LOGIN素羽は言った。「私と須藤家は、もう何の関係もありませんから」翔太はそれには答えず、隣で所在なげに立っているお邪魔虫を横目で見やった。「ほら見ろ。お前が慕ってやまない素羽さんは、お前のことまで嫌いになっちまったみたいだぞ」佳奈の顔色が一変し、瞳に寂しさがよぎった。怯えたように、無意識に服の裾をぎゅっと掴む。素羽は翔太を忌々しげに睨みつけると、歩み寄って佳奈の手を取った。先ほどとは打って変わった優しい声で語りかける。「そんなことないわ。私が離婚しようがしまいが、あなたとの関係は変わらない。あなたはずっと、私の妹よ」佳奈の表情は、一瞬にしてぱっと明るくなった。翔太が口を挟む。「そうこなくっちゃ。素羽さんは器の大きい人なんだ。たった一粒のネズミの糞のせいで、鍋の中身全部を嫌いになるなんてありえないだろ?」素羽はぴしゃりと釘を刺した。「あなたもその『ネズミの糞』の一粒よ」自分だけは特別だとでも思っているのだろうか。「やっぱり素羽さんは見る目がないな」翔太は鷹揚に肩をすくめた。「まあいい、僕は心が広いからな。その程度のことは水に流してやろう。さあ、みんな座れ。立ったままでいるなよ」翔太は、まるで自分がこの場の主であるかのように振る舞った。素羽は呆れ果てた。今夜の主役は自分であって、翔太ではないというのに。席に着くと、翔太はさらに続けた。「僕たち数人だけじゃ退屈だろ。素羽さんのために何人か呼んであるんだ。人数が多い方が賑やかでいい」翔太が手を叩くと、ドアの外から数人の男たちが入ってきた。タイプは様々だが、共通しているのは、皆一様に「美形」であることだ。素羽は面食らった。翔太は上機嫌で、褒めてほしそうに胸を張る。「こいつらは僕が高い金を出して集めてきた、とっておきの『エース』たちだ」素羽は絶句した。「……正気?」こんなものが欲しいだなんて、一言も言った覚えがない。勝手に手配されても困る。この人はいったい何を考えているのだろう。翔太はもっともらしく言い放った。「いいか、素羽さんは男の経験が少なすぎるんだ。もっと広い世界を知れば、次からはあんなふうに簡単に躓くこともなくなるだろ?」余計なお世話である。その熱心さを見ていると、まるで本当の家族のようだと錯覚しそうにな
美宜がいくら泣き叫ぼうとも、司野の態度は微塵も揺らがなかった。彼女を北町から送り出すという決意は、鋼のように固かった。司野はまず彼らを元の家まで送り届け、荷造りをするよう命じた。明日の飛行機で発たせるつもりなのだ。目的地に着いても、司野は彼らを部屋まで送る気などさらさらなく、そのまま車を走らせて去っていった。家に戻った瞬間、美宜が装っていた「物分かりのいい女」の仮面は、音を立てて崩れ落ちた。「どうして……どうしてこんなことに!」こんな結末など、彼女が望んだものでは到底なかった。淳子は激昂する美宜を抱きしめ、背中をさすりながらなだめた。「大丈夫よ。お父さんとお母さんがついているわ。まだ別の道を探せばいいから」美宜は深く息を吐いた。「そうよ……まだ手はある。子供という手が……」淳子が言った。「でも、さっき薬を飲んだじゃない」避妊薬を飲んだのなら、子供ができるはずがない。しかし美宜は、冷ややかに言い放った。「飲もうが飲むまいが、そんなの関係ないわ」淳子は一瞬、言葉を失った。それはどういう意味なのか。傍らで寛が口を挟んだ。「……まさか、成し遂げられなかったのか?」美宜は苦虫を噛み潰したような顔で、低く唸るように肯定した。「ええ、そうよ」彼女と司野の間には、実のところ何一つ起きていなかったのだ。彼女がどれほど手を尽くしても、司野はまったく反応を示さなかった。美宜の瞳に、陰険な光が宿る。すべては素羽のせいよ!司野さんは最初、反応していたんだから。あの女が突然現れて邪魔さえしなければ、とっくに事は済んでいたのに!すべては、あの素羽という女のせいだ。美宜は自分の腹をそっと撫でた。「でも大丈夫。お腹は私にあるんだもの。身籠ったことにするなんて、造作もないことよ」淳子はその意図を瞬時に察した。「まさか、他人の子を孕んで司野を騙すつもり?」「いいえ。この子の父親は、あくまで司野さんよ!」淳子はごくりと生唾を飲み込んだ。「……ねえ、やっぱりもうやめない?須藤家みたいな家柄で血筋を誤魔化すなんて無理よ。家に入る前に、必ずDNA鑑定をさせられるわ」美宜は不満げに声を荒らげた。「お母さんまで、私を応援してくれないの?」「応援しないわけじゃないのよ。お母さんは
