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3話/ヤスタカ。創り出す

last update Veröffentlichungsdatum: 02.07.2026 06:43:33

衝撃的な閃きから一夜明けた朝。

差し込む光は昨日と同じはずなのに、胸の奥だけが妙にざわついている。

これから俺に何ができるのか──不安と期待が同時に膨らむ。

ピンポーン。

インターホンに乗ったしずかの声は、明らかにくたびれていた。

『はい……なに?あんた達揃って……まあいいわ。鍵は開いてるから入って……』

女性の一人暮らしとしてはだいぶ無防備だが、

これが“残念美人”と呼ばれるゆえんでもある。

リビングに入ると、しずかはノートPCに顔を近づけ、

キーボードを叩きながら眉間にしわを寄せていた。

くたびれたスエットに着古したインナーは首元が伸びきって、肩の片側がわずかにずり落ちている。

見えてはいないが、その奥のラインが想像できるくらいには緩んでいた。

世間から“天才美人小説家”なんて呼ばれているくせに、生活態度は壊滅的だ。

「……汚いな……」

「はい……たしか二週間前には掃除したはずなんですけど……」

段ボール、緩衝材、包装紙。

そして玄関の隅には──なぜかパンツ。

俺は思わず眉をひそめた。

「しずか……忙しいのはわかるが、掃除くらいしてくれよ……家事代行の金取るぞ……」

「いいじゃない。知らない人に荒らされるくらいなら、知ってるおっさんに下着漁られる方がまだマシよ」

冗談なのか本気なのか、その判定すら面倒だ。

ただ、漁る必要はない。自然と落ちているから。

俺は思わず声を荒げた。

「掃除させろ!座る場所もない!」

こうして突発の大掃除が始まった。

掃除の途中、ふとベッド脇のキャビネットが目に入る。

「ここ、触ったことないな……どうせ中もぐちゃぐちゃなんだろ」

軽い気持ちで手を伸ばした瞬間だった。

「駄目っ!!」

いつになく大きな声で、しずかが俺の前に飛び込んできた。

頬は赤く、目は潤んで、荒い呼吸。

伸びたインナーの隙間からちらりと見えた細い布地は、今日の彼女がどれほど余裕のない状態かを雄弁に語る。

「しずかさん……女の子の“パンドラの箱”、ですよね?なのでヤスタカさん、そこは他人が触ってはいけないんです。察しなくていいのでわかってください」

いろはが静かに微笑む。

しずかは歯を食いしばり、小さく震える声で言った。

「いろは……喋ったら……わかってるわよね……」

中身については追及しないことにした。

死ぬほど面倒くさそうだから。

一通り片付いた頃、いろはが時計を見て叫んだ。

「もう!お部屋の掃除に来たんじゃないんです!バイトの時間です!」

慌ただしく靴を履き、走り出す──かと思いきや、

ドアから顔だけ戻して爆弾を落としていく。

「しずかさん!二人きりだからってヤスタカさんに手を出しちゃダメですからね!」

走り去る背中に、しずかの反論が追いつかない。

「出さないわよ!こんなおっさん趣味じゃ……!ないわけじゃないけど!

手を出すほど飢えて……るけども……ケダモノじゃないんだから、私!」

真っ赤になりながら言う姿は、怒っているようで泣きそうにも見える。

ソファに座り直したしずかは、俺を睨むように見て言った。

「で?お金死ぬほどあるくせに、なんでいろはちゃんにバイトさせてんの?」

「俺だって働かなくていいって言ってるんだけどな。

『結婚してるわけじゃないから』って言うし」

いろはの稼ぎはすべていろはのもの。

彼女がくれた“生活費”は、丸ごといろは名義の口座に積んである。

しずかはそこに踏み込みすぎない。

その線引きが、長い友人関係でも崩れない理由だ。

「で?この“天才小説家様”の時間を奪ってまで何がしたいの?」

「ああ、"残念天才小説家様"にお願いがあって……」

俺が言い切る前にしずかが割って入って睨みつける。

「あんた……それが人にモノを頼む言い方?」

「……お前の方こそそれが男の前に出る格好か?」

座る時にずれたのだろうか。伸び切ったスエットが引っ張られ、ブラもパンツも見えてしまっている。

指摘されたしずかは顔を真っ赤にして、言い訳にもならない言い訳を始めた。

「み……見せてんのよ!あんたみたいなおっさん、こんな美人の下着が見れるんだから感謝なさい!」

「残念だったな!俺には可愛い彼女がいるからな!大体お前の下着なんてそこらに落ちてて普段から見放題だろ!ハンカチと同等だよ!」

「よく言うわね!あんたが掃除した後っていつも下着が減ってるんだけど!?いらないなら返しなさいよ!」

「人聞き悪いこというなよ!お前がそこかしこに捨てておくから減った気がしてるだけだろ!」

……いかん……つい熱くなった……しずかと話しているといつもこうだ。

話題がパンツなのに艶っぽくならないのはしずかの残念さの為せる技だな。

しかし今回は真面目な相談だ。ここは俺が一歩引こう。

「真面目な話だ。お前の見識を借りたいんだ。“何か”を創るために」

真正面から言葉を置く。

しずかはようやく真剣に目を向けた。

「ふうん。“小説”を書きたいわけじゃないのね?」

「しずかの仕事ぶりは尊敬してる。でも俺がやりたいのは別の形だと思う」

「……まあいいわ。面白い子がいるの。会ってみなさいよ」

「フリーライターのようこさん、ですか」

晩御飯を作りながら、いろはに話す。

「ライターは色んな現場に行くからな。“職場体験”としては最適だろ」

「助手として同行……ですね。ヤスタカさんらしいです」

今日の晩御飯はカレーだった。

2人並んで「いただきます」と声を合わせる。

パク……モグモグ……

──そのあとに続く音が、おかしい。

ジー……パク……チュプ……

俺がカレーを食べているのに、

いろはは俺の“別の部分”を食べている。

「なあいろは。美味しいけど……肉、入ってなくないか?」

「チュ……プハッ!あ、あれ?解凍したままレンジに入れっぱなしだったかも!」

いろはは悪びれもせず笑って、また足元に潜り込んでくる。

「ここにソーセージありますよ……ペロリ。ヤスタカさんも食べます?」

「絶対に嫌だ……!」

「そうですか。切り分けるつもりだったんですけど……」

「発想が怖いわ!」

「ところでヤスタカさん。十五センチって、ソーセージですか?フランクフルトですか?」

「知らん!測ったの!?」

「チュ♡ 私レベルになると見ただけでわかるんですよ?」

そのまま、再び舌が這う。

俺の呼吸に合わせ、いろはの肩がわずかに上下する。

甘い匂いと体温が、足元から這い上がってくる。

「そ、そうか……すごいな……早く食べないと冷めるぞ…?」

「冷めるどころか……どんどん熱く、硬くなってますよ。安心してください♡」

その声音はいつものいろはより、

少しだけ必死に聞こえた。

隙あらば──いや、隙がなくても求めてくる。

ここ最近のいろはは明らかに“攻め”の姿勢だ。

理由なんて深く考えない。

恋人同士なんて、こういうところも含めて普通だと思っていた。

幸い、最近は体力が満ちすぎているくらいだ。

いろはに求められるのは悪い気分じゃない。

むしろ嬉しい。

いろはも、きっと満足してくれているだろう。それがたまらなく幸せだ。

──この時はまだ。

その“理由”を、何ひとつ疑っていなかった。

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