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第3話……モリガン、牙を剥く

last update Fecha de publicación: 2026-06-05 02:04:02

「おいおい、領主坊ちゃんを脅して、姐さんも落ちぶれたもんだな」

 誰かが酔いに任せて口走った瞬間――。

 隣の席から立ち上がった巨影が、音もなくそいつの襟首を掴み上げた。

 身長は2m50cmを超える筋肉だるま。その赤毛の巨漢が低く唸る。

「……姐さんの言葉に文句あるか?」

 顔を真っ青にした酔っ払いが首を振ると、巨漢は無造作に床へ放り捨てた。

 酒場中が静まり返る。

「副長のビッグベアだ……!」

「やべぇ……」

 誰かの震える声が広がり、空気が一変した。

 ツーシームは煙草をくゆらせながら肩をすくめた。

「まったく、トムは物騒だねぇ」

 赤毛の巨漢――「ビッグベア」は答えず、ただ鼻を鳴らす。

 場の空気を凍らせたまま、彼は振り返り、ユリウスたちを顎でしゃくった。

「……来い」

 低く短い声。

 その巨体が動くたび、床板がきしみ、周囲の海賊たちが無言で道を開けた。

 グレゴールは警戒を隠さず、だが少年の肩を押して、その背に従ったのだった。

◇◇◇◇◇

 酒場の裏口を抜けると、暗い通路が岩盤の奥へと続いていた。

 先頭を歩くのは、巨躯の副長――「ビッグベア」と呼ばれる男。

 無言のまま、低い足音だけが響く。

 ユリウスと老家臣グレゴールは互いに目を合わせた。

 戻る道はない。この巨漢の背に従うしか生き残る術はなかった。

 やがて通路は広間に開けた。

 そこは崩れた採掘場の跡地を改造した、秘密のドックだった。

 赤茶けた岩壁に隠されるように、黒光りする艦影が横たわっている。

 装甲板は煤と傷で覆われ、ところどころ継ぎ接ぎの補強痕。

 だがその姿には、幾多の戦いを潜り抜けてきた殊勲艦のような迫力があった。

「……あれが、海賊船……」

 ユリウスは息を呑む。

 ツーシームの宇宙海賊船の船腹には、「モリガン」と大きく描かれていた。

 帝国の宇宙巡洋艦艦より一回り小さいが、艦首には大型の収束砲を備え、船体側面には突撃艇のハッチが並んでいる。

 黒く塗りつぶされた船体には、かすかに白で描かれた飛竜の紋章。

 艦内からは整備兵の怒号と、エンジンの低い唸りが響き出ていた。

「乗れ」

 レッドベアが短く言った。

 ハッチが開き、金属のタラップが伸びる。

 グレゴールは一瞬ためらったが、ユリウスの肩を抱き、二人でその影に足を踏み入れる。

 重厚な扉が閉じた瞬間、少年は背筋に冷たいものを感じた。

 ――もう、帝国の世界には戻れない。

 暗がりの艦内。

 通路の奥から、煙草の香りと共にあの女の声が響いた。

「ようこそ、モリガンへ。生き残りたきゃ、ここからが本当の賭けだよ、坊ちゃん」

 二人は女の手下の指示に従い、硬いシートに座り、安全ベルトを締めたのであった。

◇◇◇◇◇

「追手が来てやすぜ、姐さん」

「ここでは船長と呼べ!」

 ツーシームの声が艦橋に響いた。

 ユリウスが乗り込むや否や、モリガン全体が低く唸りを上げる。

 どうやらクロイツ準男爵の差し向けた追手が、小惑星帯の外縁まで迫っているらしい。

「出航だ!」

「了解!」

 副長レッドベアの巨体が操舵席の後方で動き、重厚なレバーを押し込んだ。

 艦内には簡易重力装置が働き、少年はシートに体を押しつけられる。

 Gが全身の骨に響く――だが、不思議と誰も慌てていない。

 極周波レーダーのスクリーンには、点滅する四つの光点。

 敵艦――銀色の帝国標準型巡視艦。全長百八十メートル、横陣を組み、網をかけるように小惑星帯を捜索中だった。

「敵、回頭。こちらを捕捉しました」

「おう」

 ツーシームは煙草を咥え直し、灰を落とす。

 巡視艦の艦首主砲が冷たく光り、停戦信号もなしに照準を合わせてきた。

 この宙域で海賊と見なされれば、撃沈は当然というわけだ。

「敵、ビーム砲来ます!」

 レーダー員の叫びと同時に、ユリウスは目を見開いた。

 ――モリガンが、空間ごと滑ったのだ。

 艦体が右舷へと跳ねるように移動し、慣性を無視する動きで敵艦列の死角へ滑り込む。

 外の星々が線になって流れ、視界が歪む。

「なんだ……これは……!」

「撃て!!」

 ツーシームの号令。

 まるでその一瞬を読んでいたかのように、艦首の収束狙撃砲が閃光を放った。

 光の槍が敵陣を貫き、四隻の巡視艦を、斜め後方から一直線に串刺しにする。 

 当たった瞬間、超高温により動力区画が蒼白に発光し、機関設備や装甲鋼材が同時に気化する。

敵艦4隻は跡形もなく蒸散し、静寂だけが残った。

 レーダーに映るは微小な残留粒子の散布のみ。

「……敵、全艦蒸発確認!」

「うむ」

 短く答えるツーシーム。

 安煙草をくゆらせながら、彼女は操縦席の背もたれに体を預けた。

 謎の機動の衝撃で、船体がわずかにきしむ。

 ユリウスは呆然とモニターを見つめた。

 今の動き――どうやって回避し、どうやって撃ったのか。

 理屈では説明がつかない。

 ただ、あの女が舵を握った瞬間、この船が「生き物のように」宙を駆けたのだけは確かだった。

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