芳枝はそっと彼女の頭を撫でた。「……苦労したわね」素羽は唇を噛みしめ、声を上げて泣き出してしまいそうになるのを必死にこらえた。「苦労なんてしていません」とは、とても言えなかった。実際、心はすっかりボロボロになっていたからだ。絶え間ない精神的苦痛の中で、彼女の毎日は文字どおり削り取られるような苦労の連続だった。肩にのしかかり、息をすることさえ困難にしていたあの重圧が、今、ようやく消え去った。ついに、自由を手に入れたのだ。素羽は祖母の胸に顔を埋め、静かに感情を吐き出した。芳枝は何も言わず、ただ優しく寄り添い続ける。そこには言葉を超えた理解と、穏やかで温かな時間が流れていた。祖母のもとで心の安らぎを取り戻した素羽は、名残惜しさを覚えながらも病室を後にした。病院を出た直後、松信から電話がかかってきた。着信画面を一瞥した素羽は、出ることなくそのまま拒否する。出なくても、彼が何を言いたいのかは手に取るように分かっていた。どうせ「なぜ離婚したんだ」と怒鳴り散らすに決まっている。一度切っても、松信はしつこくかけてきた。かけては切り、かけては切りを繰り返した末、素羽はついにその番号をブラックリストに叩き込んだ。せっかくのおめでたい日だ。この晴れやかな気分を、ぶち壊されたくはなかった。病院の入り口に立ち、素羽は深く息を吸い込んだ。空はあいにくの曇天だったが、素羽の目には、どんな秋晴れの日よりも輝いて見えた。——記者会見が終わるまで、美宜は幸雄の手の者によって拘束されていた。会見場を離れた司野は、美宜を迎えに向かった。そこには、美宜の両親である寛と淳子の姿もあった。司野の姿を見るなり、美宜は両親の前にいた時よりも激しく感情を爆発させた。「司野さん……!」美宜はそのまま彼の胸へ飛び込み、声を震わせて泣きじゃくった。この怯えは演技ではなく、本物だった。昨夜、本当に自分は殺されるのだと思ったのだ。あの老いぼれが、あれほど冷酷だとは思いもしなかった。まさか実の孫との間に亀裂が入ることさえ厭わず、自分を始末しようとするとは。美宜は司野の腕の中で、さめざめと涙を流した。「司野さん、もう二度と会えないと思った……死ぬかと思ったわ……」娘の無残な姿に、美宜の両親も胸を締めつけられる思いだっ
素羽はその声に足を止めたが、振り返りはしなかった。「役所を出た瞬間に、あなたと私の縁は切れた。他人が何をしようと、興味はないわ」言い終えると、彼女は迷いのない足取りでその場を去っていった。記者会見は生中継で行われており、終了直後から世論は新たな局面を迎えていた。素羽の名演技は見事に人々を欺き、司野のイメージは「汚名返上」を果たした。瞬く間にクズ男から良き夫へと評価が逆転したのだ。男に甘い世の中とは、こういうものだ。体裁さえ整えていれば、自ら金を払って身を清めるまでもなく、ネット上では自然と擁護の声が相次ぎ、好意的な方向へと世論が流れていく。素羽による「浄化」のおかげで、司野だけでなく瑞基の企業イメージも回復し、株価の下落もようやく止まった。車に乗り込むと、楓華がふと尋ねた。「悔しくないの?」泥を食わされたようなものなのに、それを美味しかったと言わされる――そんな胸糞の悪い話ではないか。素羽は静かに答えた。「ううん、全然」離婚できたのだから、これくらい何でもない。むしろ、自分に切り札を与えてくれた司野と美宜に、感謝したいくらいだった。彼らの「犠牲」がなければ、ここまで望み通りには運ばなかっただろう。素羽は楓華に頼み、病院まで送ってもらった。司野と離婚したことを、自分の口から芳枝に伝えたかったのだ。他人の口から聞かされて、余計な心配をかけたくはなかった。病院へ向かう途中、清人から電話がかかってきた。