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第31話:名義だけの外注先

作者: fuu
last update publish date: 2026-06-22 20:01:40

 高津総合プランニング株式会社は、ちゃんと存在していた。

 黒瀬さん側から入った最低限の情報を見て、私はまずそれに少しがっかりした。

 登記はある。代表者もいる。設立は八年前。

 紙の上では間違いなく、一つの会社だった。

 でも、めくっていくと、すぐに気持ちが悪くなった。

 事業内容が曖昧すぎた。

 「経営企画支援」「総合コンサルティング」「各種業務受託」。何でもやれて何もやっていない、という書き方。

 所在地はレンタルオフィスらしき住所。役員は二人だけ。会社の実績もホームページも、ほとんど見当たらない。

「会社としては、存在しています」

 私は、九条さんに言った。

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  • 横領犯にされた経理女は、若頭の金庫を握って元社長を潰す   第41話:鍵の手前

    「今日から、これも頼む」 出勤すると、九条さんが一枚の紙を差し出した。業務範囲の追加だった。 これまでの日次確認に加えて、売上回収前の照合。入金封筒の仮集計。翌日繰越分の記録整理。そして、金庫の出入り前後の確認表の作成。 私は、紙を二度読んだ。 それは鍵そのものを持つ仕事ではない。金庫を開けるのは私ではない。けれど鍵の前と後ろで動く、いちばん責任の重い場所だった。 誰がいつ、いくら出し入れしたか。その記録に私の名前が入ることになる。「……いいんですか。私で」「黒瀬さんが、おまえにと言った」 それで終わりだった。理由は、いつも後からしかわからない。 会計担当のスタッフは、露骨に面白くなさそうだった。これまで自分の領分だったところに、新人同然の女が入ってくる。そこまで必要か、という空気が、はっきりと顔に出ていた。 私は反論しなかった。歓迎されていないのは、わかっている。ここで言い返しても、何も得しない。まずは、手順を覚えることだ。 金庫まわりの運用を、私は一つずつ確かめていった。 誰が開けるか。誰が立ち会うか。何を記録に残すか。どこに二重の確認があるか。そして、どこが「慣れ」で飛ばされているか。 ルールはちゃんと文書になっていた。けれど現場は違った。立ち会いが一人で済まされている時間帯がある。出した理由が「いつものやつ」で通っている持ち出しがある。締めの時間が人によって十分も二十分もずれている。 ルールはあるのに、運用が緩い。 その緩さこそが、傷の生まれる場所だった。会社でも同じだった。属人的な処理。確認の省略。そう

  • 横領犯にされた経理女は、若頭の金庫を握って元社長を潰す   第40話:白河の部屋

    「白河オフィス。おまえが送迎表で拾った住所だ。こっちで当たりを取らせた」 私は、身を乗り出した。「高津総合プランニングの登記と、目と鼻の先だ。同じビルに、似たような箱がいくつも入ってる。一つの会社じゃない。箱を並べて、金を回すための部屋だ」 二段底の「もっと大きい何か」が、ようやく、場所を持った。三崎は、その部屋に出入りする、一人にすぎない。あの男の背後に、本当に、もっと深い底があった。「ただ」 黒瀬さんの声が、低くなった。「向こうの片付けは、おまえが思ってるより手が広い。抜かれてるのは、店の控えだけじゃない。白河の箱のほうでも、古い紙が、まとめて消え始めてる」 背筋が、冷えた。 店の棚から一枚ずつ抜かれているのは知っていた。 私は先に写して、なんとか食らいついている。 けれど、向こうが消しているのは、私の手の届かない部屋のぶんもだ。 これは、店の中だけの競争じゃない。 差し替え前の原本に、先に手をかけた方が勝つ。 私が写せる範囲の外で、紙が燃やされていく。 もう、いくらでも待てる戦いじゃない。「白石さんが、珍しく前のめりなのも、それでな」 黒瀬さんは付け足した。「あの人、昔、こういう箱の一つに、知り合いの店を一軒、潰されてる。だから、放っておけないんだとさ。ただで助言してるわけじゃない。あの人なりの、借りの返し方だ」 白石さんの、あの踏み込み方の理由が、少しわかった気がした。急所だ

