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第3話

Author: ハサウェー
学校の指導教授から、私のノルウェーにおける四年間の現地研究申請がすぐに承認された。

たぶん、航介と凪紗から離れてこそ、私は本当の自分を取り戻せるのだろう。

実は、航介と凪紗の関係を知った時、私はどうにかして繋ぎ止めようともがいた。

「きっと思い過ごしだ」「ただ仲が良いだけ」――そう自分に言い聞かせて。

けれど、彼らが並んで笑い合う姿を目にするたび、親密な会話を耳にするたび、胸が裂けるように痛んだ。

私は気付いた、もう自分を欺けないと。

航介が凪紗と一緒にいる時の、あの心から楽しそうな表情は――偽れるものじゃない。

私と一緒にいる時には、一度も見せたことがない顔だった。

だから、ノルウェーからの現地研究招へいが来た時、最初は拒んだものの……今度こそこの場所から離れようと思った。

離れることを決意した朝、私は早く起きて荷造りを始めた。

服、書籍、化粧品をスーツケースに詰め込み、リビングに行くと、飾られた写真や小物を整理し始める。

目に留まったのは、水晶のフレームに収められた写真。そこに入っているのは、私と航介のツーショットだ。

それは結婚式の日に撮った写真。私たちはまるで世界の幸せをすべて掴んだかのように、輝くような笑顔を浮かべていた。

けれど今、すべてが変わってしまった。

私は深く息を吐き、そのフレームをゴミ箱に放り込んだ。

三年の結婚生活――それで終わりだ。

その後の一週間、私は論文と実験に追われ、航介ともほとんど連絡していない。

離婚届の受理を待ちながら、むしろ心は軽くなっていった。

そんなある日、研究室を出た私に、航介から電話が突然入った。

「寧々、終わったか?迎えに行く」その声は低く柔らかく、まるで何もなかったかのようだ。

私は一瞬戸惑ったが、「……うん」と答えた。

三十分後、彼の車が校舎の前に停まる。私はドアを開けて乗り込み、彼はちらりと私を見て言った。

「最近、忙しいのか?」

「ええ、実験のスケジュールが詰まってるの」私は淡々と返した。

どうせもうすぐ去るのだ。やり残しはないようにしなくてはならない。

少し間を置き、航介が口を開いた。

「そうだ、言っておくけど。

凪紗な……来月、家を出るそうだ。お前に気を遣って、これ以上邪魔をしたくないって」

私は一瞬驚いたが、すぐに視線を落とした。

「そうか……

彼女に伝えて。私は別に気にしてないから」

予想外の返答なのか、航介がこちらを見た。驚きと、言いかけて飲み込んだ言葉が、その目に揺れている。

私は気づかないふりをして、目を閉じ、眠ったふりをした。

翌日。体調が優れず、生理も遅れていたため、私は病院に行くことにした。

検査を終え、医師がエコー検査の結果を見ながら眼鏡を押し上げた。

「妊娠二ヶ月半ですね」

私は絶句した。

……この子は、凪紗が帰国する前。航介と私が最後に結ばれた夜に宿ったのだろう。

病院を出ると、私は航介に電話をかけた。

繋がる前に、正面の扉から彼が現れるのを見てしまった。

彼の隣には、航介のコートを羽織った凪紗。

医師が彼女に説明している声が耳に入った。

「妊娠したばかりですから、激しい運動は控えてくださいね」

……凪紗も、妊娠している?

全身から血の気が引いていく。驚きすぎて呼吸ができない。

航介が顔を上げ、私に気づく。一瞬、動きを止め、それから慌ててこちらに駆け寄ってきた。

「寧々?どうしてここに?」

私は彼を見つめ、胸が張り裂けそうに痛む。

「……私……」口を開けたが、声にならない。

今ここで「私も妊娠している」と告げるべきなのか。

でも……私と凪紗が同時に妊娠するとしたら、彼は私を選んでくれるだろうか?

選んでくれないなら、なぜ告げるの?

「寧々、どうして病院に来た?」彼は私が黙り込むのを見て、さらに問い詰めるように言った。その瞳には、かすかな憂いが浮かんでいる。

「……大丈夫。ただ、少し頭痛がして」私は俯いたまま答える。

航介が手を差し伸べてきた。だが私はそれを払いのけ、しっかり握りしめているエコー検査の結果を、かばんの奥に押し込んだ。

「用事があるから、先に行くわ」

彼が追ってくる。「寧々、待ってくれ!聞いてくれ、説明する!」

「触らないで!」私は低い声で叫んで、駆け出した。

その瞬間、凪紗が航介の腕をぎゅっと掴んだ。

「航介!約束したでしょ……?誰にも、このことは言わないって……」

彼の足が止まる。まるで電流が走ったように動きを失い、手が力なく垂れ下がった。

私は二人を振り返らなかった。ただ前を向き、冷たい風に顔を打たれながら歩き続けた。

その冷たさは、まるで刃のように私の頬を切り裂いている。

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