تسجيل الدخول その夜、私は
三崎の来店日。宛名の揺れ。同席者の特徴。支払い方法。そして、自宅から持ってきた、会社時代の手帳。
ばらばらだった。でも、私は知っていた。無関係に見えるものほど、本当は
来店日の一覧を、指でなぞる。ある一日で、指が止まった。
その日、三崎と同席した男の苗字が、八十万円案件の請求書――リベルタ企画に絡む名義と、近い。
心臓が跳ねた。すぐに自分を抑えた。
慌てて刺すな。黒瀬の声が、頭で響く。字面の一致だけでは弱い。
でも、その日だけ支払いが特殊だった。法人カードと現金の併用。宛
その夜、私は綾月の事務室に一人で残った。机の上に、ここまで集めたものを、全部並べた。 三崎の来店日。宛名の揺れ。同席者の特徴。支払い方法。そして、自宅から持ってきた、会社時代の手帳。 ばらばらだった。でも、私は知っていた。無関係に見えるものほど、本当は繋がっている。会社で見てきた不正は、いつもそうだった。一枚では何でもない。並べて初めて、形が浮く。 来店日の一覧を、指でなぞる。ある一日で、指が止まった。 その日、三崎と同席した男の苗字が、八十万円案件の請求書――リベルタ企画に絡む名義と、近い。 心臓が跳ねた。すぐに自分を抑えた。 慌てて刺すな。黒瀬の声が、頭で響く。字面の一致だけでは弱い。 でも、その日だけ支払いが特殊だった。法人カードと現金の併用。宛名は、極端に濁してある。八十万円が振り込まれた四月の頭と、時期も重なる。 私は、手帳を開いた。あの日の、自分の字。「4/7 外注費80万 社長決裁 請求内容不明 履歴制限」 会社を追われる、ずっと前。何も知らずに、ただ気持ち悪さだけで残した、一行。それが今、息を吹き返した。誰も聞いてくれなかったメモが、長い時間を越えて、夜の店の領収と繋がろうとしている。 線が見えた――その夜だった。 事務室の隅で、物音がした。 会計担当のスタッフだった。私が、もう帰ったと思っていたらしい。彼は、保管箱から、ある束を抜こうとしていた。先日、私が「直した跡が残るように」整え直した、あの束を。 指が、止まった。今、動いた。 以前、黒瀬は「泳がせろ」と言った。私は
「金じゃないんですか」 私は思わず聞いた。「あの人を潰すなら、金の流れを暴けばいいと思ってました」 黒瀬さんは首を横に振らなかった。否定もしなかった。ただ、こう言った。「金は結果だ。あいつが本当に守りたいのは、金そのものじゃない。金で買える顔だ。誠実な社長の顔。それを失う方が、あいつには死より怖い」 私は、息を呑んだ。 そうだ。あの男は、私を切ったときも、最後まで「いい上司」の顔をしていた。被害者の顔まで作っていた。金より先に、あの顔を剥がす。それが、あの男にとって、いちばん効く。「わかりました。でも」 私は、引かなかった。「あの会計の人は、どうするんですか。店の金を抜いて、女の子たちの明細まで削ってる。あれは、今、起きてることです。それも、泳がせるんですか」 黒瀬さんの目が、少し冷えた。「泳がせる」「ひなのさんのお金は、戻りました。でも、また削られます。見えてるのに、待つんですか」「待て」 黒瀬さんは短く言った。「あの会計を今潰せば、店の小銭は守れる。だが、その先にいる男は、永遠に捕まらない。お前は、どっちが欲しい」 私は、答えられなかった。守りたいものと、潰したいものが、同じ手で天秤にかかっていた。「お前が線を引くまで、待て。それが、いちばん多くを守る道だ」 命令だった。正しいと、頭ではわかる。でも、守られているのか、手綱を握られているのか、わからなくなる。この人は、私を勝たせようとしている。&n
その夜、三崎が来ていた。 私はバックヤードにいて、表には出なかった。出なくても、わかった。あの男が店に入ると、空気の温度が下がる。少なくとも、私の中では下がる。 営業が終わって、片付けをしていると、低い声がした。「残れ」 黒瀬さんだった。 事務室に入ると、明かりが半分落ちていた。黒瀬さんは椅子に座らず、机に寄りかかっていた。私を見る目が、いつもより少しだけ長かった。「あの男が来るたび、顔に出る」 私は反発した。出していないつもりだったからだ。「出してません」「出てる」黒瀬さんは短く言った。「おまえは隠せてると思ってる。だが、息が止まる。グラスを置く音が消える。わかる奴にはわかる」 言葉が、刺さった。 私は黙った。 黒瀬さんは、責めなかった。淡々と続けた。「恨みがあるのはいい。それは構わない。だが、恨みを見せるのは下手だ」「……」「相手に勘づかれたら終わる。使える人間は、感情を隠して数字に変える。おまえはそれができる頭を持ってるのに、顔が追いついてない」 悔しかった。 だが、その指摘は、正しかった。 会社で負けたときも、そうだった。 私は正しさを信じていた。 無実だと叫べば、いつか伝わると思っていた。 けれど相手は先に物語を作っていた。「情緒不安定な女
