私は兄の親友である嶋谷宏(しまたに ひろし)と三年間恋人関係にあった。けれど、彼は一度も私たちの関係を公にしようとはしなかった。それでも、彼の愛を疑ったことはなかった。何しろ、宏はこれまでに九十九人の女と関わってきたのに、私と出会ってからは他の女を一瞥すらしなくなったのだから。私が軽い風邪を引いただけでも、宏は数十億円規模のプロジェクトを放り出し、すぐに家へ駆けつけてくれた。誕生日の日も、私は嬉しくてたまらなかった。宏に、私が妊娠したことを伝えるつもりでいたのだ。ところがその日、宏は初めて私の誕生日を忘れ、姿を消した。家政婦の話では、彼は「大切な人を迎えに行く」と言った。私は胸騒ぎを覚えながら空港へ向かった。そして、花束を抱え、落ち着かない様子で誰かを待つ宏の姿を見つけた。――私にとてもよく似た女の子を、待っていた。後で兄から聞かされた。その女は、宏が一生忘れられない初恋の人なのだと。宏は彼女のために両親と決裂し、彼女に捨てられた後は心を病み、彼女に似た女を九十九人も傍に置いて生きてきたのだと。兄がそう語るときの声には、宏への同情と感慨が滲んでいた。けれど、兄は知らない――大切にしてきた妹の私が、その「百人目」だということを。私はあの二人の姿を、ただ黙って、長い間見つめていた。そして、迷いなく病院へ戻った。「先生、中絶手術を受けたいです……」「なんですって?!林(はやし)さん、中絶したいって言うんですか?今朝、妊娠がわかったときは、あんなに喜んで恋人に知らせたいっておっしゃってたのに!」医師の驚きの声が、静まり返った診察室に鋭く響いた。私は俯いたまま、指先でスカートの裾をぎゅっと握りしめた。喉が詰まって、声が掠れた。「……もう聞かないでください。とにかく、この子は……いらないんです」医師はしばらく黙って私を見つめ、それから深くため息をついた。「林さん、何があったのかはわかりませんが、今のあなたは明らかに冷静ではありません。少し時間を置いて、もう一度考え直してみてください」医師は中絶手術の同意書と診断報告書を私の前に押し戻し、そこに添えられた小さな影のような胎児の画像に目を落とした。「これは……命ですよ」私は画像に映る小さな黒い影を見つめたまま、目の奥がじんと熱くなった。やがて、書類を
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