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第6話

Author: オレンジ
河村由衣がこれまで写真や動画で煽ってきたのも足りなかったのか、今度は目の前に来て威張り散らしたなんて。

しかし、美羽はまったく興味がなかった。

美羽は眉をひそめ、そっぽを向いて歩き出した。

だが由衣は無邪気な姿を一変させ、ぴたりと立ちふさがった。

「夏目美羽、私が送ったあの写真や動画、どうだった?雅也さんは、きっとあなたにはあんなことしないでしょ?胸もケツもない老けた女なんだから」

美羽は足を止め、唇の端をほんのり持ち上げて淡い笑みを浮かべた。「それは確かにあんたには敵わないよ。だってあんたは誰にも管理されない立ちんぼなんだから」

その言葉に、由衣のピュアな顔が歪み、瞳には激しい怒りが燃え上がった。

「雅也さんはもう言ってただろう。あなたには親もいないから哀れで結婚したんだって。もし両親が生きてたら、こんなに情けないあなたを見て気が狂っちゃうって……あっ!」

由衣が言い終わる前に、美羽は躊躇なくびんたを張った。

由衣は左頬に手を当て、痛みに顔をゆがめつつも嘲るように言った。「夏目美羽、私にはこんなに強気なのに、雅也さんにはへこへこ媚びて、本音を言えないんでしょ?そりゃそうだよね、親もいなくて養ってくれる人もいないんだから、何やっても驚かないよね!」

美羽はもうこれ以上言い合う気も起きず、再び手を浮かべだが、その瞬間、由衣がバランスを崩し、ハイスツールから転げ落ちた。

しばらく呆然と見下ろした美羽の視線の先で、由衣は手で腹部を抑えたまま床に倒れ込み、下腹部からはじんわりと血がにじんでいた。

携帯を取って救急車を呼ぼうとした美羽の背後から、驚愕の声が響いた。「由衣!!」

雅也の声だった。

振り返る間もなく、強烈な力で美羽は突き飛ばされ、腰の古傷はテーブルにぶつかり、彼女は激しい痛みで痙攣して床へ崩れ落ちた。

しかし、その力の源は美羽の存在をまるで忘れたかのように、由衣へ駆け寄った。

半昏迷の由衣を抱き上げると、雅也は優しい声で囁いた。「由衣、怖がらないで。すぐ病院に連れて行くから。赤ちゃんは大丈夫だよ」

由衣は目を閉じ、涙をこぼしながら震える声で言った。「雅也さん、美羽さんは……わざとじゃなかった……」

その一言に、雅也は全身を震わせて、初めて美羽が床に転んだのに気づいた。

彼の頭の中は、子を失う恐怖でいっぱいだった。美羽の痛みも悲しみも、まったく視界に入らなくなっていた。

「急を要するから、あとで話す」そうだけ言い残すと、彼は由衣を抱えてそのまま出て行ってしまった。

二人の背中が視界から消える頃には、美羽の腰痛は骨に染み渡るほどに悪化し、身体は震えが止まらなかった。言葉も出ず、ただ身を縮めて痛みをこらえるしかなかった。

周囲の店員たちが慌てて救急要請をする声が遠く聞こえる中、美羽の意識は徐々に薄れていった。

朦朧とした意識の中で、彼女はふと思い出していた。腰を痛めたばかりの頃、トイレやシャワーのとき以外、雅也は毎日彼女を背負って歩き、食事を運び、寝かしつけるように優しく寄り添い、彼女が「痛い」と一声漏らせばすぐに手を止めてくれたのに。

だが今では、自分が死にそうなほど苦しみながら呻いていても、彼は二度と立ち止まってはくれなかった。

次に気づいたとき、美羽は病室のベッドに横たわっていた。手には点滴のチューブが繋がれ、周りには誰もいなかった。

痛み止めのおかげで腰の痛みは和らいでいたが、さっきの光景を思い出すと、胸の奥を抉られるような苦しみは消えなかった。

河村由衣が雅也の子を孕んだなんて。

しかも、雅也はその子をこんなにも大切にして、自分を完全に放置するなんて。

美羽はぼんやりと病室の天井を見つめた。太陽が沈み、病室が暗闇に包まれ、携帯画面も漆黒のままだった──

結局、雅也から一通のメッセージすら届かなかった。

けれど、美羽は眠りに落ちそうになった頃、携帯画面が光った。由衣からのメッセージが届いた。

【あなたのおかげで、赤ちゃん無事だったよ】

【中央病院三階 A03 病室に来てね!サプライズがあるから!】

美羽が今入院しているのは、中央病院だった。暗闇の中、彼女は長い間じっと座っていたが、最後には点滴の針を抜いて三階へ向かった。

三階の病室はどこも静まり返っていたが、A03病室だけは、遠く離れていてもわかるほどの賑やかな声が漏れていた。

美羽は唇をきつく結び、ゆっくりと歩を進めた。

病室の扉の上部は透明になって、彼女はつま先立ちして中を覗き込んだ。そして、その中の光景を目にした瞬間、彼女は動けなくなった。

病室は人で溢れかえっていた。ベッドに横たわる由衣のそばには雅也が付き添い、そのほかにも雅也の両親、伯父伯母、叔父叔母まで揃っていた。

通路には高級なツバメの巣やナマコなどの滋養品が所狭しと並べられていて、雅也の母は満面の笑みを浮かべながら、由衣の手にお年玉を差し出していた。

「いい子ねぇ、最初からあなたは福のある子だと思ってたのよ。もし男の子を産んだら、あなたは浅間家のお嫁さん確定よ!」

そのとき、雅也の低い声が響いた。「そういう話は、冗談で済ませるなら構わない。でも、浅間家の嫁は、美羽だけだ」

雅也の母の顔が途端に曇った。「私は嫁より孫が大事。聞いたわよ、由衣ちゃんは夏目美羽に突き飛ばされて流産しかけたんでしょ? そんな冷血な女、浅間家は絶対受け入れないわ!」

伯父伯母も同調して言った。「あの美羽って昔から甘やかされて育ったんでしょ? 金遣いも荒いって聞いたし、嫁にはふさわしくない」

叔母は前に出てきて、由衣にツバメの巣を一口食べさせ、布団を丁寧にかけ直した。

「そうそう、夏目美羽は両親が早く亡くなってるんでしょ? 親がない子は、やっぱり躾もなってないのよ。それに比べて由衣ちゃんは、あなたのためにどれも我慢してきた」

扉の外でつま先立ちしていた美羽は、自分のことが一つひとつ口汚く語られていくのを、ただじっと聞いていたが、彼女は足に鉛を流し込まれたように、その場から一歩も動けなかった。

そのとき、雅也はテーブルを叩いた。その鋭い音に、病室の中の全員が身をすくめた。

彼の声は冷たく、氷の刃のようだった。「何度言えばわかる? 美羽は僕の唯一の妻だ。美羽を侮辱するってことは、僕を侮辱するってことだ。二度とこんなこと言うな!」

その気迫を怖がるのか、雅也の母も、伯父たちも、口を噤んで黙りこくった。

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