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第2話

Author: 花辞樹
翌日、目を覚ましたときには、すでに午後になっていた。

一晩中熱にうなされ、頭はぼんやりして、喉も枯れて声が出ない。

スマホを開くと、未読のメッセージが何十件も増えていた。

【清芽、誕生日おめでとう!兄さんがヨット買ってやったぞ。今度一緒に乗りに行こう!】

【清芽ちゃん、お父さんがどうしても帰国して誕生日を祝いたいって言うのよ。まったく仕方のない人ね】

【二十五歳の誕生日おめでとう!いつまでも愛してる!】

画面をスクロールしても、どのメッセージも「誕生日おめでとう」で埋まっている。

遠い海外にいる両親、兄、友人、同級生……皆が祝福を送ってくれていた。

ただ一人、毎晩同じベッドで眠る恋人の宏だけが、何のメッセージも寄こしていなかった。

私はため息をつき、昨夜のことをぼんやりと思い出した。

夜中に宏へ「お水を取ってきて」と頼んだ気がする。

けれど、彼はベランダで電話をしていて、その電話を切ったあと、慌ただしく出かけていった――それきり、戻ってこなかった。

重い体を引きずってベッドを降りる。高熱のせいで、足元がふらつく……

そのとき、ドアが開いて、宏が帰ってきた。

両手いっぱいに高級そうな贈り物を提げている。包装を見るだけで、一つ一つがかなりの値打ち品だとわかる。

私の視線に気づいた彼は、すぐに駆け寄ってきた。

「やっと起きたか、この寝坊助」

私は顔をそらし、差し出された手を避けた。贈り物の山を見つめながら、かすれた声で言った。

「宏、私の誕生日……もう終わったの」

宏は一瞬固まり、宙に浮いた手をそのまま止めた。

長い沈黙のあと、彼はそっとその手を下ろし、壁のカレンダーに目をやった。そして、贈り物を置くと、私の手を握って言った。

「ごめん、昨日は仕事が立て込んでて……今日、改めてお祝いしよう。な?」

「いいの。過ぎたものは、もう戻らない」

私はそのまま彼を拒んだ。落ち込んだような顔の宏を残して、部屋へ戻った。

頭のぼんやりはますますひどくなり、三十分ほどして、再びリビングに出ると、宏の姿はもうなかった。

不思議に思う私に、家政婦が慌てて説明した。

「嶋谷様は林様のために誕生日プレゼントを買いに出られましたよ。怒らないでくださいね、昨日は本当にお忙しかったんです」

「プレゼント?」

視線をテーブルにやると、先ほどの贈り物がそのまま置かれていた。

家政婦は私の目線に気づき、慌てて贈り物を抱え上げ、棚の奥にしまい込んだ。

「林様、これは嶋谷様が大切なお客様に差し上げるものです。誰にも触らせるなと仰ってました」

「……大切なお客様?」

化粧品や女性用バッグが詰まったその袋を見て、すぐに察した。

宏にとって、両親の次に――いや、もしかするとそれ以上に大切なのは遥。

かつて、彼は遥と結婚するために両親と激しく争い、ついには絶縁しかけた。

つまり、彼は私の誕生日を「間違えた」のではなく、「思い出しもしなかった」のだ。

本当なら、私に「勘違いしてた」と言い訳しながら、そのままこの贈り物を渡せばいい。

けれどそうしなかった。遥のために用意したものは、誰にも触れさせたくなかったから。

遥が帰国しただけで、私はもう負けていた。これから、私は一体、何度負けるのだろう。

宏が花束を抱えて戻ってきたとき、私はベッドに横たわり、無表情でスマホを眺めていた。

彼は私の様子を見て、隣に腰を下ろした。

「怒るなよ、な?ほら、いろんなもの買ってきた。どうしても気がすまないなら……俺を叩け。な?」

そう言って、宏は私の手を取り、自分の頬に当てた。

その卑屈な姿に、胸が締めつけられる。宏は本来、温厚な男ではない。

昔の恋人たちが機嫌を損ねても、彼は決して宥めたりせず、すぐに別れて新しい相手を見つけていた。

それなのに、私には頭を下げ、こうして許しを乞う。

彼が私をこれほどまでに甘やかすのは、愛しているからなのか?それとも、私が遥に一番似ているからなのか?

