LOGINアストレア帝ユリウス一世が旧帝都ネオ・ベルゼブブを制圧してから、初めての新年を迎えた。 戦乱の終結を祝う式典が各地で催される一方、新帝国政府では大規模な制度改革と人事刷新が発表された。 中でも大きな改革は、各総管区の統治制度である。 旧帝国では、総管区の長は事実上、有力貴族による世襲職となっていた。 その結果。 何百年もの歳月の中で地方統治機構は私物化され、各総管区は半独立国家のような様相を呈していた。 ユリウスは、この制度へ大きく手を入れた。 総管区代表は世襲ではなく任期制。 一期四年、最大二期、八年まで。 さらに地方官僚についても、在地領主の推薦だけで採用する旧来の制度を改め、中央政府による試験制度を導入した。 家柄ではなく、能力によって官僚を選ぶ。 そして。 軍制についても、旧帝国とは決定的に異なる制度が採用された。 各総管区が独自に宇宙艦隊を保有することを禁止。 大型戦闘艦艇は、原則として中央政府のみが保有する。 地方貴族が持つ私兵についても、治安維持を鑑みつつも、領地規模に応じて厳しい上限が定められた。 その結果。 帝国全体で動員可能な宇宙艦隊は、常設軍を中心にしたため、旧帝国時代の四分の一近くまで減少した。 だがユリウスは、それで構わないと判断した。 強大な軍隊を持ちながら、その半分以上が中央の命令を聞かない。 そんな軍事力に意味などない。◇◇◇◇◇「……ふう」 新年の人事案へ最後の承認を与えたユリウスは、椅子へ深くもたれた。「ようやく、ひと段落だね」 冷めかけた珈琲を口へ運ぶ。 向かいにいた副宰相クヌート=ザイフリートは、書類を読みながら静かに答えた。「陛下」「ん?」「この制度とて、永遠に機能するとは限りませぬ」「まあね」「旧帝国も、建国当初から腐敗していたわけではございません」 ザイフリートは書類を閉じた。「任期制も試験制度も、年月が経てば抜け道が作られるでしょう。やがて有力者同士が婚姻を結び、派閥を作り、再び事実上の世襲へ戻る可能性もございます」「うん、そうかもね……」 ユリウスはあっさり頷いた。「四百年も経てば、そうなるかもね」「……ご理解の上で?」「仕方ないよ」 ユリウスは窓の外へ目を向けた。「四百年も後の人間が、僕たちが何を考えてこの制度を作ったかなんて、本気
大戦艦ハンニバル艦橋。 巨大な指令室は、中央の通路を挟み、階段状のひな壇となっていた。 最上部。 司令席の前にユリウスが立つ。 そして最下部からは、トラヴァース国家元帥率いる旧帝国兵が銃撃戦の中、一段、また一段と這い上がっていた。「押し返せ!」「陛下のところまで行かせるな!」 銃声。 爆発。 高周波ブレードが装甲服を切り裂く甲高い音。 艦橋は、もはや指揮所ではない。 血と特殊火薬の臭いが立ち込める白兵戦場となっていた。 旧帝国軍は強かった。 有能な指揮官であるトラヴァース自身が、専門の突入部隊を指揮している。 ハンニバル側は人数こそ多いものの、多くは通信士官や航法士、機関要員である。 戦闘の専門家ばかりではない。「前へ!」 旧帝国兵が、さらに一段押し上げる。 その時だった。「右舷に衝撃!」「また敵か!?」 誰かが叫ぶ。 だが、接舷してきた船は旧帝国艦ではなかった。 黒い船体。 幾度もの超文明改造を重ね、原型すら判然としない海賊船。 モリガンである。「接舷完了!」「穴開けろ!」「野郎ども、行くぞ!」 ハンニバルの側壁が強引に切り開かれた。 そこから飛び込んできたのは、正規軍とは程遠い格好をした一団だった。 だが。 近接戦闘となれば、その辺の正規兵より遥かに場数を踏んでいる宇宙海賊たちである。「船長の坊ちゃんを守れ!」 先頭でビッグベアが吠えた。「侵入者を皆殺しにしてしまえ! 褒美は弾むぞ!」「おおおっ!」 海賊たちが、旧帝国軍の背後へ襲いかかった。「後方にも敵!」「奴ら宇宙海賊だ!」「なぜここに!?」 戦況が一変した。 長時間戦闘を続け、ビームライフルの弾倉エーテルすら不足していた旧帝国側に対し、モリガンから乗り込んできた海賊たちは十分なエネルギーを残している。 ビーム銃。 簡易電磁防壁。 高周波武器。 そのすべてを、海賊たちは惜しみなく使った。 旧帝国兵は前後から挟まれ、次々に倒れていく。 だが。 戦いそのものは新帝国側へ傾きながらも。 王手をかけていたのは、なお旧帝国側だった。◇◇◇◇◇「見つけたぞ!」 トラヴァースが最上段へ駆け上がった。 その目の先には、ユリウスが高周波サーベルを構えている。「偽帝め、見参!」 トラヴァースはエネルギーの切れた
