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第14話

Author: 花辞樹
メッセージを送ってから、宏は二度と返事を寄こさなかった。

私はSNSに、全員が見られる投稿をひとつ残した。

【嶋谷宏に関するすべてのこと、もう私に知らせないで。私たちは別れました】

思えば滑稽な話だ。私と彼は、これまで一度も公に恋人関係を認めたことがない。

最初で最後の「公表」が、まさか別れの報告になるとは。

投稿して間もなく、「いいね」が次々とついた。その中に、見慣れない名前がひとつ。

――龍一。

三分前に登録したばかりの新しいアカウントだった。

瞬く間に、皆の視線が彼に集まる。何しろ、彼は有名なほどの謎めいた人物で、SNSもも一切持っていなかったのだ。

【まさかあのDiske先生!?林さんと、もしかして……?】

【お似合いじゃない?】

そんなコメントを眺めていると、突然、兄から電話がかかってきた。

「清芽、宏が昨日、酒を飲みすぎて救急に運ばれた。

聞いて、嬉しいか?」

私は俯いたまま答えなかった。

嬉しい?そうあるべきなのかもしれない。裏切った男がようやく真実を知って心を入れ替え、私のために死にたいほど苦しんでいるのだから。

しかし心は、驚くほど静かだった。まるで他人の話を聞いているように。

「お兄さん、もう彼のことは二度と話さないで。

あの人に時間を使うのは、たとえ一秒でも無駄だわ」

兄は一瞬黙り、それから小さく笑った。

「さすが俺の妹だ。……それで、龍一とはどうなんだ?」

不意に名を出され、私は思わず戸惑った。

「龍一さん?ただの学び仲間よ。むしろ彼、私のこと苦手なんじゃないかしら。いつも冷たいし」

「は?そんなはずあるか!あいつ、君の連絡先を二年もかけて俺に頼み込んでたんだぞ。

うるさくてたまらなかった。

君があの時どうしても恋愛を拒まなかったら、すぐに君に紹介してこの厄介事を片付けたかったよ!

あいつ、君のことをそんなに好きだと思っていたのに、まさか君の前で偉そうに振る舞うなんて。待ってろ、しっかり懲らしめてやるからな!」

言うが早いか、兄は電話を切った。

その瞬間、私はまるで頭を鈍器で殴られたような衝撃を受け、強い後悔の念に駆られた。

もし龍一は私が陰で彼の悪口を言っているのを知ったら、どんなお仕置きをされるか分かったものじゃない。

彼の怒り顔を思い浮かべただけで、全身に鳥肌が立ってしまう。

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