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第21話……停戦の代償と反乱の兆し

last update Tanggal publikasi: 2026-06-08 03:08:20

 聖帝国暦六四四年七月初旬――

 銀河聖帝国ノヴァ中央政庁、摂政府大広間。

 冷えきった大理石の床を、規則正しい靴音が断固たる行進のように打ち鳴らされる。

 高くそびえるドーム天井には、銀河星図を模した光学投影が巡り、紫紺の光が居並ぶ行政官たちの肩章を鈍く照らしていた。

 階段状に設けられた傍聴席には、各総管区より召集された行政官、財務監察官、軍政監督官、司法卿補佐らが隙間なく居並び、私語はおろか、咳一つ響かない。

 羊皮紙と端末を抱えた官僚たちは背筋を張りつめ、沈黙そのものに縛られるかのように、ただ前方――黒曜石の玉座を凝視していた。

 やがて、重く低い鐘音が一打、空間を震わせた。

 大広間の奥、玉座の上で、ゆるやかに一つの影が立ち上がる。

 漆黒の外套をまとった若き貴人――摂政、ヴィルヘルム・ノクターン公爵である。

 老帝はすでに病床に伏し、帝国の実権はすべて、この若き摂政の掌中にあるといわれている。

「摂政様――」

 震える声で、ひとりの財務官僚が一歩前に進み出た。

「これほど各地で反乱が相次ぎ、なおパニキア連邦の蛮族とも泥沼の全面戦争状態となっては……いかに国庫に財貨がございましても、もはや支えきれませぬ」

 額ににじむ汗をぬぐいながら、彼は巨大なスクリーンに次々と資料を投影した。前線の軍の維持費、治安維持費、広大な補給線。

 それは赤く染まった損耗曲線を描き、無慈悲な数字が大広間の空気をさらに冷やしてゆく。

 公爵はそれを黙して見つめ、やがて小さく頷いた。

「……ふむ。では、かつて提出されたパニキアとの停戦案を再び俎上にのせるよりあるまいな」

 その言葉に応えるように、前列の一角から静かな声が続く。

「左様にございます」

 銀の光を帯びた長い髪を揺らし、マリアンヌ・ローゼンタール宰相が一歩進み出た。理知と苦渋を同時に湛えたその瞳が、公爵を真っ直ぐに射抜く。

「パニキアは我らと正式な国交を持たぬ野蛮の連中。仲介は人類統合共和国に委ねる他ありませぬが……」

「問題は、彼らが何を欲するか、だな」

 公爵の低い声に、宰相は一瞬だけ視線を伏せ、そして断言した。

「……奴らはエーテル資源に執着しております。取引条件としては、第六総管区のゴチエ大鉱区の一部くらいを差し出さねば、交渉の卓にすら着かぬでしょう」

 その言葉が落ちた瞬間、大広間に重苦しい沈黙が広がった。

 やがて――宰相以下、列席する全ての官僚たちが、覚悟を固めたように静かに頷く。

 第六総管区の血脈とも言うべき大鉱区を、敵に差し出させるという選択。

 それは第六総管区を、帝国全体のために生贄にさせるという行為でもあった。

「よかろう」

 ヴィルヘルム・ノクターン公爵は、短くそう告げた。

「細部の詰めは宰相と諸君に一任する。これは外交という『戦』だ。心してかかれ!」

 そう言い残し、公爵は黒曜石の玉座を後にした。

◇◇◇◇◇

 その二週間後――。

 第六総管区、総督府要塞都市グラウゼン。

 分厚い装甲扉を越え、帝国中央の紋章を刻んだ封緘書が、セドリック・アーヴィング侯爵の執務室へと差し出された。

 赤い帝国印は、まるで血の封印のように不吉な光を帯びている。

 書面に目を通した瞬間、侯爵の顔色が一変した。

「――なんだ、これは!?」

 怒声とともに命令書が床へ叩きつけられる。

 重い紙束は大理石の床に散り、拾い上げられた書面は、震える手で家臣たちの間で回された。

「……こ、これは……」

「ゴ、ゴチエのエーテル大鉱区……約八割を割譲せよ、だと……!?」

「如此なる命を受ければ、我が第六総管区は干上がりますぞ! 民草も、生きてはゆけませぬ!」

 家臣たちは口々に叫び、憤怒と恐怖が執務室を満たした。

 第六総管区は、帝国版図の最外縁に位置する辺境星系の集合体。

 産業は乏しく、租税収入も六総管区の中で最も少ない。

 だが――ただ一つ、周囲が喉から手が出るほど欲するものがあった。

 それは、ゴチエと総称される八つの無人星系に広がる、希少エーテルの大鉱脈。

 第六総管区はこの資源を掘削し、中央および人口密集星域へ輸出することで、辛うじて自治政策と社会保障を維持してきたのだ。

 それを今、帝国中央は――

 ごっそり差し出せ、と命じてきたのである。

「しかも……この資源地帯を、よりにもよってパニキアの蛮族どもに明け渡せとは……!」

 侯爵は歯噛みし、書面を睨みつけた。

「中央の無能どもは、我らを見殺しにする気か!?」

「閣下、もはや穏便に済ませる段階ではありますまい。武力をちらつかせ、条件の再交渉を――!」

 血気にはやる家臣の中から、ついに反乱を示唆する声すら上がる。

 だが、アーヴィング侯爵は静かに首を振った。

「愚か者。第六総管区の軍事力は、第一総管区の二十分の一に過ぎぬ。中央と事を構えれば、二十日ももたずに殲滅される」

 冷静な言葉だったが、その拳は強く握り締めていた。

 命令に従えば、管区は餓死する。

 逆らえば、軍に焼き払われる。

 その、まさに袋小路の只中――

 執務室の扉が激しく開かれ、伝令が駆け込んできた。

「閣下! 緊急急報! 第五総管区が――反乱を起こしました!」

「……なに?」

 室内の空気が、一瞬で凍りついた。

 百六十もの星系を従える巨大管区――第五総管区。

 単発的な辺境星系の反乱ならいざ知らず、一つの総管区そのものが帝国に刃を向けるなど、前代未聞であった。

 しかも、第五総管区には中央から理不尽な徴発命令が下ったという話も聞こえて来ない。

「……一体どういうことだ?」

 アーヴィング侯爵はゆっくりと息を吐き、家臣たちを見渡した。

「よかろう。第五総管区の動向を探る。極秘裏に使者を放て」

「閣下……まさか、秘密裏に同盟を?」

「生き残るためには、もはや選り好みは出来ぬ」

 こうして第六総管区は、密かに帝国中央の情報網をすり抜け、反乱管区へと触手を伸ばした。

 まだこの時、彼らは知らなかった。

 この密使の往復こそが、やがて帝国全域を炎に包む大反乱の導火線となることを――。

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