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第6話……戦果は紙の上で

last update publish date: 2026-06-05 02:06:45

 反乱鎮圧から七日後、惑星ヴァルカンの子爵館。

 焼け焦げた壁の匂いがまだ残る広間に、元家臣たちが列をなし、少年の前にひざまずいていた。

 「このたびは誠に遺憾な事件でございましたな、若君」

 「我らはあくまで平和を保ち、館を守っておりました」

 「戦後の秩序維持のためにも、何かしらのご褒賞を――」

  ひとりが言えば、続くように皆が頭を下げる。

  その衣の袖には血の匂いではなく、贅沢な香油の匂いがした。

「……それと、閣下」

 一人の家臣が、恐る恐る口を開く。

「クロイツ殿は反省しておられます。何かの誤解があっての反乱であったと聞き及んでおりまする。旧来の功績もございますゆえ、どうか寛大な処置を――」

 ざわめき。

 少年の拳が静かに震える。

 彼の父母を殺し、館を焼いた男の名が、その場で平然と口にされたのだ。

「……誤解、か」

 少年の声はまだ幼く細い。だが、その静けさに誰もが息を呑んだ。

「では、父の首を掲げたのも誤解だったと?」

 怒りの言葉が空気を震わせた。

 少年は立ち上がり、玉座の階段を踏み鳴らす。

 「父の仇を赦せと言うのか! そんな理があるものか!」

 そのとき、年長の老臣が一歩前に出た。

 「……若君」

 低く、しかし明瞭な声だった。

「この惑星は、アストレア子爵家のご当主お一人のものではございません。領地の統治は、古来より家臣団の合議により成り立っております。彼らの協力なしには、ヴァルカンの政も産業も、何ひとつ動きませぬ」

 少年の瞳が揺れる。

 怒りは理解に変わり、理解は無力の苦味へと沈んでいく。

 「……では私は、父の仇にも頭を下げねばならぬのか」

 その呟きに、老臣は答えなかった。

 広間に沈黙が落ちる。

 家臣たちは互いの顔を見合わせ、誰も言葉を継げぬまま、ひとり、またひとりと退室していった。

 残されたのは、焦げた旗と、少年の影だけ。

◇◇◇◇◇

 翌日、子爵館の大広間では合議が開かれた。

 乾いた議論は長く、果てしなく無常であった。

 反乱の首謀者クロイツ準男爵は、二割の領地削減にとどまり、家臣団への恩賞として、子爵家の直轄地からも広大な土地が分割された。

 会議が終わる頃には、アストレア家の地図は見る影もなかった。

 北方の鉱山群は戦傷者への補償に、南方の牧地は分与、宇宙港湾税も家臣団の共同管理へ。

 合議が終わった夜、館の灯はほとんど消えていた。

 広間の机の上には、焼け焦げた地図と、帳簿の断片だけが残る。

 領地は四方に分割され、子爵家の印が残るのは、わずかに鉱山跡と一つの港町だけだった。

 扉が開き、ツーシームが現れた。

 焦げ跡の床に、長い外套の裾が音もなく擦れる。

「聞いたよ」

 彼女は机上の帳簿を見下ろした。

 「準男爵は二割の削減、家臣には恩賞、で――私への報酬は、白紙のままか」

 少年は唇を噛んだ。

 「……出せない。合議で決まってしまったんだ。財庫にも、もう何も……」

 ツーシームは笑わなかった。

 机に片手をつき、もう片方の指で少年の胸を軽く押す。

 「――あんた、私をタダ働きさせたのか」

 その声には怒鳴りも嘲りもなく、ただ冷たかった。

「戦士の血は、財貨で埋め合わせるのが道理だ。それを守らなきゃ、誰も次は戦ってくれない」

 少年は顔を上げる。

「でも……守りたかったんだ。皆を。領地を……」

 ツーシームの目が細くなる。

「守る? 誰を? 自分の保身に忠実な連中をか? あんたが流させた血は、紙切れ一枚の合議で帳消しにされた。それが、あんた流の『秩序』だよ」

 少年は言葉が出なかった。

 机の端に手をつき、肩を震わせる。

 ツーシームは一歩だけ離れ、視線をそらした。

 「この戦いで死んだ私の部下の家族はどうなる?――物乞いでもしろっていうのか!!」

 その声は静かで、痛烈だった。

 そして彼女は、何も言わずに背を向ける。

 外套がひるがえり、焦げた空気を切り裂いた。

 扉が閉まる。

 少年はその場に崩れ落ち、拳で床を叩いた。

 音が響くたびに、涙が一粒ずつこぼれ落ちる。

 燃え残った地図が風に揺れ、ひとすじの灰が蝋燭の炎に吸い込まれていった。

 ――その夜、少年は泣き疲れて眠るまで、誰にも聞かれぬ声で何度も呟いた。

「……父上、助けてください。父上、父上」

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