「攻撃を敵中央に叩きつけろ!」「了解!」 旧帝国軍総旗艦ヴィシュヌを先頭に、トラヴァース国家元帥率いる艦艇群が一斉に加速した。 狙うは、右翼救出のため兵力を割き、薄くなった新帝国軍中央部。 パウルス元帥率いる第二艦隊が、その正面に立ちはだかる。「敵、中央へ集中!」「戦列を詰めろ! 通すな!」 パウルスも必死に防戦した。 だが、救出戦で艦艇を抜かれた後である。 旧帝国軍の猛烈な突撃を支えきれず、ついに二か所で戦列を突破された。「中央戦線、突破されました!」「敵総旗艦、こちらへ向かっています!」 ヴィシュヌとその直衛艦隊は、開いた穴へ殺到した。 その先にいるのは、アストレア聖帝国皇帝ユリウス一世。 そして総旗艦ハンニバル。 ◇◇◇◇◇「退くな!」 巡洋艦アストレアの艦橋で、グレゴールが叫ぶ。「ここを抜かれれば、陛下がおるのじゃぞ!」 ユリウス直卒部隊を守るのは、わずか百隻ほど。 グレゴールはその小艦隊を率い、真正面からヴィシュヌの突撃を受け止めた。「全艦、総旗艦の前へ出よ!」「了解!」 巡洋艦アストレア自身も、巨大戦艦ヴィシュヌの進路へ割り込む。「撃て!」 両艦からビームが交錯する。 だが。 艦格が違いすぎた。「敵艦首砲、発射!」「防壁最大!」 ヴィシュヌの大口径ビーム砲が直撃。 アストレアを覆っていた電磁防壁が、一瞬で飽和した。「防壁消失!」「第二射、来ます!」 閃光。 艦首装甲が吹き飛び、艦橋全体が激しく揺れた。「機関区画被弾!」「火災発生!」「右舷砲塔、全滅!」 アストレアは炎を噴きながら戦列から弾き出された。 だが。 ヴィシュヌは、とどめを刺さない。 目標はグレゴールではないのだ。「前進!」 トラヴァースが叫ぶ。「偽帝の旗艦だけを狙え!」 ヴィシュヌが、ついにハンニバルを正面に捉えた。「主砲、発射!」 大口径ビームがハンニバルへ叩き込まれる。 しかし。「敵防壁、健在!」「もう一度だ!」「エーテル圧、低下しています!」 長時間にわたる戦闘。 恒星風を利用した強行軍。 そして先ほどまでの包囲戦。 ヴィシュヌを含めた旧帝国艦艇には、すでに十分な量子エーテルが残っていなかった。 砲撃はハンニバルの強力な電磁防壁を揺らすだけで、貫通には至ら
「いかん!」 総旗艦ハンニバルの艦橋で、ユリウスは戦術モニターを睨んだ。 右翼を担当するラプーチク中将の第四艦隊は、完全に旧帝国軍の包囲下にある。「中央戦域を担当するパウルス元帥へ伝達!」「はっ!」「第二艦隊から救出部隊を出し、第四艦隊の包囲を破らせろ。それと後方予備から四百隻を増援として回す!」「了解!」 ユリウスは、いかなる戦いでも全兵力を一度に投入することを嫌った。 戦場では何が起きるか分からない。 優れた参謀がどれほど計算しようとも、敵の奇策、機関故障、偶発的な天体現象。 予測不能な事態は必ず起こる。 その時、手元に何も残っていなければ、指揮官には打つ手がなくなる。 だからこそ、今回もかなりの艦艇を予備として後方に残していた。 そして今。 その備えが必要となった。「第四艦隊、損傷艦百七十を突破!」「さらに増加中!」「宇宙母艦三隻喪失!」「……くそっ」 ユリウスが拳を握る。「また罠にはまったか……」 戦場へ出てから、トラヴァースには何度も裏をかかれている。 それでも今までは、決定的な損失を避けてきた。 だが今回ばかりは、第四艦隊そのものが消えかねない。「陛下」 傍らにいたグレゴールが声をかけた。「何?」「わしも出ましょうか?」 ユリウスが振り返る。「……まだいい」 少し考える。「でも、予備艦艇から百隻を率いて待機していてくれ。