余計な言葉はなく、ただ一言だけだった。「おめでとう」清人の真摯な祝辞に、素羽もまた誠実に応えた。「ありがとう」清人は続けて尋ねた。「これからは、どうするつもりだ?」素羽は答えた。「まずは、しばらくおばあちゃんに付き添うわ。他のことは、それから考える」短い言葉のやり取りの中に、互いの想いはすべて込められていた。清人はそれ以上、話を引き延ばそうとはしなかった。素羽には、まだ自分自身の問題を整理する時間が必要だと分かっていたからだ。二人は簡単に別れの挨拶を交わし、電話を切った。運転していた楓華が、不意に口を開いた。「清人って、いい男だと思うけどな」その言葉の意図を察し、素羽は静かに相槌を打った。「ええ、本当にいい人よ。でも、私たちは合わないわ」「どこが合わない
素羽は司野に感謝の眼差しを向けると、改めて壇下のメディア関係者たちへ向き直った。「皆様、ご多忙の折、本日の記者会見にお集まりいただきありがとうございます。本日この場にお越しいただいたのは、この機会をお借りして――私、江原素羽と元夫・須藤司野の関係についてご説明するためです」この言葉が投げかけられた瞬間、記者席の一角から声が上がった。「それはどういう意味ですか?元夫とは?以前、須藤さんに同伴して宴席に出席されていたはずですが」素羽は静かに口を開いた。「私と司野は、三ヶ月も前にすでに離婚しております。本来であれば、これは私たちのプライベートな問題であり、公表する必要はないと考えておりました。しかし、須藤さんが誤解されているのを見て、皆様にけじめをつけるべくお話しすることに決めたのです。私たちの離婚は第三者の介入によるものではなく、円満な別れでした。離婚に至った決定的な理由は私にあります。私には、子供を授かる能力がなかったからです。この五年の婚姻期間中、須藤さんは私にとてもよくしてくれました。彼は立派な夫であり、私生活でも至れり尽くせりに世話を焼いてくれました。仕事においても、誠心誠意尽くす素晴らしいリーダーです」司野は思わず、隣に立つ素羽へと目を向けた。彼女の顔に浮かぶ、あまりにも真実味を帯びた表情を見ていると、ふと、かつて自分だけを見つめていたあの頃の素羽が戻ってきたかのような錯覚に陥る。以前、仕事で疲れ果てて帰宅したとき、素羽はいつも心を痛め、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれた。彼がそれまで見て見ぬふりをしてきたその献身が、今になって鮮やかに脳裏へ蘇る。一体いつから、心の行き違いが始まってしまったのだろう。視線を感じた素羽も、絶妙なタイミングで彼を見返した。司野の瞳に宿る深い情愛を目の当たりにし、彼女は一瞬ぎょっとする。やっぱり、演技が上手いわ。この手の芝居なんて、私よりずっと上だわ。素羽は気を引き締め、完璧な調子のまま締めくくった。「これほど素晴らしい人なのですから、皆様には須藤さんの私生活を執拗に追い回したり、彼や瑞基に対して悪意ある邪推を向けたりしないでいただきたいのです。それらは事実無根の誹謗中傷にほかなりません。この場を借りて、皆様にはこの騒動をここで終結させていただき、これ以
流石は翔太、須藤の姓を名乗るだけのことはある。須藤家という一族は、どいつもこいつも一筋縄ではいかない連中ばかりだ。一族の内輪揉めに首を突っ込む気など、素羽にはさらさらなかった。楓華を連れて車に乗り込み、その場を後にした。車内に入るや否や、楓華が力いっぱい素羽を抱きしめた。素羽はその背中をぽんぽんと叩き、冗談めかして言う。「これ以上抱きしめられたら、絞め殺されちゃうわよ」楓華はすぐに応えた。「死なないでよ。数えきれないほどのイケメンたちが、あなたの寵愛を待ってるんだから。いい暮らしはこれからよ」素羽はくすりと笑う。「変なこと吹き込まないで。今は男なんてこりごりだわ」「男が嫌いなら、それでもいいわよ。私が素敵な世界へ連れて行ってあげる。これからは、二人で広い世界を見に行きましょう」幸雄との約束を違えるわけにはいかない。素羽はアクセルを踏み込み、車を記者会見の会場へと走らせた。