そう考えた瞬間、私は顔を上げ、手を振り下ろした。

宏は一瞬たじろいだ。まさか本当に殴られるとは思っていなかったのだ。

しかし、彼は気にする素振りも見せなかった。ただ、私が怒っているだけだと思い込んでいるらしい。

頬に浮かんだ手の跡もそのままに、彼は急いで振り返り、ボックスを取り出した。中にはネックレスが一本。

それは私が最も好きなデザイナーの、半月前に発表されたばかりの新作で、私はずっと購入できずにいた。

まさか宏がたった半日で手に入れていたとは。きっと、相当な額を費やしたに違いない。

宏が一体何を考えているのか、私には少しわからなくなった。彼は相変わらず私に優しく、むしろ誰もが私を羨むほどに。

ただ一つ欠点があるとすれば、私は永遠に遥の後ろに立たされることだ。

宏は私の呆然とした表情を見て、わずかに口元を歪め、そっと私の髪を掻き分けて、自らこのネックレスを私の首にかけてくれた。

だが、指先が私の肌に触れた瞬間、彼の表情が一変した。

「熱い……どうした?」

ようやく、彼は私が高熱を出していることに気づいた。次の瞬間、彼は私を抱き上げ、病院へ向かって駆け出した。

家を出る前に彼は家中の使用人を大声で叱りつけた。

「清芽が発熱してるのに、誰も気づかなかったのか?もう明日から来なくていい!」

怒声を残し、十数個の信号を無視して、病院へと突っ走った。

病院に着くと、診察室で医師に問われた。

「お二人のご関係は?」

「兄です」

「彼氏です」

私と宏の声が、同時に重なった。

医師が怪訝そうに眉を上げた。宏はもう一度、はっきりと言い直した。

「俺は彼女の恋人です」

私は驚いて彼を見た。これまで彼は、どんな場所でも私たちの関係を認めようとはしなかった。

周囲に知人がいなくても、「妹だ」と言い張った。だから私も、自然と外ではそう名乗るようになっていた。

それなのに今、彼は自ら「恋人」だと口にした。

罪悪感からの行動だと、すぐにわかってしまう。

私は小さく笑い、点滴の滴が一つ一つ落ちていくのを見つめた。

そのとき、看護師がそばで口を開いた。

「間に合って良かったですね。もう少し遅かったら、お腹の……」

私は激しい咳で言葉を遮った。

宏は慌てて水を取りに行き、その隙に私は看護師へ小さく首を振った。「言わないで」と。

もう、彼とは終わりにすると決めている。だから、この子のことも彼には知られたくなかった。

宏は何も疑わず、私を支えて水を飲ませた。

そのとき、兄の風馬が勢いよくドアを開け、駆け寄ってきた。

「清芽!どうして病気のことを……」

言葉が途中で止まった。宏と視線がぶつかり、宏が我に返ったようにコップをテーブルへ戻した。

それを見た兄は問いかけた。

「どうしてここに?」

「会社で清芽が倒れたんだ。たまたま見かけたから、病院に連れてきた」

宏は落ち着いた声で嘘をついた。しかし、廊下の外にいる遥を見た瞬間、その顔が強張った。

遥はむしろ平然とした顔で、贈り物を手に笑いながら入ってきた。

「さっき風馬とカフェでコーヒー飲んでたの。彼が妹が倒れたって聞いた瞬間、勘定も忘れて飛び出していくから、心配で一緒に来ちゃった。

宏、その顔……まさか私、歓迎されてない?」

宏の表情が沈み、二人の視線がぶつかる。その瞳の奥にある感情を、私はもう読み取ることができなかった。

彼は怒っている。遥に軽く扱われたことに。私は、そんな彼を一度も見たことがなかった。

重たい空気を断ち切るように、私はベッドを降り、遥の前に立って手を差し出した。

「初めまして、林清芽と申します」

遥は私を上から下まで眺め、目を見開いてから、ふっと微笑んだ。

「初めまして、上原遥。風馬の友人よ」

その自己紹介を聞いた瞬間、宏の肩がわずかに震え、拳が固く握られた。

私はその反応を見て、苦笑した。

すると、遥が驚いたように口元を押さえた。

「まあ、清芽さん。偶然ね、あなたにもえくぼがあるのね。笑うと私にちょっと似てる」

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