必要ならすぐ出てもらう」「承知いたしました」 グレゴールが頭を下げ、艦橋後方の扉へ向かう。 その背中が扉の前まで来た時だった。「爺!」 グレゴールが振り返った。「何でしょうか?」 ユリウスは一瞬、子供のような顔で言葉を詰まらせた。「……死なないでね」 老臣は微笑んだ。「もちろんですとも」 扉が閉じる。 ユリウスにとって、グレゴールはただの宰相でも幕僚総長でもない。 父を失い。 家を失い。 惑星ヴァルカンから追われた時。 最後まで自分の傍に残った、ほとんど唯一の家臣だった。 その男まで危険にさらさねばならぬ。 戦況は、そこまで悪化していたのである。◇◇◇◇◇「敵包囲網まで距離、三十万!」「第二艦隊、砲撃開始!」 パウルス元帥率いる救出部隊が、旧帝国軍へ激突した。 片や。 失えば新帝国軍全体の戦線が崩れかねない第四艦隊。 片や。
ラプーチク中将率いる第四艦隊が、防御陣形を離れて突出したとの報告は、すぐに総旗艦ハンニバルへ届いた。「いかん!」 戦術モニターを見たユリウスは、即座に命じた。「第四艦隊へ通達! 追撃を中止し、後退して他の艦隊と連携せよ。防御陣形へ戻るのだ!」「はっ!」 通信士官が操作盤へ向かう。 ……だが。「……陛下」「どうした?」「敵の通信妨害が激しく、第四艦隊旗艦との通信が確立できません」「何?」「短文通信も通りません」 ユリウスは眉をひそめた。 確かに、開戦以来、旧帝国軍は強力な電子妨害を行っている。 しかし。 第四艦隊旗艦とハンニバルには、新帝国でも最高水準の通信設備が搭載されている。 複雑な艦隊運動のデータならともかく。『戻れ』 その程度の短い命令すら届かないというのは、妙だった。「……おかしいな」「陛下」 隣にいたグレゴールが、小声で呼びかける。「何?」「お顔に出ておりますぞ」「……あ」「最高司令官が不安そうな顔をしていては、周囲の兵まで不安になりまする」 ユリウスは一度目を閉じた。 そして、息を整える。「爺、ありがとう」「何の」 ユリウスは顔を上げた。「通信が駄目なら、伝令用シャトルを出せ」「了解!」 小型シャトルがハンニバルを飛び立った。 ……だが。 第四艦隊はなおも進んでいた。「敵直衛部隊、さらに後退!」「第四艦隊、追撃を継続しています!」「……駄目だ」 ユリウスの表情が再び険しくなる。「もう一隻出せ。今度は情報士官と携帯通信設備も乗せろ!」「了解!」◇◇◇◇◇ 三十分後。 ラプーチク艦隊は、逃げるヴィシュヌ直衛部隊をついに有効射程へ捉えていた。「撃て!」 ラプーチクが叫ぶ。「撃て! 逃がすな!」 六百隻を超える第四艦隊から、猛烈な砲火が放たれる。 だが、ヴィシュヌを中心とする旧帝国艦隊は、高速艦艇を選抜した精鋭である。 被害を受けながらも、巧みに距離を取り続けていた。 第四艦隊には、旧貴族家出身の高級士官が多かった。 彼らにとって、戦功は単なる昇進材料ではない。 家名を高めるもの。 自らの武勇を証明するもの。 そして。 長く続いた内乱の最後に、自分の名を歴史へ残す最後の機会でもあった。「敵、反転!」「反撃してきます!」「小癪な!」 ラプーチ
アストレア聖帝国総旗艦ハンニバル。 高級将校たちが遅い食事を取っていた、その最中だった。「緊急連絡!」 艦内放送に、情報士官の切迫した声が響く。「後方より巨大質量群が急速接近中! 敵艦隊と思われます!」 ユリウスたちは一斉に顔を上げた。「行こう!」 食器をそのままに、将官たちが食堂を飛び出す。 艦橋へ戻ったユリウスは、正面モニターへ浮かぶ大量の光点を見て声を上げた。「距離は? 数は?」「距離、約二・六S相当! 艦影、およそ四千!」「四千!?」 グレゴールが目を見開いた。「なぜじゃ!? どうすれば、あれほどの艦隊がこんな短期間で追いつける!」「理由は後だ!」 ユリウスが叫ぶ。「全艦戦闘配備! 艦首を敵方向へ! 各艦隊は事前計画通り、防御陣形を形成せよ!」「了解!」 アストレア艦隊にとって、これは完全な奇襲であった。 だが幸いなことに、撤退中とはいえ、追撃の可能性そのものを捨てていたわけではない。 