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横領犯にされた経理女は、若頭の金庫を握って元社長を潰す
横領犯にされた経理女は、若頭の金庫を握って元社長を潰す
Auteur: fuu

第1話:消えた八十万円

Auteur: fuu
last update Date de publication: 2026-06-09 21:52:20

 半年後。私は、若頭の店で、自分を横領犯に仕立てて捨てた会社へ続く、最初の確かな線を握っていた。数字で、あの会社を追い詰める側へ――ようやく、回り始めていた。隣には、表の世界には絶対に出てこない男がいて、低い声で私にこう言う。

「その席、誰にも譲るな」

 ――でも、この夜の私は、まだ何も知らない。

 一枚の伝票が、私の人生を焼き払おうとしていることも。その火を、いつか私が同じ数字で消し止めることも。

 横領犯。八十万円を盗んだ女。そう書かれた紙一枚で、私は仕事も、信用も、明日も、いっぺんに失った。盗んでなんか、いない。一円も。それを胸を張って言える場所にたどり着くまで、半年かかった。

 始まりは、八十万円だった。

 経理の月末は、空気が薄い。電卓の音、誰かのため息、コピー機のうなり。私はただのパートだ。でも月次の入出金チェックは、いつのまにか私の仕事になっていた。

 画面の一行で、指が止まった。

 外注費。八十万円。支払先「リベルタ企画」。見覚えのない名義。

 請求書はある。でも備考が曖昧だった。「コンサルティング業務一式」。日付も、いつもの締めから一日だけずれている。

 大きすぎれば監査に引っかかる。

 小さすぎれば手間に合わない。

 八十万円は、紛れ込ませるのにちょうどいい額だ。

 直感がそう言った。

 私はこの会社で七年、数字の手触りだけで居場所を作ってきた。

 健全な金は季節のように流れる。

 給与の山、仕入れの谷、家賃の定点。

 この八十万円は、その流れに混じった異物だった。

「畑中さん」

 経理課長を呼んだ。畑中は顔も上げない。

「この外注費、内容が確認できないんですが」

「社長決裁だよ」

「請求書の中身が、ちょっと」

「請求書があるなら通して」声に、面倒の色が混じった。「パートさんが踏み込むとこじゃないから」

 私は引き下がった。表向きは。畑中がちらりと私を見た。値踏みする目だった。お前の言葉に重さはない。そういう目。知っている。同じことを正社員が言えば検討事項になり、パートが言えば余計な詮索になる。

 それでも、引っかかったものは消えない。私は手帳に短く書いた。請求書番号。支払日。口座の下四桁。父が死んでから、ずっとこうやって生きてきた。覚えておくこと。残しておくこと。後ろ盾のない人間の、唯一の武器だ。

 請求書の現物を、もう一度引っ張り出した。社判の朱が、いつもより薄い。コピーを重ね取りした紙特有の、わずかなにじみ。原本じゃない。差し替えられている。確信はある。でも口にできる立場じゃない。

 夕方、社長室の前で三崎清隆とすれ違った。

「いつも助かってるよ、槻木つきのきさん」

 柔らかい笑み。人当たりのいい声。なのに、背筋が冷えた。社長が、パートの私の名前を知っている。それも、苗字を。普段、この人が私みたいな人間に目を留めることはない。

 すれ違いざま、社長室へ運ばれていく封筒が見えた。経理の伝票が入るような厚みじゃない。もっと私的な、別の紙の束。封の端に印刷された宛名が、一瞬だけ目に入った。

 頭の文字が、さっきの八十万円の支払先と、同じだった。

 席に戻って、システムを開いた。当該データの履歴を見ようとして、指が止まる。

「閲覧権限がありません」

 昨日まで開けた。確かに見られた。一日で、たった一つのデータだけ、見えなくなっている。権限の変更には承認がいる。誰かが申請して、誰かが通した。私が八十万円に触れた、その翌日に。

 背中が、じわりと冷たくなった。良すぎる偶然の裏には、たいてい誰かの意図がある。

 帰り際、ふと振り返った。経理部のモニターが一台、まだ灯っている。私の席じゃない。誰かが、何かを確認している。画面に並んでいたのは、見覚えのある列だった。

 閲覧履歴。利用者名の欄に、「ツキギ リオ」と並んでいる。

 私が、いつ、どのデータを開いたか。それを、誰かが一行ずつ追っていた。

 私は気づいた。そして、気づいたことを、もう相手に気づかれていた。

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