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第36話……グラストヘイム会戦・序幕

last update Tanggal publikasi: 2026-06-10 15:22:16

 聖帝国暦六四四年十一月中旬――。

 ハルダー元帥率いる第六総管区の艦隊は、第三総管区境界を突破すると、まるで雪崩のような勢いで侵入した。

 わずか十日で二つの無人星系を攻略し、艦隊は目的地である「グラストヘイム要塞」の周辺宙域へと進出する。

 おおよそ宇宙要塞とは、航行可能空間が著しく制限された宙域に築かれるものだ。

 グラストヘイム要塞周辺も例外ではなく、厳しい航行環境により、細い回廊状の航路が複雑に入り組んでいる。

 しかもここは辺境でありながら、第一総管区へ通じる交通の要衝でもあった。

 ゆえに、この宙域には各種戦略物資が備蓄され、さらには――中央政府軍が第五総管区反乱討伐のために敷いた主要兵站線が存在していた。

「予定通り、偵察艦を四方へ展開せよ!」

「了解!」

 ハルダー元帥は、要塞周辺の「伏兵」を何より警戒した。

 艦隊は一時行軍を停止し、警戒態勢を崩さずに偵察艦が四方へ散っていく。

 その間、旗下の艦艇群は交代制で補給艦へ接舷。

 新鮮な食料、水、エーテル燃料、そして戦闘用食の嗜好品まで積み込んでいく。

 船体間を行き交う小型艇のエンジン音が、補給作業の緊張感を際立たせる。

「副長、缶入りラム酒は各艦に行き渡ったか?」

「はっ、補給科より士気向上に資するとの要望により、余剰分も割り当て済みにございます」

 元帥は小さく頷いた。

 今回の兵站線は急造ゆえ、戦いは短期で終えるしかない。

 兵士の士気と持久力を支えるものは、嗜好品を含むすべてを活用せねばならなかった。

 艦橋の大型パネルには、偵察艦の航跡が蜘蛛の巣のように描かれていく。

 その先に何が待つのか――

 誰もが息を潜めていた。

◇◇◇◇◇

 各所に散開した偵察艦から、旗艦「オクトパス」へ通信が矢継ぎ早に飛び込んできた。

「敵影発見! 数およそ二百――大型艦の反応は無し!」

 オペレーターが報告を叫ぶと、戦術士官が即座に指示を重ねる。

「各指揮艦艇へ、敵座標を即時送信! 対処準備に入れ!」

「了解!」

 モニターに浮かぶ敵編隊は、明らかに要塞防衛を任された守備部隊だった。

 さらに分析結果が付け加えられる。

「敵艦艇、旧式多数――おそらく予備戦力です!」

 ハルダー元帥は顎を撫でながら短く応えた。

「第五総管区から遠すぎる……本隊の支援もままならぬというわけだな」

 そして迷いなく命じる。

「全艦艇、速力第一戦闘速度! 援軍が来る前に一気に叩き潰す!」

「了解!」

 第六総管区側も旧式艦が中心とはいえ、数は六百余隻。

 同格同士の殴り合いでは、数がそのまま勝敗を決める。

 やがて射程警告灯が赤く灯り、戦術士官が叫ぶ。

「敵、射程圏内に入りました!」

「攻撃開始!」

 複数の戦列を組む二百五十隻のビーム砲艦が、艦首主砲を一斉に放った。

 蒼白い光束が重ねて奔り、敵シールド艦のバリアを飽和へと追い込む。

「敵シールド艦、損傷率八十パーセント超!」

「よし、質量弾を投入せよ。一気に崩せ」

 命令を受け、後方に控えていたミサイル艦二百隻が前に躍り出る。

 船腹のハッチが次々に開き、大型ミサイルが滑り出た。

 迎撃レーザーが閃光の雨を形成する。

 だが迎撃を突破した大型ミサイルは、目標近傍で分解し、数千単位の小型対艦ミサイルを散弾のように放出した。

 空間が炸裂音に満たされ、敵の陣形が大きく崩れた。

「閣下、敵弾幕が薄くなっていきます!」

 ハルダー元帥は、ため息のような声で呟く。

「……うむ。総攻撃に移れ。全艦、最大戦速度!」

 宇宙母艦からは、近接戦闘用の戦闘機群が次々と吐き出され、濃密な軌跡を描いて戦域へ飛び込む。

 開戦からわずか二時間。

 守備部隊は大損害を余儀なくされ、散り散りに逃走を始めていた。

 ハルダー元帥はモニターを見つめ、ゆっくりと息を吐いた。

「……まず一勝。問題はこの後だ」

 周囲の参謀たちも、その言葉の意味を理解していた。

◇◇◇◇◇

 損傷艦の応急修理は四時間に及んだ。

 切り傷を縫うような外板の補修、焦げた配線の交換、艦橋装甲の仮補填……。

 同時進行でエーテル燃料と弾薬の補給も行われ、戦闘直後の艦隊はドックがわりの補給艦に群がるように並んだ。

 ハルダー元帥と参謀たちに、休息らしい休息はない。

 艦橋奥に設けられた狭い士官用テーブルで、戦場パックの食事を流し込み、

 新たな報告と命令が次々に積み上がる。

「時間です、閣下」

「うむ。再編を急がせよ」

 やがて艦隊は再び戦列を整え、航行を開始する。

 その先に――要塞があった。

「……なんだ、あれは」

 若い航法士官が、思わず息を呑んだ。

「グラストヘイム要塞、視認距離に入りました!」

「グラストヘイム要塞を正面モニターへ――拡大投影せよ!」

「了解!」

 複数のセンサーが同期され、巨大な球体が艦橋スクリーンいっぱいに映し出された。

 その外殻直径――約八十キロメートル。

 周囲を取り巻くのは、常に荒れ狂うガス雲の層である。

 電磁嵐が閃光となって表面を撫で、濃い青や紫の稲妻が瞬く。

 情報士官が報告を読み上げる。

「外殻――イオン化ガス層。中層――液体金属の可変シールド。さらに内層にセラミック複合装甲。三層構造を確認」

 要塞の防衛思想は、ただの装甲ではなかった。

 その構造はまるで天体規模そのものである。

「小型恒星――中心部に存在。出力は安定。エネルギー源は……無限供給と推定」

 参謀の一人が息を呑んだ。

「つまり……全体がダイソン球ですな」

「その通りだ」

 ハルダー元帥が低く答える。

 帝国領内に存在する数ある要塞群の中でも、グラストヘイム要塞は例外の多い存在だった。

 戦略的なハブであり、物資集積地であり、そして第五総管区征討作戦の兵站動脈の心臓部でもある。

 しかもその「心臓」は、枯れぬ恒星によって動き続ける――

 つまり多くの場合、要塞の防衛力が尽きる前に、攻める側のエネルギーが尽きるのだ。

 ハルダー元帥はスクリーンを見据えたまま呟いた。

「……まったく、帝国中央は贅沢なものを作る」

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