戦闘艦艇を後ろへ配備すると言った、いつでも反転して戦える配置を保っていたのだ。「敵艦隊、有効射程へ入ります!」「攻撃開始!」 ユリウスは右手を振り下ろした。「敵先頭部へ砲火を集中! まず勢いを殺せ!」 旧帝国艦隊は、恒星風に乗った勢いを残したまま、巨大な楔のような陣形で迫ってくる。 対するアストレア軍は、緩やかな半円形に戦列を広げた。 中央へ突っ込んでくる敵先頭を、左右から集中砲火するためである。「第一斉射!」 無数のビームが宇宙を貫く。 旧帝国軍先頭のシールド艦が次々に光へ包まれた。「敵との相対速度、低下!」「なおも接近!」「敵主力、進路変更! 我が左翼へ攻撃を集中しています!」 トラヴァースも馬鹿ではない。 半円陣の中央へ突っ込み続ければ、三方向から砲火を浴びる。 ならば端を食い破る。 旧帝国軍は進路をずらし、アストレア軍左翼へ圧力をかけ始めた。 なお、この時点で両軍の実戦兵力は、ほぼ互角になっていた。 ユリウスは撤退開始に先立ち、五個艦隊を四個戦闘艦隊へ再編していたのである。 今までの連戦で傷ついた艦。 かなりの旧式艦。 特殊工作艦。 そうした艦艇は一個艦隊相当の後方部隊としてまとめ、先にマヤ鉱区へ退避させていた。 戦場に残っているのは、戦える艦ばかりである。 ◇◇◇◇◇
帝都ネオ=ベルゼブブ、皇宮地下深く。 幾重もの防音隔壁に閉ざされた秘密の長距離通信室には、淡い青光を放つ極低周波通信モニターが静かに唸っていた。 その前に立つのは、銀髪をきっちり結い上げた女――宰相ローゼンタールである。 冷たい美貌は夜の氷みたいに研ぎ澄まされ、その双眸だけが獲物を見定める猛禽のように鋭かった。 彼女はゆっくり椅子へ腰を下ろし、片肘をついて問う。「……で、パニキアの最果てを知ったであろう者どもを、取り逃がしたと申すのか?」 モニターの向こう、荒い走査線の中に映るのは、禿げ上がった中年男の顔だった。 男は額の汗をぬぐいながら、かすれた声で答える。「は、はい……
聖帝国暦六四五年八月下旬――。 ユリウスたちが惑星ゲフェニアでパニキア連邦との交渉に臨んでいた頃。 海賊船「モリガン」は連邦の広大な索敵網を避けるため、近隣小惑星帯の陰でじっと息を潜めていた。 砕けた岩塊の群れが鈍く星光を返し、艦内には退屈と緊張が入り混じった、妙に気の抜けた空気が漂っている。 艦長室の隅。 ツーシームは長椅子に寝っ転がり、片手に安酒、口元に安煙草という、ひどく締まらぬ格好で天井を眺めていた。 そこへ、荒鷲の金印を持つ少女が、つかつか歩み寄ってくる。「おい、いい所に連れていってやろうか?」 ツーシームは片目だけ開けた。「……ん? こんな知らない宙域で、土地
休戦ラインを越える瞬間まで、星間ギルドの商船「銀の秤」の船内には、張りつめた空気が満ちていた。 パニキア連邦側の警戒宙域では、数度にわたり検問艇が接近し、古びた船腹へ鋭い捜査光を這わせてきた。 だが、「銀の秤」は武装を持たぬ旧式商船であり、しかも星間ギルド所属の古参船である。 積荷目録も航路記録も、それらしく整えられていたため、大事には至らなかった。「船籍確認完了。積荷照会、一致」「……よし、通してやれ。こんな骨董品で戦をしようって奴もおるまい」 管制側の声が同時翻訳機を通して流れると、操舵席のヘッジボックが小さく肩を落とした。「いやはや、寿命が縮みますな」 ユリウスは商人
――総統官邸最上階。 厚い装甲窓の外では、首都星ルシフェルの軌道を巡る星々が、静かに流れていた。 寝室には甘い香りの香油が漂い、照明は柔らかく落とされている。 その豪奢な寝台の上で、ノクターン総統は絹の寝具に埋もれ、女を腕に抱いたまま大きな寝息を立てていた。 旧帝国領の半分を動かす男も、この瞬間だけは無防備だった。 ――その時だった。 床板が、ほとんど音もなく開く。 暗闇の中から、黒装束の男が這い上がってきた。 官邸の防衛網を潜り抜け、ここまで辿り着いた刺客である。 男はゆっくりと立ち上がると、寝台の脇に歩み寄り、消音銃を構えた。 照準は、眠る総統の胸。 その時、腕に