵も満足そうに高笑いしながら最後の仕上げに入る。

「ハハハ!素晴らしいぞ、俺の相手がこれほどの逸材だったとは!!お前は血筋や肩書など放り投げても一級の料理人だ!今までの非礼や無礼を詫び、この俺もすべてを懸けて挑ませてもらう!」

先ほどまで動揺していたフレイヤだが、過集中に入ったのか影光以外の言葉は届いていないようだ。

調理時間は残りわずか、両者全力でラストスパートをかける。そして…。

「調理タイム終了!そこまで!」

「ジャスト!出来上がったわ!」

調理タイム終了と同時に、フレイヤの料理も出来上がったのである。

――――――――――

審査員に料理が運ばれていく中、フレイヤは影光に尋ねる。あんな幻の食材をいったいどこから持ってきたのか、と。

その問いに、影光は笑顔で観客席の方を指差した。フレイヤがそちらを見ると――。

「うおおおお!影光様!ナイスアシストでしたぞ!」

「ふっ、影光があの魚を切れるようになるには三年ほどかかったか。それをこの短時間であそこまで捌くとは……。あの少女も、目を見張るほどの逸材と言えるであろう」

いつものように、暗黒食王クッキング・オブ・ダークネスと従者の影真が見守っていた。

「なんていうか、影光はホントお坊ちゃまなんだねえ」

フレイヤは呆れたように呟く。だが心のどこかで、自分も少しだけ、そういう環境で修行してみたい…そんな感情が芽生え始めていた。

そんな会話の後…さあ、審査員実食開始!!

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