  • 横領犯にされた経理女は、若頭の金庫を握って元社長を潰す   第39話:傷は一つじゃない

     数字が、合わない気がした。 閉店後の事務室で、私はここまで集めたものを並べていた。高津総合プランニング。宛名の揺れ。裏口での接触。同席者の線。 一つひとつは、確かに三崎へ向かっている。けれど、並べてみて、別の違和感が湧いた。 足りないのだ。 三崎は綾月をよく使う。来店の頻度も、一晩で動く金も、私が見てきた範囲では小さくない。 それなのに、私が掴んでいる「傷」は、八十万円の一件と、その周辺だけ。これだけでは、彼の使い方の濃さに、まるで釣り合わない。 一本の線では、説明がつかない。 私は古いメモを引き出した。会社にいた頃の手帳だ。横領犯にされる前、ただ気持ち悪いから書き残していた断片。捨てずに、ずっと持っていた。 ページをめくる。「説明の薄い少額外注」。「月末に急いで落ちた交際費」。「請求内容不明の分割支払い」。 当時は、それぞれ単発だと思っていた。たまたま雑な処理が重なっただけ、と。だから深く追わなかった。追える立場でもなかった。 でも今は違う。 綾月という現場を知った。接待の金がどう動くか、宛名がどう逃げるか、裏口で何が起きるか。それを見たあとで読み返すと、ばらばらだった断片が、同じ匂いを持っていた。同じ手つきの跡だった。 私は手帳の断片と、綾月の記録を、机の上で突き合わせた。 時期がずれている案件もある。金額も科目も違う。けれど、共通しているものがあった。宛名が曖昧。決裁の主体が見えない。請求の中身が薄い。そして、いつも少しだけ、急いでいる。 杜撰なのではない。慣れているの

  • 横領犯にされた経理女は、若頭の金庫を握って元社長を潰す   第38話:おまえの仕事は俺が決める

     店の女に手を出されて、黙ってる店だと思われたら終わりだ――ひなのを探った相手に、黒瀬さんはもう人をつけていた。そう言い切る声を、私は事務室で聞いていた。 理屈は、商売の理屈だった。けれど、その声には、理屈だけでは説明のつかない熱があった。この人は、ひなのを――たぶん、この店の人間を、ただの駒だとは思っていない。 初めて、この冷たい男の奥に、別の温度を見た気がした。 綾月は秘密が集まる場所だ。だが、漏れる場所でもある。会社のときも、八十万円を畑中課長に確かめた、あの一回が始まりだった。 気づいたと知らせた瞬間、私の閲覧権限は消えた。同じ過ちを、私はここで繰り返しかけていた。「おまえの仕事は、俺が決める」 それは支配的な言葉だった。普通なら、苛立って当然の。 けれど、その響きの底に、別のものが混じっている気がした。聞き方を間違えれば、お前が危ない。だから俺が決める。そう聞こえてしまう自分が、危うかった。「私は、駒じゃありません」 私は言った。ここで黙ったら、また与えられるだけの人間に戻る。会社で、上の都合で動かされ、都合よく切られた。あの感覚にだけは、二度と戻りたくなかった。 黒瀬さんは少しだけ目を細めた。「駒なら、わざわざ席を置かない」 短い言葉だった。 完全な対等ではない。それははっきりしている。けれど、消耗品ではないとも言っている。使い捨てる相手のために、鍵付きの席は用意しない。その理屈が、妙に静かに胸に落ちた。「役割を決める」 黒瀬さんは続けた。指を一本ずつ折るように。&nbs

  • 横領犯にされた経理女は、若頭の金庫を握って元社長を潰す   第37話:ひなのが探られた夜

     席を持ったことで、私は少し前のめりになっていたと思う。 その前のめりを、一つの出来事が、冷や水のように冷ました。 開店前、ひなのが私の席まで来た。顔色が、悪い。「あのね……変な人に、聞かれたの」 昨夜、フロアに着かない客がいたという。一杯だけ頼んで、ひなのを指名して、世間話のふりで聞いてきた。 ――最近、奥の事務を新しい子がやってるんだって? 経理に強い子だとか。前は、どこで働いてた子なの。名前、なんていうの。「あたし、何も言ってないよ。でも、なんか……あの人、あたしのことを調べてから来てる感じがして。怖くて」 指先が、冷たくなった。 それは、私の手口の、裏返しだった。私が三崎を数えるように、向こうも、綾月の中の「数える女」を数え始めている。 そして、最初に手を伸ばした先は、私じゃない。私を助けてくれた、一番優しい子だった。 私のせいだ。ひなのを巻き込んだのは、私だ。 三崎関連の記録を整理していて、どうしても確かめたいことが出てきた。裏口で会った男の送迎を、誰が手配したのか。 その夜のシフトに入っていたスタッフに、直接聞けばすぐにわかる。私は席を立った。「勝手に動くな」 低い声に、足が止まった。 事務室の入口に、黒瀬さんが立っていた。怒鳴ってはいない。けれど、冷たい制止だった。閉店後の店は静かで、その静けさが声をいっそう重くしていた。「情報がいるなら、動いた方が早いです」

