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第32話:紙の上では存在する

مؤلف: fuu
last update تاريخ النشر: 2026-06-23 20:00:23

 覚えられる前に、こちらが先に握る。

 白石さんの言葉が耳に残っていた。箱をのぞく人間は、箱の持ち主に覚えられる。だったら、覚えられてからでは遅い。

 開店前の事務室で、私は三崎の過去の領収控えを棚から引き出した。

 来店ごとの写しが、月別にじてある。

 八十万円の前後の時期。あの男が何を払い、どう宛名を濁したか。一枚ずつ突き合わせるつもりだった。

 ところが、あるはずの一枚が、なかった。

 最初は綴じ間違いかと思った。前後の月をめくる。ない。日付の控えだけが台帳に残り、現物の写しだけが、きれいに抜けている。

 指先が冷たくなった。

 失くしたのではない。抜かれたのだ。

「九条さん」

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  • 横領犯にされた経理女は、若頭の金庫を握って元社長を潰す   第39話:傷は一つじゃない

     数字が、合わない気がした。 閉店後の事務室で、私はここまで集めたものを並べていた。高津総合プランニング。宛名の揺れ。裏口での接触。同席者の線。 一つひとつは、確かに三崎へ向かっている。けれど、並べてみて、別の違和感が湧いた。 足りないのだ。 三崎は綾月をよく使う。来店の頻度も、一晩で動く金も、私が見てきた範囲では小さくない。 それなのに、私が掴んでいる「傷」は、八十万円の一件と、その周辺だけ。これだけでは、彼の使い方の濃さに、まるで釣り合わない。 一本の線では、説明がつかない。 私は古いメモを引き出した。会社にいた頃の手帳だ。横領犯にされる前、ただ気持ち悪いから書き残していた断片。捨てずに、ずっと持っていた。 ページをめくる。「説明の薄い少額外注」。「月末に急いで落ちた交際費」。「請求内容不明の分割支払い」。 当時は、それぞれ単発だと思っていた。たまたま雑な処理が重なっただけ、と。だから深く追わなかった。追える立場でもなかった。 でも今は違う。 綾月という現場を知った。接待の金がどう動くか、宛名がどう逃げるか、裏口で何が起きるか。それを見たあとで読み返すと、ばらばらだった断片が、同じ匂いを持っていた。同じ手つきの跡だった。 私は手帳の断片と、綾月の記録を、机の上で突き合わせた。 時期がずれている案件もある。金額も科目も違う。けれど、共通しているものがあった。宛名が曖昧。決裁の主体が見えない。請求の中身が薄い。そして、いつも少しだけ、急いでいる。 杜撰なのではない。慣れているの

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  • 横領犯にされた経理女は、若頭の金庫を握って元社長を潰す   第36話:理央の席

     出勤すると、私の席があった。 これまで使っていたのは、フロアの端の仮置きの机だった。誰のものでもなく、空いている時だけ借りる席。荷物は毎晩持ち帰り、朝にまた広げる。そういう、根のない場所だった。 それが今朝は、事務室の奥に移っていた。小さな机に、パソコン、計算機、ファイル棚。引き出しには鍵がついている。 完全な責任者の席ではない。けれど、置きっぱなしにしていい席だ。明日もここに来る人間のための席だった。 私はしばらく、座らずに立っていた。「その方が効率いいから」 九条さんが、湯気の立つカップを置きながら言った。それ以上の説明はない。けれど、説明がないことのほうが、かえって重く感じた。「片付けは終わってるよ。鍵は二本。一本は君が持って」 私は鍵を受け取った。手のひらの中で、思ったより冷たくて、思ったより小さい。「席をもらうって、思ってるより重いのよ」 着替えを終えた沙耶さんが、通りすがりに言った。からかう調子ではなかった。「ここで席を持つってことはね、いつでも辞められない側に回るってこと。あんた、それわかってる?」 わかっているとは言えなかった。けれど嫌だとも思わなかった。 少し離れたところで、ひなのが私を見ていた。いつもの、人懐こい目とは違う。裏方の地味な人、ではなく、店の勘定に関わる人。そういう距離の取り方に変わっていた。 視線が、私の立場を測り直している。 私は椅子を引いて、座った。 机に手を置いた瞬間、会社の机を思い出した。あそこにも席はあった。名前の

  • 横領犯にされた経理女は、若頭の金庫を握って元社長を潰す   第16話:売上の傷

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  • 横領犯にされた経理女は、若頭の金庫を握って元社長を潰す   第14話:見ていた男

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  • 横領犯にされた経理女は、若頭の金庫を握って元社長を潰す   第13話:あの男は客として笑っていた

     予約名を聞いた瞬間、息が止まった。 三崎清隆。 最初は同姓同名だと思おうとした。よくある名前だ。そう言い聞かせた。けれど、九条さんが読み上げた来店時間と人数を聞いて、私の指先が冷たくなった。 会社の社長。私を横領犯にした男。 扉が開いた。 現れたのは、間違いなく本人だった。 質のいいスーツ。柔らかい笑み。会社の朝礼で「誠実な仕

  • 横領犯にされた経理女は、若頭の金庫を握って元社長を潰す   第12話:奥の個室の予約名

     そのとき、別の卓の客が私を見た。「新しい子?」 軽い品定めの視線だった。露骨ではない。けれど、値踏みの目だ。さっきの黒瀬とは違う、もっと安い目。私はうまく笑えなかった。表情が固まる。 沙耶さんが、自然に間に割って入った。流れるように話題を変え、その視線を逸らす。さすがだ、と思った。 後で、沙耶さんは私にだけ言った。「そういう顔してると、食われるよ」

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