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第一章:灰の中から

ผู้เขียน: 佐薙真琴
last update ปรับปรุงล่าสุด: 2025-12-03 15:02:09

 グローバル・ストラテジー・コンサルティング社――通称GSC――のオフィスは、東邦広告とは全く異なる空気を持っていた。

 六本木ヒルズの最上階フロア。床から天井までの窓ガラスから見える東京の夜景。洗練されたモダンデザインのインテリア。そして何より、働く人々の目つきが違っていた。

 麗奈は、ロバート・チェンの前に座っていた。五十代半ばの彼は、ハーバード・ビジネス・スクールで教鞭を取っていた経歴を持つ伝説的なコンサルタントだった。

「藤崎さん、あなたのことは三年前から注目していました」

 ロバートは、分厚いファイルを麗奈の前に置いた。

「あなたが手がけた化粧品ブランドのリポジショニング戦略。従来のターゲットを三十代から四十代後半にシフトさせ、『成熟した美しさ』というコンセプトで市場を開拓した。結果、売上は二年で三倍になった」

「それは……チーム全体の成果です」

「謙遜は不要です。私は、誰がその戦略の核心を考えたか知っています」

 ロバートは麗奈の目をまっすぐ見た。

「あなたは、マーケティングの本質を理解している。それは『消費者の潜在的欲求を可視化し、それに応える価値を創造すること』だ。多くのマーケターは表面的なトレンドを追いかけるだけですが、あなたは違う」

 麗奈は黙って聞いていた。

「ミラノプロジェクトの失敗について、私なりに調査しました」

 ロバートは別のファイルを開いた。

「あなたの当初の提案は、イタリアの伝統的価値観と日本の美意識を融合させるという、非常に緻密な戦略でした。しかし、最終的にクライアントに提出された資料は、表面的なイメージ戦略に変更されていた。なぜですか?」

「それは……」

「答えなくても結構です。組織の政治については、私も長年見てきましたから」

 ロバートは立ち上がり、窓の外を見た。

「藤崎さん、あなたには才能がある。しかし、東邦広告のような日本の伝統的な企業では、その才能は政治力や年功序列に押しつぶされる。あなたが必要としているのは、純粋に実力が評価される場所です」

「私に、何を求めているんですか?」

「GSCの日本市場戦略部門のシニアコンサルタントとして来てほしい。まずは契約社員として三ヶ月。その後、あなたの実績次第で正社員、そして将来的には日本代表も視野に入れています」

 麗奈の心臓が高鳴った。

「年収は二千万円からスタート。実績に応じてボーナスが加算されます。ただし、厳しいですよ。GSCでは、結果が全てです」

「……考える時間をいただけますか?」

「もちろん。ただし、三日以内に返事をください」

 麗奈はオフィスを出て、冬の夜風に当たりながら考えた。

 東邦広告での八年間。積み上げてきた人間関係、業界での評価、そして田所との思い出。それらは全て、あの雨の日に失われた。

 しかし、失ったものばかりではないかもしれない。

 麗奈は、スマートフォンで東邦広告のビルを検索した。そこには、かつて自分が捧げた時間と情熱の残骸があった。

「終わったことに、執着しても意味がない」

 麗奈は呟いたが、心の奥底では、まだ燻る炎を感じていた。

 三日後、麗奈はロバートに電話をした。

「お受けします。いつから始められますか?」

「来週の月曜日から。ようこそ、GSCへ」

 麗奈の新しいキャリアが始まった。

 最初の三ヶ月は、文字通り地獄だった。

 GSCのプロジェクトは、すべて厳格な成果主義で評価された。クライアント企業の売上向上、コスト削減、市場シェアの拡大――数字で測れる結果だけが意味を持った。

 麗奈は、製薬会社の新薬マーケティング戦略を任された。競合他社がひしめく市場で、どうやって差別化を図るか。彼女は三週間、ほとんど眠らずにデータ分析と戦略立案に没頭した。

 彼女が提案したのは、「医師ではなく患者をターゲットにしたダイレクト・マーケティング」だった。従来の製薬マーケティングは医師への営業活動が中心だったが、麗奈は患者教育プログラムを通じて、患者自身が医師に薬を指名する流れを作り出す戦略を設計した。

 結果は驚異的だった。六ヶ月で新薬の処方率が四十パーセント増加。クライアントの製薬会社CEOは、麗奈を「天才」と評した。

「藤崎さん、あなたの正社員契約が決まりました」

 ロバートは、契約書を差し出した。

「さらに、次のプロジェクトでは、あなたにプロジェクトリーダーを任せます」

 麗奈は、GSCで急速に頭角を現していった。

 彼女の強みは、単なるマーケティング理論ではなく、人間心理への深い洞察だった。消費者は何を欲しているのか。それは、彼ら自身も気づいていない潜在的な欲求だ。

 ある高級腕時計ブランドのプロジェクトで、麗奈はこう提案した。

「この時計を買う人は、時間を知りたいのではありません。彼らは『時間を超越した存在』になりたいんです」

 彼女は、広告コピーから販売戦略まで、すべてを「永遠性」というコンセプトで統一した。時計は単なる商品ではなく、世代を超えて受け継がれる家宝として位置づけられた。

 売上は前年比二百パーセント増。

 麗奈の評判は、業界全体に広がっていった。

 そして、ある冬の夜、ロバートが彼女をディナーに誘った。

「藤崎さん、私には弟がいます。彼もこの業界にいるんですが、あなたに会わせたいんです」

 その弟が、高瀬亮介だった。

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