  • 横領犯にされた経理女は、若頭の金庫を握って元社長を潰す   第36話:理央の席

     出勤すると、私の席があった。 これまで使っていたのは、フロアの端の仮置きの机だった。誰のものでもなく、空いている時だけ借りる席。荷物は毎晩持ち帰り、朝にまた広げる。そういう、根のない場所だった。 それが今朝は、事務室の奥に移っていた。小さな机に、パソコン、計算機、ファイル棚。引き出しには鍵がついている。 完全な責任者の席ではない。けれど、置きっぱなしにしていい席だ。明日もここに来る人間のための席だった。 私はしばらく、座らずに立っていた。「その方が効率いいから」 九条さんが、湯気の立つカップを置きながら言った。それ以上の説明はない。けれど、説明がないことのほうが、かえって重く感じた。「片付けは終わってるよ。鍵は二本。一本は君が持って」 私は鍵を受け取った。手のひらの中で、思ったより冷たくて、思ったより小さい。「席をもらうって、思ってるより重いのよ」 着替えを終えた沙耶さんが、通りすがりに言った。からかう調子ではなかった。「ここで席を持つってことはね、いつでも辞められない側に回るってこと。あんた、それわかってる?」 わかっているとは言えなかった。けれど嫌だとも思わなかった。 少し離れたところで、ひなのが私を見ていた。いつもの、人懐こい目とは違う。裏方の地味な人、ではなく、店の勘定に関わる人。そういう距離の取り方に変わっていた。 視線が、私の立場を測り直している。 私は椅子を引いて、座った。 机に手を置いた瞬間、会社の机を思い出した。あそこにも席はあった。名前の

  • 横領犯にされた経理女は、若頭の金庫を握って元社長を潰す   第25話:三崎の領収書

     三崎が来た夜の控えを、私が整理することになった。 正式な担当じゃない。九条さんが「ついでに見ておいて」と渡してきただけだ。だが、その「ついで」が、私の手を震わせた。 領収の束を開いた瞬間、匂いがした。 紙の匂いじゃない。処理の匂いだ。 法人名を、正式名称で書かせない。 部署名や担当者名で濁す。一部だけ現金。たまに、宛名なしの控えを欲しがる。同席人数のわりに、ボトルと飲食

  • 横領犯にされた経理女は、若頭の金庫を握って元社長を潰す   第23話:ひなのの明細

     給料日の翌日、ひなのの機嫌が床に落ちていた。 更衣スペースの鏡の前で、口紅を塗る手が止まっている。明るい子のはずだった。それが、今夜は唇の端も上がらない。「また?」 沙耶が呆れ半分に言って、私を見た。 私は何も言わなかった。関わるつもりはなかった。新人同然の裏方が、稼ぎ頭でもない女の不機嫌に口を挟む立場じゃない。 ゴミ箱に、丸めた紙が捨ててあった。

  • 横領犯にされた経理女は、若頭の金庫を握って元社長を潰す   第18話:この女は接客用じゃない

     翌日、私は売上控えと送り表、領収控えを並べ直した。 短時間でわかった。昨日のズレは一件じゃない。何度も続いていた。しかも抜かれているのは店全体じゃない。特定の時間帯。特定の担当のときだけ。 まだ証拠としては弱い。でも、十分に怪しい束ができた。私はそれを、日付順に綴じた。 九条さんが、私の手の速さに目を見張った。「君、これ、ひと晩で作ったの」「並べ替えただけです。

  • 横領犯にされた経理女は、若頭の金庫を握って元社長を潰す   第17話:もう一本の手

     それは、誰かの受け売りだった。「感情で動くな。記録しろ」。あの男の言葉が、もう私の中に住み着いている。 黒瀬の口元が、ほんのわずかに動いた。笑った、とは言えない。けれど、何かが緩んだ。「明日、もう一度、最初から見ろ」 事実上の、実務参加命令だった。 九条さんが、驚いた顔をした。新人同然の女に店の売上を触らせる。異例だ。会計担当のスタッフは露骨に不満そうな顔をしていた。それでも黒瀬は撤回しなかった。

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