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1-5 物騒なプロポーズ

Penulis: 酔夫人
last update Tanggal publikasi: 2026-03-31 13:08:12

「朱雀会はルール無視で戦争をしかけてくる。ルールの範囲内で動いて対抗するのはもう限界だ」

婚姻届を書いている途中。

冬弥の声が頭上から落ちてくる。

「だから結婚する。この盤上で龍神会の駒が自由に動くためには、柊謙一の娘であるお前が必要だからだ」

とん、と冬弥の指が婚姻届に書かれた【柊】の文字を軽く叩いた。

その一文字がまるで重石のように感じられる。

「お前がこちらにいる限り、俺たちは自由に戦える。お前がいなければ多くの駒が討ち取られるだろう」

駒。

さらりと口にされるその言葉の裏にどれほどの命が含まれているのか。

想像した瞬間、あやめのは喉の奥がひりつくのを感じた。

(……私も、自分のことを“駒”だなんて言っていたくせに)

これまで軽い覚悟で口にしていたのだと思い知らされる。

この男は本気でそれを理解した上で言っている。

逃げ場など最初からない場所に立っている人間の言葉。

急に、駒という言葉が重みを持って胸に沈んできた。

「私が、クイーンの役目を果たすのですか」

かすかに皮肉を込めた問い。

だが―――。

「違う。お前はキングだ」

あやめは驚いた。

「キングは、あなたなのでは?」

「お前が取られたら、俺たちの負けだって言っただろう?」

あまりにも合理的で、冷酷な説明。

「負け、たら……」

「龍神会が消える。関東の均衡も崩れる。裏だけじゃない。政治も経済も巻き込んで、朱雀会が暴れるだろう」

静かな声のまま冬弥は続ける。

「日本の安全のため。この結婚の意味は、そういうことだ」

あやめは、ゆっくりと顔を上げた。

冬弥の目を見る。

底の見えない、冷たい黒。

だがそこには、揺るぎない現実があった。

「……危ない、のですよね?」

あやめは、掠れた声で尋ねた。

キング。

それは最も守るべき存在であり、同時に最も狙われる存在。

「ああ、危ない」

否定はなかった。

一瞬の迷いもなく、肯定された。

「お前のことは龍神会が、俺たちが、最大限の力をもってして守るつもりだ」

(……正直な人だ)

“守る”とは言わないのは、言えないからだ。

約束できないことは、決して口にしない。

けれど――「守る···だ」と意思だけは示してくれた。

その不完全さが現実的で、あやめは妙に信じられる気がした。

あやめは体から力が抜けるのを感じた。

「私がとられたら、龍神会も終わりですものね」

思ったよりも軽く言葉が口をついた。

友人でなく、会って間もない相手にこんな軽口を叩くことは滅多にない。

けれど、失態にあやめが息を呑むより先に冬弥の唇が動いた。

「そうだな」

あっさりと肯定された。

あまりにあっさりとしていて、小さな逃げ道がキュッと塞がれた気がした。

「夫婦は一蓮托生というだろう。丁度いいのかもしれないな」

「一蓮、托生……」

「俺はお前を守る。だから、お前は俺に守られてほしい。――意味は分かるな」

守られてほしい。

その言葉が妙に耳に残った。

ドラマチックな意味じゃない。

現実的な話。

守られるための行動をしろ、ということ。

(守れる範囲から出るな、ということね)

行動の範囲が決められる。

(それは、まるで――)

檻の中の生活だと、あやめの思考がそこに行き着いた。

でも、感じたのは悲しみや憤りではなく、おかしさ。

「物騒なプロポーズですね」

ぽつり、とこぼれた言葉。

冬弥の目がわずかに見開かれる。

「物騒なのは自覚しているが、プロポーズだったか?」

「あなたの言葉は……私の終の棲家となる檻までのエスコートのように感じたので」

あやめは自嘲気味に笑う。

自嘲的なのは、特に不便に感じないという事実があるから。

これまでもあやめは檻にいた。

政治家の娘としての、行動も、考えも、結婚さえも制限されていた檻。

(違うのは、危険度だけ)

それも、微妙な差しか感じない。

これまで何度も『柊謙一の娘』として狙われてきたから。

「檻へのエスコート……か」

冬弥はそう呟いたあと、しばし無言であやめを見つめる。

ほんのわずかに思案するように視線を落とした。

「上手い例えだな」

淡々とした声だった。

けれどその一瞬、氷のような無表情の奥で何かが揺れた気がした。

それは、かすかな痛みのようなもの。

「あなたも……」

思わず言葉が漏れる。

「なんだ?」

続きを促されて戸惑う。

「いえ……檻の中にいるのではないか、と」

ふたりの間の空気がわずかに揺れた。

「そうかもな」

冬弥の瞳がほんの一瞬揺らぐ。

だがそれはすぐに消え、元の冷静な色へと戻った。

「檻までは丁寧にエスコートさせていただこう」

その口元がわずかに緩んだ。

「安心しろ。居心地が悪くないようにする。それなりに広いし、できるだけ快適に整えし、その中でなら好き勝手にしてくれていい」

(……笑っ、た)

それは作られた笑みではなかった。

一瞬だけ零れたのは、人間らしい表情。

そのわずかな変化にあやめの心臓が強く跳ねた。

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