三崎を潰すには、三崎一人を見ていてはだめだ。 M案件のファイルを開きながら、私はそれに気づき始めていた。金は一人では動かない。誰かが渡し、誰かが受け取る。三崎の周りには必ず影がいる。 その影を、女たちが覚えていた。「あの人と来る税理士っぽい人いるよね」 ひなのが送り表を畳みながら言う。「あー、いるいる。眼鏡の。でも喋らないの、あの人」 別のキャストが続ける。「いつも最後だけ顔出す若い男もいない? 三崎さんが帰る直前にちょっとだけ来るの」「いた。一回だけ政治家の秘書みたいなのも見たかも」 断片だ。曖昧で頼りない。 だが続ければ線になる。私はその全部を書き留めた。来店日。卓の位置。支払い方法。宛名。同席者の特徴。実名はまだ少ない。それでいい。今は誰が誰と来るか、その並びを掴むことが先だ。「ねえ、理央さん」 ひなのが不思議そうに私を見た。「なんで客のこと、そんなに書いてるの? 名前も知らないのに」 私は手を止めた。「金は一人で動かないから」「え?」「誰といるかで処理が変わるの。同じ人でも一人で来た日と誰かと来た日では、領収の切り方が違う。それは隠したいものの形が違うってこと」 ひなのは、ぽかんとしていた。沙耶が横で低く笑った。「あんた、ほんと向いてないわ。夜の店に」「それ、二度目です」「何度でも言うわよ」沙耶は煙草に火をつけた。「でもね。その向いてなさで稼ぐ女、私
三崎が来た夜の控えを、私が整理することになった。 正式な担当じゃない。九条さんが「ついでに見ておいて」と渡してきただけだ。だが、その「ついで」が、私の手を震わせた。 領収の束を開いた瞬間、匂いがした。 紙の匂いじゃない。処理の匂いだ。 法人名を、正式名称で書かせない。 部署名や担当者名で濁す。一部だけ現金。たまに、宛名なしの控えを欲しがる。同席人数のわりに、ボトルと飲食の計上が浮いている。 私は、この匂いを知っていた。 ミサキアセットソリューションズで何度も嗅いだ匂いだ。三崎案件にはいつもこの匂いがついていた。説明の薄い交際費。不自然に割れた金額。月末駆け込みの精算。 たとえば、ボトルが二本入っているのに、領収は一本分の金額に丸めてある。 残りは別の名目に散らしてある。 たとえば、宛名の途中で書き直した跡がある。 一度「株式会社」と書きかけて、消して、個人名にしてある。 素人なら見落とす。 でも、これを毎晩何百枚も見てきた人間には、傷のように浮いて見える。 夜の店の領収の切り方は、あの会社の経費処理と相性が良すぎる。 良すぎて、気持ちが悪い。 私は過去の手帳を思い返した。 あの頃、私は違和感をメモに残すだけで何もできなかった。誰も聞いてくれなかった。パートの女が何を言っても、社長案件は社長案件で、それ以上は触れるなと壁ができた。 でも、今は違う。
ひなのの明細の件から、店の空気が少し変わった。 誰かが急に私を褒めたわけじゃない。賞賛なんて、夜の店ではいちばん安い通貨だ。そうじゃなくて、雑に扱われなくなった。すれ違いざまに肩で押されることがなくなった。更衣スペースの隅の椅子を、当たり前みたいに譲られるようになった。 それだけだ。 だが、それで十分だった。「言ったでしょ」 沙耶が口紅を引きながら笑った。「敵も増えるけど、味方も増えるって」「敵の方は、まだ顔が見えませんけど」「見えなくていいの。見えてくる頃には、こっちが上にいるんだから」 沙耶は鏡越しに私を見た。「あんた、ひなのの金を守ったでしょ。あれね、店中に回ってるわよ。誰がしゃべったわけでもないのに、勝手に伝わるの。そういう話だけは、足が速いのよ」 私は黙っていた。広めてほしくてやったわけじゃない。だが広まったなら、それも数字のうちだ。 店の女たちは口では何でも軽く流す。 だが、よく見ている。 誰が自分たちの金を軽く見るか。 誰が軽く見ないか。 客の財布より、店の天引きより、女たちは女たち同士の値踏みに敏感だった。 誰が信用できて、誰が裏切るか。 それを読み違えれば、稼ぎが減るどころか、店に居られなくなる。 だから女たちは、笑いながら、相手の芯をいつも測っている。 営業前のバックヤードで、新人の子が領収の