一方、司野のそばでは、まだ翔太が口を動かしていた。「僕の可愛い甥っ子はいつ生まれるんだ?その時は叔父さんに教えろよ。不義の子とはいえ、須藤家の血を引いているんだ。お祝いの一つくらい包んでやるからさ」司野の表情が険しくなる。「失せろ……」翔太は唇を尖らせ、皮肉たっぷりに言い返した。「兄貴を振ったのは僕じゃないだろ。なんで僕に八つ当たりするんだよ。自分の下半身も管理できねえくせに、偉そうに腹立ててるのか?須藤家の面汚しもいいところだぜ」まったく、おじいちゃんも焼きが回ったものだ。あんな司野より自分の方が劣っているなんて。僕に言わせれば、自分の方がよほど優秀だ。少なくとも、元カノの妹との関係でへまをぶっこくようなバカじゃない。翔太は会見の野次馬に行くつもりで、司野との口喧嘩にこれ以上付き合う気はなかった。「僕は素羽の応援に行くんだ。ついでだ、乗せてってやろうか?」司野はそれを無視し、別の方向へと歩き出した。翔太は鼻で笑う。なるほど、これほど器が小さいんじゃ離婚されて当然だ。彼は愛車のスーパーカーに乗り込み、傲慢にエンジンを吹かして走り去っていった。岩治は車の中から、この一連の茶番を冷静に眺めていた。漏れる言葉といえば、ため息くらいのものだった。実のところ、素羽が来る前から司野と岩治はすでに到着してい
もし本当に好きじゃないのなら、なぜ彼は離婚しないのだろう?美宜に愛人のレッテルを貼りたくないのなら、離婚して新たに彼女を娶るのがもっともスムーズなはずだ。もしかして……司野の表情は相変わらず氷のように冷たい。「この数年、お前に使った金が勘違いさせたのか?」素羽は彼の顔をじっと見つめ、何かしらのほころびを探そうとしたが、そこには何もなかった。表も裏も、まるで同じ。自分の淡い期待をぐっと押し込める。やっぱり、考えすぎだった。素羽はさらに問いかける。「じゃあ、どうして離婚しないの?」司野はあっさりと言った。「俺は商人だ。損な取引はしない。妻として、今のお前には特に不満
病院。素羽も後を追うしかなかった。芳枝は彼女の唯一の弱点。どうしても逆らえない。病院に駆けつけると、美宜はすでに手術室へと運び込まれていた。眩しい手術ランプの灯りを見つめながら、素羽は愕然とした。一体、あの祐佳が仕込んだ薬はどれほど強烈だったのか?まさか人をここまで追い詰めて、手術室で救命措置まで必要になるなんて!事態が飲み込めず、素羽は焦燥感で胸が締め付けられる。時が過ぎるにつれ、司野の怒りはますます濃くなっていった。そんな中、素羽の姿が彼の怒りに火を点けた。彼は素羽の首を掴み、壁に押し付けた。力任せの一撃に、背中が激痛に襲われる。素羽は彼の手を引き剥がそ
朝食を食べ終えた司野は、立ち上がって出勤の準備を始めた。彼は両腕を広げ、素羽に上着を着せてもらうのを当然のように待っている。だが、いつものお決まりの流れは訪れなかった。素羽はまるで椅子に根が生えたように、ぴくりとも動かない。家の使用人たちも異変に気づき、皆がダイニングに目を向けた。素羽もまた、何事かといった様子で顔を上げる。「どうしたの?」と素羽は自問自答するように言う。「私、ちょっと体調が悪いの。今日は仕事も休ませてもらったし、一緒に行かなくていいわ。車の運転、気をつけてね。私は部屋で休むから」そう言い残し、素羽は振り返ることなく階段を上っていった。彼が何を求めていたのかなん
「してないわ」彼を責める理由なんてない。だって自分は、彼が本当に心から望んで娶りたい相手じゃない。ただの取引、欲張りすぎたのは自分の方だ。肩書きだけじゃ足りず、愛まで欲しがってしまった。司野は気にした様子もなく、話題を変える。「美宜がお前の妹のために口を利いた。追及はしないそうだ。これで最後だがな」本当は一番望んだ結果のはずなのに、今、胸が締め付けられる。自分自身が哀れで、情けなく思える。「祐佳の代わりに、お礼を言っておくわ」司野は鼻で笑った。「ほう、今まで気づかなかったけど……ずいぶんと自己犠牲的な人だな」皮肉たっぷりのその言い草。自分だって本当は、わがま







