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第1224話

Author: かんもく
桜は台所で彼の電話の声をはっきり聞いている。

とわこが奏を探しているだけでなく、一郎も探しているに違いないと直感する。

彼女は台所の戸口に伏せて、堂々と盗み聞きする。

一郎は気づかない。

電話を終え、首の凝りを軽く回す。視線の端に、台所から顔を覗かせる桜の頭がふっと入る。

「何してる」一郎は彼女の挙動を怪しげに思い、まるで頭上に大きな監視カメラがぶら下がっているように感じた。

桜はすぐに台所から出てくる。「料理してるのよ。家に唐辛子がなくて、辛いのが好きだから欠かせないの」

「買い物のときになぜ買わなかったんだ」一郎は眉を上げる。まさか僕に買わせるつもりかと皮肉を込める。

「一緒に買いに行きましょうよ。さっき首をひねったでしょ。首の調子が悪いんじゃない?」桜は彼の前に歩み寄り、話を続ける。「運動不足よ。もっと歩いた方がいい。年を取ると体は衰えるけれど、運動すればかなり改善するわ」

そう言って彼女は手を伸ばし、彼の腕をつかんでソファから引き起こそうとする。

一郎は呆れた。

「桜、僕に触るな。君が妊婦だからって、何もできないと思うなよ」と強めに言い放つ。

「あなたはどうしてそうなの。前に私の腕を引っ張ったことが何度もあるくせに。あたかも遠慮しているみたいに振る舞うのはやめてよ。男でしょ?」桜はきっぱり言う。

一郎は唇を動かすが、反論が見つからない。

「外に出たくない」彼は短く言う。

「ダメ。ここは慣れてないからあなたを連れて行く」桜は強引に言い張る。

「台所の食材はどうやって買ったんだ」一郎は驚く。

「買い物アプリよ。でも今は唐辛子だけが足りないの。数本なら配達してくれないかもしれないから」桜はそう言って一郎を無理やり引っ張り出す。

外を歩く間、一郎は周囲をキョロキョロ見る。知り合いに会わないかと気にしている。

桜と並んで歩くのが恥ずかしいと感じる。

もし二人が付き合っていると誤解されたら、説明も面倒だ。

「一郎、父が間もなく死刑執行されるの。兄さんは遺体を引き取らないって言うし、奏兄もいない。私がどうやって遺体を引き取るの」桜は悲痛な顔で訴える。

一郎の表情が引き締まる。

「父さんが死ぬ前に奏兄を見つけられるか」桜は哀れっぽく彼を見る。「本当にどうしたらいいか分からない。私は力もないし、遺体の引き取りなんてどうしたらいいの
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