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第1278話

Author: かんもく
看護師が通りかかり、俊平の様子を見てすぐさま車椅子を押してきた。

とわこは彼を乗せ、急いで救急室へ向かう。

検査の結果を待つあいだ、俊平の意識が少しずつ戻ってくる。

胸の痛みはまだ鋭く残っていたが、それ以上に胸を締めつけたのはなぜ、とわこがあんな乱暴で暴力的な男をいまだに想っているのか、という思いだ。

「とわこ、もしあいつがもう少し強く殴ってたら、俺はもうアメリカに戻れなかったかもしれない。あんな危ない男に、殺されるかもしれないって思わないのか?」俊平の声は痛みと苛立ちに震えていた。

今の奏は、もう彼女のことを覚えていない。それでも彼女は必死に彼を地獄から救い出そうとしている。

だが彼女の言う地獄は、奏にとってはもしかしたら天国なのかもしれない。

「ごめんね、俊平。彼は誰かが背後から襲ってきたと思ったの。だから反射的に。次に会うときは、ちゃんと正面から声をかけてあげて」とわこは申し訳なさそうに言う。

「次があるのか?俺はもう二度と会いたくないね」俊平は泣きそうな顔をした。「肋骨、たぶん折れてる。入院コースだな……」

その言葉どおり、レントゲンの結果は肋骨の軽い骨折だ。

命に別状はないが、少なくとも一週間の安静が必要だという。

その頃、日本。

この日はレラの休日で、涼太が彼女を館山エリアの別荘まで送ってきた。

玄関を入ると、三浦が駆け寄って伝える。「レラ、パパが生きていたそうよ」

「お兄ちゃんから聞いたよ」レラは無理に笑おうとしたが、唇がうまく動かない「それに、パパが新しい奥さんを迎えたって」

三浦もその話は耳にしていた。だが、どう考えても何かの誤解にしか思えない。

とはいえ、今はもう奏の肩を持つようなことは言えなかった。

あまりに非常識な話だからだ。

「レラ、あなたのおばさん、パパの実の妹さんが、今この家に住んでるのよ」三浦は話題を変えた。

「うん、お兄ちゃんが言ってた。しかもそのおばさん、一郎さんの赤ちゃんを妊娠してるんでしょ?」レラはため息をつく。「ちょっと家を空けただけで、こんなことになってるなんて。ほんと、疲れちゃう」

ソファに沈みこむように座るレラの顔は沈んでいた。

父は遠い国で新しい妻と暮らし、母は戻ってこない。きっとつらい思いをしているに違いない。

そのとき、物音を聞いた桜がリビングに現れる。

レラを見るな
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