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水都レヴァリア ― 沈む記憶と青の残響 ―

ผู้เขียน: 吟色
last update ปรับปรุงล่าสุด: 2025-10-17 07:09:01

朝、谷の風が細くなる。

灰の匂いが遠のいて、かわりに湿った音が近づいてきた。波でもない、布を撫でるみたいな、やわい音。

「……次は、水の音か」

リオンがつぶやくと、前を歩くセリアが肩だけ小さく動かした。

青の外套が朝の光を吸って、後ろへ長い影を落とす。

「音は似てる。……けど、流れは違う」

ノエルは何か言いかけて、口の端を片手で押さえた。風が言葉を持っていく。

「落ちないようにね、流れに」

リリィが地図を折りたたみ、背の紐をもう一度締め直す。

ヴァルドは空気の匂いを確かめ、ただ一度うなずいた。

水都レヴァリアは、空を映していた。

白い建物が水面から生え、橋が鏡の上で折り重なる。声を出すと、すぐ吸い込まれて、音が丸くなる。

桟橋の上で、紙片がしっとりと重みを増す。

薄い光が内側から滲み、短い行が揺れた。

〈第三接続:安定化未確認〉

リリィが水に指を入れて、すぐ引っ込める。

「……この街、眠ってる」

「眠ってるふりかも」

セリアが水面の端を見た。風もないのに、細い皺が走って消える。

ノエルが港の人影を眺め、鈴を触らずに指先だけ動かす。

「静かだね。静かなほうが、言葉は速く沈む」

ヴァルドは舟の綱に触れて、掌で震えを測るみたいに押した。

「底で、何かが息してる」

塔は水の縁に立っていた。

白い壁。窓が少ない。扉の金具は磨かれ、触ると冷たい。

出迎えた男は微笑んだが、目は笑っていなかった。

白衣の上に青い外套。縁の細い眼鏡。

「ようこそ、レヴァリアへ。参謀、アーベル・カノンです」

声が穏やかで、机の上の紙と同じ手触りだった。

「風の封印を、開いたそうですね。……あなたの意思で?」

リオンは答える前に、息をひとつ置いた。

窓の外で、水が小さく跳ねる。

「あれは、眠ってた。……目を、開けたかっただけです」

「橋を動かす者は、世界を動かす者です」

アーベルは視線を下げ、細いペンを横へ置いた。

「あなたが“何を起こすか”、私は記録しに来ました」

机に古びた紙が置かれる。角が擦れて、手に馴染んだ色。

端に、見覚えのある筆跡。

――オリオン・ブリッジライト。

リオンの視線が、そこで止まる。

その止まり方を、セリアが横で見ていた。何も言わず、呼吸だけが浅くなる。

「この街で、最初の橋に関する記録が残っています」

アーベルは紙を持ち上げず、指で縁をなぞった。

「彼は、よく書いた。……正確に」

ノエルが笑いそうになって、笑わないまま首を傾ける。

「正確って、怖い言葉」

塔の下は、水の部屋だった。

床も壁も、光がゆらいでいる。静かな音で、字が泳ぐ。

石の縁に沿って歩くと、紙片が勝手に開いた。

濡れていないのに、水の色を映す。

水面に、細い文字が浮かぶ。

読むというより、肌に触る。

〈オリオン=封印設計者〉

〈目的:橋の再起動を防止〉

「……防止?」

リオンの声は、水面に触れて、すぐ小さくなった。

「彼は“止めるために”書いた」

アーベルは水に指を差し入れ、滴を落とす。

「あなたは今、その封印を……破り始めている」

破る、の後が少し遅れた。

リリィは息で前髪を払い、言葉を探して、口を閉じる。

ヴァルドは水の奥を見て、耳を伏せた。

ノエルが肩で笑い、声にしない。「――理由」

セリアはリオンの横で、目だけ動かす。

「……今、話せる?」

アーベルは答えなかった。

指先から落ちた水が、床に小さな輪を作って、すぐ消える。

「知っていても、話すには早い」

リオンは紙片を閉じるふりをして、閉じきらない。

文字の余韻が、皮膚の内側に残る。

胸の奥で、波が一度だけ高くなる。

夜。

水路が淡い光を帯び、窓の外で、誰かの囁きみたいな音が続く。

部屋は狭く、灯りは低い。

リリィは道具袋を抱えて丸くなり、ノエルは椅子に脚を引っかけたまま居眠り。

ヴァルドは耳を伏せて、壁に背を預けている。

セリアは窓に背を向け、目を閉じるでもなく、眠るでもなく。

机の上、紙片を開く。

水滴が一つ落ちて、文字が揺れた。

〈封印継承者:不明〉

〈接続候補:南西端・“黒潮の門”〉

知らない地名が、波の裏に見え隠れする。

リオンは息を浅くして、指で縁を押さえた。

「……音が、遠いね」

寝返りの音と一緒に、リリィの声が小さく転がる。

返事はしない。紙片を閉じる。

灯りの火が一度だけ揺れ、その間に、耳が別の音を掬った。

〈……オリオンは、眠らせていない〉

声か、記憶か、水の筋か。

振り向いても、誰も起きていない。

セリアの呼吸が静かに続き、ノエルの鈴は鳴らない。

リオンは額に手を当て、目を閉じる。

暗いところで、薄い光がまだ残っている。

水は、記憶を写す。

形をなくしても、触れたものの温度だけ、底に沈む。

人は、流れの上で立ち止まれない。

それでも、立ち止まってしまう夜がある。

橋を開くということは、

過ぎたものへ手を伸ばすこと。

それが神の息か、人の嘆きか――わからないままでも。

水の街は眠っているふりをして、ゆっくりと、目を開けようとしていた。

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